天罰
ユリエルとシモンは、制止の声を振り切って、王城に入り込んでいた。
シモンが仮面をつけているため、騎士たちは声をかけるものの、実力行使には出ない。
「死神が、死神が!」
「エリオ様をお呼びしろー!」
誰もが死神に恐れ戦き、城内は混乱している。
「便利だな。」
ユリエルが呟いた。シモンは無性にいたたまれない。だが、悪魔の契約者である女王を保護しなければ…。
「女王陛下はどこにいる?」
騎士の一人を捕まえて尋ねれば、ガクガクと体を震わせて騎士は執務室にいると答えた。
シモンはユリエルを先導し、執務室に向かう。
「悪魔はどんなヤツなんだ?」
「姿形は人と変わらんが、美しいものが多い。その魂は、闇のごとき黒色だ。魂の色を見ることができるのは、死神だけだ。悪魔はおまえが探せ。」
そういえば、黒色の魂を見かけたことは……いや、シモンは黒色の魂を見かけたことがある。この国で最も見ていた。
「エリオ…。」
彼が悪魔だ。フランカやレナートと親しく、女王に近しいこの国の騎士団長、エリオ・オランジュ。彼が悪魔だったのだ。一度、シモンは見ていたではないか。フランカの記憶に彼が契約を持ちかける瞬間を-----
焼け落ちた離宮だって、女王の許可なくレナートが使えるものか。何より、オークション会場でリコがいなくなった時、彼はシモンに契約を持ちかけできたではないか。
「騎士団長、エリオ・オランジュが悪魔だ。」
シモンは右目に集中した。執務室に魂はひとつ。つぎはぎの魂だ。女王のそばにエリオはいない。早足で廊下を突き進み、その勢いのまま、執務室の扉を開けた。
「何事ですか?」
女王は不機嫌そうに片眉をあげて、問うた。その顔は、以前とは違って、若々しく別人のものだった。
「無礼を詫びる。しかし至急、始まりの書を返還して頂きたい。悪魔と契約中ならまだしも、契約を完了している貴殿に、守護者たる資格はない。」
ユリエルが威圧的に言った。対する女王も毅然とした態度を崩さない。
「悪魔?そのような戯言で私から始まりの書を奪うとは、いくら正教会といえど、傲慢がすぎるのではないか。」
二人の背後で騎士たちが剣を構えている。
「それに、始まりの書を私から持ち去った犯人は、既に捕まえました。今からその処刑が行われます。」
すっと窓を女王は指差した。そこから見える広場には、見慣れない舞台が組み立てられている。
そしてその舞台の上には、見慣れた赤髪の少女がいないだろうか?
「リコ!?」
窓に駆け寄って、シモンは身を乗り出した。やはり見間違いではなく、リコが首に縄をかけられている。そしてその近くには、エリオがいた。
「あれは、正教会の認めた守護者だ。あれが持つのは、第二の書。場合によっては教皇よりもいと高き位に就ける者だ。」
ユリエルが冷静に言った。リコが恐ろしく高い地位にいることがわかったが、シモンはそれどころではない。
「あれを処刑するなど、正教会を敵にまわしたと思え。」
「あのような小娘が、一桁の守護者だとは、世も末です。それに、今更止めても間に合いません。」
ぱしりと扇を叩きながら、女王が苛立ったように言う。
遠目にエリオが取っ手に手をかけたのがわかった。シモンが窓枠に足をかけるが、間に合うわけがない。
「やめろ…!エリオ!!」
シモンの叫びもむなしく、エリオが取っ手を倒す。リコの足元の床が抜けた。
そこからは何が起こったのか、認識できなかった-----
轟音と共に、空から巨大な何かが降ってきたのだ。着地の衝撃に大地が揺れ、堅牢な城壁に罅がはいる。広場周囲の建物全てが吹き飛ばされ、瓦礫と化していた。
無論、処刑台など姿形もない。
「喚んだのか。」
先ほどの揺れをもろともせず、ユリエルはため息をついた。
「な、何事です?」
対して、執務机に寄りかかった女王は動揺している。シモンは広場を見て、絶句した。
「な、んだあれは…」
天から降ってきたのは、巨人だった。しかし、黒い襤褸を纏っており、そこから覗く足には肉がない。骸骨の巨人がその体躯に見合う大鎌を振りかざしていたのだ。曇天の空に重なって見えにくいが、炯炯とする紅玉を眼窩に宿したその頭も骨だけで、大きさは違えどその様はまさにおとぎ話の死神そのものだ。
「あれが死神王の化身を喚んだのだ。」
「ならリコは無事なのか?」
リコには謎が多すぎる。でも無事であるならシモンにはそんなことどうでもよかった。
「無論だ。」
「なぜです。次から次へと災難ばかり降り注ぐ!?」
ひとまず安堵するシモンに、取り乱した女王の声が聞こえた。そして地鳴りが響き渡る。
あの巨躯の骸骨が、動きだしたのだ。それは、頭上に鎌を振り上げる。その穂先は、王城に向けられていた。
「シモン、こちらに下がれ。」
ユリエルが何故か慌てる風もなく言うので、それにシモンは従った。
「狙われていないか?」
「狙っているのは、そこの女王だ。見ていれば分かる。」
二人して執務室の端に突っ立って、成り行きを見守る。騎士たちは巨大な骸骨に驚いていて、未だに呆然としていた。
----地響きを伴って、大鎌が振り下ろされる。
鎌はすべてを貫通していた。いや、透過していたといった方が正しいだろう。ただし、女王の体だけがその鎌により貫かれ、肉塊と化していた。カラカラとまっぷたつになった王冠が、足下に転がってきた。
確かに鎌は、王城を叩き割る勢いで通過していったのに、その凶刃に倒れたのは女王しかいない。さらには、あの巨大な骸骨が一瞬で姿を消していた。
今までのことは夢だったのかと思うほど、あっけなく姿を消したのだ。女王の肉塊とひび割れた大地が夢ではないと、物語ってはいたが…。
----しばらく誰も動けなかった。




