正教会
家に着いたシモンは、気配がすることに気づく。リコが帰ってきたのかと、思ったが、どうやら家の中の気配は一つではない。
剣を抜き、シモンは慎重に家の扉を開ける。
ぱたぱたと、誰かが出迎えに来る。リコだった。
シモンはあることに気づいた。リコが攫われたのは早とちりではなかったかと----
「?」
はぁ、とシモンは安堵と徒労に息を吐き出した。
そして、リコを抱きしめる。
「勝手に出歩くな。リコ、おまえは狙われている。」
リコはされるがまま、抱きしめられ、撫でられていた。そこに、家の奥からもう一人、顔を覗かせる。シモンの知らない男だった。
「ああ、ようやくお帰りになられたのですね。勝手にお邪魔して申し訳ありません。シモン殿。」
修道服を着込んだその男は丁寧に頭を下げた。
「誰だ?」
「聖リンド王国北方支部所属する、正教会に仕える者にございます。名は、ダグラスと申します。」
聖リンド王国は、ここクレート王国を南下したところにある大陸最大の大国だ。そして、その国の王都には、正教会の総本山がある。
「正教会の修道士が何の用だ?」
「聞いておりませんか?リコ様の要請により私たちは参上いたしましたのですが…。」
ダグラスは、困ったように答えた。リコはじっとシモンを見つめるばかりだ。
「いつまで立ち話をしている。リコがそんなことを説明しているわけがなかろう。」
さらに、家の奥から声がする。横柄な声は、若い男のものだった。
シモンは、暖炉のある奥の部屋へとリコと移動する。
若い男が暖炉前の椅子を占領している。白金の髪に銀の瞳、およそ人とは思えぬほどずば抜けた美貌のその男に、シモンは一瞬息をするのを忘れた。
リコとて人離れした美貌だったが、リコが神秘的であるのに対し、その男は犯し難い厳かな神聖さを伴っている。
「そこのダグラスと同じく私も教会の者だ。名は、ユリエルだ。」
ちょいちょいと、リコに服の袖をひかれ、シモンは我にかえる。
「そこのリコに呼ばれて、[始まりの書]を回収しにきた。今回の[始まりの書]の守護者を締め上げる任も負っている。」
ユリエルは、[始まりの書]や守護者を当たり前のように話している。正教会の中でも地位のある者なのだろうと、シモンは思った。
「[始まりの書]の持ち主であったレナート・ヘルナー伯爵は、今朝死んだ。」
あのキメラを作り出す魔法が収められた始まりの書の持ち主は、自らが作り出したホムンクルスに殺されて、もうこの世にいない。
「レナート・ヘルナー?誰だそれは…。おい、リコ。何がどうなっている。」
リコは我関せずとばかりに刺繍をやっていたが、ユリエルに問われてこてんと首を傾げる。
しかし、正教会が把握している守護者がレナートではないとすると、本当の守護者がいることになる。そして本当の守護者はレナートに始まりの書を貸したのか、盗まれたのか、それによって状況は変わる。
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その時、ユリエルが不思議な歌のような言葉を紡いだ。そして驚くことに、リコがそれに反応を示す。
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流暢に紡がれる歌のような言語に、シモンは思わず聞き惚れた。
「何を言っているんだ。」
傭兵として様々な国を巡ったシモンは話すだけなら数カ国語を習得している。しかし、リコとユリエルが使うその言語は、全く聞いたこともない言語だった。
「古代語です。リコ様やユリエル様は、古代語をお使いになられます。特に、リコ様は今の言葉の方が話すことが難しいらしく、私たちの会話の5割を把握できればいいほうだそうですよ。」
ダグラスが教えてくれたの衝撃の事実にシモンは愕然とした。まさか言葉が通じていなかったとは、知らなかったのだ。
シモンはリコの口数が少ないのは孤児故の精神障害だと、思っていたのだ。
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シモンがショックを受けている間にもリコはユリエルと話し続ける。これほど長く話しているリコを見るのは初めてだった。本当に言葉が不自由なだけだったのだ。
「リコは、守護者なのか?それに教会の子だったのか?」
シモンがダグラスに尋ねる。
「リコ様は[始まりの書]において教会の協力者では、ありますが…彼女が何者なのか私ごときの地位では知ることはできません。ユリエル様ならご存知でしょうが……。」
シモンはずっとリコのことが気がかりだった。出会いからして彼女は、山賊に囚われていた孤児だと思っていた。だから、ここを出て彼女の故郷を探そうと、彼女と共にあろうと、決めていたのに-----
「しかし、リコ様が[始まりの書]を一冊、保持しているのは確認されています。それ故、彼女は守護者として正教会では、認識されておりますよ。しかもリコ様は、一桁の[始まりの書]を持っていますしね。」
「一桁の[始まりの書]とは?」
「[始まりの書]には、番号が振られています。そしてそこに収められた魔法は、その番号が若ければ若いほど、世界にとっての影響が大きくなります。特に、一桁の[始まりの書]はひと際危険だとされていますから、私としてはまだ少女であるリコ様がお持ちしているよりも、正教会が管理する方が良いかと思われるのです。」
[始まりの書]は、つくづく不思議な存在だ。神の如き魔法を収め、持ち主はそれを際限なく振るえる。危険きわまりない。
「今回リコ様が保護した[始まりの書]は、第75番目でした。あらゆるものを繋ぎ合わせる魔法です。」
レナートはその魔法で、子どもと動物を繋ぎ合わせてキメラを作り、死者の体に生者の体を繋ぎ合わせてホムンクルスを作った。けれど、魂はつぎはぎでとてもではないが、まっとうな生命体ではなかった。それ故、ホムンクルスは不完全な魂を自覚し、完全な魂を求めている。そしてそれを為すには、リコが必要だと言っていた。
そこにシモンは疑問に思うのだ。ホムンクルスはリコのもつ[始まりの書]の魔法がどのようなものなのか、知っていたのだろうか、と----
「ダグラス、喋り過ぎだ。」
いつの間にかリコとの会話は終わっていたらしい。ユリエルが、ダグラスを窘めた。
「す、すみません、ユリエル様。話はもうよろしいので?」
ダグラスは親子ほど歳が離れたユリエルにぺこりと頭を下げる。このユリエルは、おそらく教皇の傍に侍るような地位にいるのではないだろうか。
「ああ、大体は把握した。リコ、おまえはさっさと言葉を覚えろ。いつまでも私が呼ばれていい迷惑だ。」
「…わかった。」
そして、リコとかなり付き合いが長いのではないだろうか。それが少しシモンには、悔しい。リコの一番近くにいるのは、自分だと思っていたから-----
「まずは悪魔の駆除だ。第75番目の守護者は、その後に尋問する。」
「わかりました。」
正教会の2人組は、こうして去っていった。




