疫病
夜明けと共にシモンは、騎士団の詰所に押し掛けた。仕事に復帰した騎士たちがシモンに驚いて、つまみ出そうとするが、即座に無力化され、鬼気迫る勢いで例のオークションの資料を漁るシモンに狼狽するしかない。
「朝から詰所に不審者がいると聞いて、やって来て見れば……おまえかよ。」
シモンは肩に手を置かれ、また邪魔が入ったかとその手の主を昏倒させようとした。しかし、即座に押さえ込まれ、それは叶わない。
「俺だ、シモン。少し落ち着けって!」
よくよく見れば、あきれ顔のエリオだった。
「エリオか…。」
「おーい、もう大丈夫だ。こいつ死神だから、心配しなくていいぞー。」
エリオが狼狽する騎士たちに言った。縋るようにエリオを見ていた騎士たちの顔が死神の言葉に一斉に青ざめる。
「仮面も忘れて、おまえは何やってるわけ?」
「レナート・ヘルナー伯爵。そいつが以前リコを欲しがっていた。」
「なるほど、それでレナートのことを調べてるわけだ。」
「例のオークション主催者のバルテル・ジーメンスに話がある。会えるか?」
シモンの問いにエリオは少し考え込む。いくら女王の仕事を受けようと所詮、シモンはよそ者だ。
「……わかった。ついてこい。」
流石に無理を言ったかと、シモンが諦めようとしたとき、エリオは頷いた。
シモンはレナートがキメラとホムンクルスの制作者だと、推測する。レナートは錬金術師として有名だ。そんな彼が何らかの方法で[始まりの書]を手に入れ、攫ってきた孤児院の子どもでキメラを作った。さらには令嬢のような風体のホムンクルスまでもを作っている。しかし、彼の目的はわからない。
彼は作ったキメラをオークションに出品している。その繋がりで、レナートはオークション潜入に協力できた。だから彼がオークションに参加したのはあの潜入のときが初めてではなかったのだろう。
----そもそも何故レナートにオークションの件で協力を求めることになったのだろうか?
連れてこられたのは、王城の地下牢だった。地下だということもあり凍えそうなほどに寒い上に、すえた匂いが鼻につく。
「ここだ。」
大吹雪の最中、放置されていたのだろう。バルテル・ジーメンスはとうに息絶えていた。
「罪人の世話まで手が回らなかったんだ。」
王城で罪人とはいえ貴族が、このような仕打ちをうけるのだろうかと、シモンは疑問に思う。そしてある考えに至る。口封じされたのではないか、と-----
そんな時だった。ひとつの淡い橙色の魂が近づいてきた。そしてその魂は、姿を変える。あのホムンクルスの女に瓜二つの姿になったのだ。この不思議な現象をシモンは息を呑んで見つめることしかできなかった。
女はシモンに手を伸ばす。彼女の手が触れた瞬間、シモンは眩い閃光に包まれた。
シモンは全く見知らぬ場所にいた。隣には半透明のホムンクルスの女が立っている。
彼女の視線の先では、彼女が子どもたちと戯れており、その近くには今はもう廃墟となっている孤児院と思わしき建物があった。
どうなっているのだと混乱するシモンを余所に、場面はすぐに切り替わる。孤児院の中でたくさんの子どもが寝台に横になって魘されていた。おそらく数年前にこの国を襲った疫病だろう。これは隣の彼女の記憶を見ているのだと、シモンは悟った。
子どもたちを懸命に看病する記憶の中の彼女を貴族の青年が連れ戻しにくる。
「フランカ!ここには来るなと何度言ったらわかるんだ!!」
貴族の青年はレナートだった。彼女、フランカは抵抗するもレナートに連れられていった。けれどもフランカは隙を見て、孤児院に訪れては子どもたちを心配する。それはそれは熱心に子どもたちを看病していた。
けれど、子どもたちは次々に死んでいく。意気消沈するフランカの元に一人の青年が声をかけた。
「フランカ、また抜け出したのか。」
それは、エリオだった。
「エリオ様…どうしてここに?兄に何かいわれましたか?」
フランカはレナートの妹らしく、慈善事業の一環として孤児院に援助しているようだ。援助というには彼女は入れこみすぎているが…。
「いーや、俺は朗報を持ってきたんだ。この疫病の特効薬ができたんだ。」
「それは本当ですか!?」
「ああ、だがそれは貴重な薬草からできているらしくてな。数が少ない。」
「そんな…では子どもたちには……。」
喜んだのもつかの間、フランカは子どもたちに薬は回ってこないのだと悲しむ。
「それなんだが…俺のツテでなんとかこっちにも薬をいくらか貰えそうなんだ。」
エリオが茶目っ気たっぷりにフランカに微笑んだ。
「凄いです!エリオ様!」
「でも薬を貰うにはフランカ嬢にも協力してもらわないといけないんだが…。」
