病魔
---悪魔。
ホムンクルス曰く、魂を差し出せばどんな望みも叶える存在。
エリオが懸念していたリコは、正教会と繋がっていることからして、悪魔ではないことが証明された。そして少々気になることはあるものの、彼女は正教会に認められた守護者だ。
リコに聞けば、悪魔のことが分かるかもしれないが、先ほど彼女がこの国でも使われている共通語を話せないことが判明したばかりだ。
もう一人、知っていそうな人物といえば、あの黒ローブを身にまとったラミアが思い当てはまる。
シモンはラミアの魂の色を覚えている。しかし、ホムンクルスがリコを狙っている今、彼女を連れ歩くわけにも、一人にするわけにもいかない。
さらに言えば、ここにとどまり続けられるのも時間の問題かもしれないと、シモンは思っていた。
食料が心もとないが、大吹雪の終わった今ならどうにか山越えは可能だ。今のうちに国を出るのが、最前かもしれない。
「リコ、俺はこの国を出ようと思う。」
ゆっくり話しかけてみると、リコは頷いた。
「病魔がきてる。早く出るのがいい。」
病魔とは、数年置きにこの国を襲う疫病のことだろうか。シモンはそれならエリオにだけは国を出る挨拶のついでに疫病についても伝えた方がいいと、準備に取りかかる。
まずは市場で大吹雪の時に作った刺繍や編み物の作品を売って路銀にし、食料も買い足す。そしてエリオに会って、明日の早朝に国を出るのだ。シモンはそう計画をたてた。
シモンは急いで荷造りをし始める。リコも手伝う気があるようで、ちょこちょこと自分が作った作品をまとめていた。
家具のほとんどは、家についていたもので、もともと自分の持ち物が少ないシモンはすぐに終わらせてしまう。すべて少し大きめの鞄に詰め込んだ。リコの分も別の鞄にまとめてやる。
この家には三年ほど住んでいたが、あまり愛着は湧かなかった。数年で出て行く家だと、どこかで思っていたからかもしれない。
支度を整えたシモンはリコを連れて、家を出た。まずは市に行かなければならない。
大吹雪からこちら天候は晴れが続いている。明日もこのまま雪が降らなければ、山越えも楽だろう。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
ある程度ものを売り払い、リコに分厚いコートを買ってやる。リコには白が似合うのだが、雪山で白はダメだ。黒のシンプルなコートにした。リコはコートの内側のもこもこ具合が気に入ったのか、にこにことご機嫌だ。とても可愛かったので、シモンはリコの頭を撫でて、口づけを一つ額に落とした。
「…こんな往来でなにしてんだ、おまえは。」
「エリオか。」
リコで癒されていたシモンに邪魔が入る。呆れた様子を隠そうともしないエリオがそこに立っていた。
「俺が消火活動やら死体処理なんかに忙殺されているってのに、おまえは子犬といちゃつきやがって…。まず、子犬が見つかったんなら連絡しろよ!」
エリオは非常にふてくされている。
「すまない。誘拐は俺の早とちりだったんだ。」
リコは正教会の二人を迎えにいっていたためシモンと入れ違いになった。ただそれだけのことだったのだ。
「は!?取り乱して仮面忘れるわ、詰所をひっくり返してくれるわ…色々やらかしてくれた結果が早とちりかよ!」
エリオが憤慨するのも無理はない。多大な迷惑をかけた自覚がシモンにはあった。
「まあいいや、結果的にはキメラの居場所を突き止め、黒幕がレナートだと分かったんだからな。」
エリオは浮かない顔でそう言った。エリオはレナートと親しかったから、友人があんなことをしでかして、何か思うところがあるのかもしれない。
「エリオ、こんな時に言うのはなんだが、俺は明日にでもこの国を出る。リコがホムンクルスに狙われている今、一刻も早くこの国を出たい。」
「そうか、随分と急だな。謁見の申請しとくし、陛下に挨拶してから行けよ。夕方頃、王城に来てくれ。」
「わかった。」
「レナートに続き、おまえまでいなくなるなんてな…。」
寂しそうなエリオにシモンは思わず誤ってしまいそうになる。
「エリオ…。」
「病魔。」
その時、リコが一言呟いた。シモンは伝え損ねていたことを思い出す。
「そういえば…近頃、病人がでたという噂は聞いていないか?」
「いや、聞いていないが…。」
「それならいいんだ。病魔が来るってリコが言っていたから。」
「へぇ、疫病がまた蔓延するかもってことか?子犬の鼻は当てになるのか?」
エリオはしゃがんでリコと目線を合わす。リコは相変わらずぼうっとしているだけだ。
これは、言葉が理解できていないときだろう。完全に理解できなければ無反応、若干意味が分かった時はこてんと首を傾げるようだと、シモンはみている。
「まぁ、一応注意しておくけど。前の疫病から三年しか経ってないってのに…。面倒ごとばかり降ってきやがる。」
辟易した様子のエリオにシモンは同情する。
「俺が言うのもなんだが……頑張れ。」
リコはこてんと首を傾げた。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
夕方、リコを連れてシモンは王城に訪れていた。
すんなり中に通され、応接室で待たされる。しばらくすると、扉が開き、エリオが入ってきた。
「悪いな、シモン。今日の謁見は中止だ。」
「なにかあったのか?」
「なんか正教会の奴らが来てて、話が長引いてるらしい。」
おそらく正教会の奴というのは、ユリエルとダグラスだろうか。
「その正教会の二人は、リコが呼んだ人じゃないか?」
「は…?」
「リコは正教会に認められた守護者で、レナート・ヘルナー伯爵の持っていた[始まりの書]を正教会に引き渡すためにあの二人を呼んだらしい。」
リコを見れば、彼女は肯定を示すかのように頷いた。
「この子犬はやっぱり[始まりの書]の保持者だったってわけだ。それにしてもあんな高位の修道士と知り合いだったなんてな、おまえも侮れないな。」
そう言ってエリオがリコの頭に手を伸ばすが、彼女はさっと避ける。シモンはどうしてか、リコがエリオを嫌っているように見えた。
「エリオ様。」
扉が開いて、使用人がエリオを呼ぶ。
「悪いな、また日にちが決まったら、連絡するよ。」
エリオは多忙なのか、急ぎ足で去っていった。
「帰ろう。」