「わたくしにできることなら何でもします!!」
ようやく子どもたちを疫病から救えるのだと、フランカは嬉しさに涙ぐむ。
「じゃあ、契約しよう。」
エリオは言った。
「契約ですか…?」
「俺があの孤児院の子どもを救う代わりに、フランカ嬢は魂を差し出してもらわないといけない。その契約に受諾するかい?」
「ええ、受諾いたします!わたくしが魂を差し出して子どもたちが救えるなら、喜んでそうしますわ!でも魂を差し出すなんて冗談ですわよね?本当は何をしたらいいのでしょう?」
フランカはそう問うたが、エリオは曖昧に微笑んだ。
そこで場面は切り替わった。
今度は屋敷でフランカが寝台で臥せっていた。
「だから、あれほど孤児院にいくなと言っただろう!」
その傍では、レナートが激昂している。フランカが疫病にかかったのだろう。
「申し訳ありません、お兄様。でももうすぐ子どもたちは良くなりますわ。」
「何を根拠に…。もういい、寝ろ。」
少し乱暴な手つきでフランカの頭を撫でた後、レナートは部屋を出て行った。その後、まもなくエリオがフランカの元を訪れる。
「ああ…エリオ様。子どもたちに薬は渡りましたか?」
「子どもたちは全員快方へと向かっている。フランカ嬢にもそれを確認して欲しかったが…。」
「わたくしもまた元気なあの子たちを見たかったですわ。」
「フランカ嬢は自身にも薬を渡してほしいとは思わないのか?」
「わたくしはいいのです。あの子たちが助かったのです。それにわたくしはエリオ様に協力致していませんし、これ以上望んでは罰が当たりますわ。」
フランカはそう言って、笑う。エリオは困った顔で、退出した。
また場面が切り替わる。
窶れて痩せこけ以前の面影を失ったフランカが静かに寝台で眠っていた。傍にいるレナートは彼女の手を強く握っていた。
「なぜ、あの子どもらだけが助かる…?フランカはあの子どもたちに尽くしたせいで、死ぬ。何故だ、フランカのおかげで助かったくせに、フランカを殺すのか。とんだ恩知らずだな…。」
ぶつぶつとひどく昏い目をしたレナートが呟く。
そこで視界は暗転する。
次にシモンが目を開ければ、そこはもとの地下牢だった。
「おい!シモン!!聞こえるか!?」
エリオがシモンを揺さぶっていた。はっと我に返ったシモンは、エリオを押さえて、辺りを見回す。フランカの魂は、シモンの隣にいた。もとの橙色の魂になって、地下牢を出て行く。
「大丈夫か、シモン。」
「ああ、ちょっと気が遠のいたような……。」
心配するエリオにどうにか何事もなかったようにシモンは振る舞う。しかし、内心は混乱していた。魂が見えるというだけでも異常だというのに、魂が形を変え、あのような生前の記憶を見せるなんて、もうどう受け入れたらいいのか、シモンにはわからない。
だが、ふよふよと飛んでいくフランカの魂をここで見失うわけにはいかない。彼女は魂になっても何かを伝えたがっている。シモンにはそう感じたのだ。
「おい、シモン!どこに行くんだ。」
シモンは地下から出た。あとからエリオもついてくる。フランカの魂を見失わないよう、右目に集中した。
彼女の魂は王城の回廊を進んでいく。
「シモン!聞いてんのか!」
「エリオ、この先に何かある。」
シモンの肩を掴んだエリオにそう言って、彼は駆け出した。ここが王城だなんて忘れて、傭兵の立場をわきまえてないことにすら気づいていない。シモンはただリコへと繋がる糸口を逃したくない一心だった。
「何かあるって…ここは女王陛下がお膝元だぞ。変なものが入り込む余地なんてねぇよ。」
エリオが何か言っているが、シモンは黙殺し、フランカを追う。
やがて、彼女は王城の奧までやってきていた。
「この先は、離宮だ。今は誰にも使われていない。」
エリオが前に見える建物について説明する。その時だった。シモンの右目がつぎはぎの魂を捉えたのだ。
「キメラがいる。」
「は!?そんなはずは…。」
シモンは迷わず、離宮に侵入する。見張りの兵が、困った顔でエリオに判断を仰ぐ。エリオは兵に援軍を要請した。離宮の扉を開け放ち、つぎはぎの魂の方へと、進む。
「なんでおまえはここにキメラがいると…?」
魂が見えるなどと言っても、信じては貰えまい。シモンはどう誤摩化そうかと考えたが、結局思いつかずに聞かなかったことにした。
階段を上がり、二階の広間と思わしき部屋へと続く扉を開ける。
「あら、見つかってしまいましたわ。どう致しましょう?」
フランカを模したホムンクルスが、問う。その傍らにはキメラが数体控えていた。
「始末しろ。」
レナート・ヘルナーは短く言い放ち、キメラをシモンに刺し向けた。




