死神傭兵
とある森の中、男の叫び声が響き渡った。
「---死神!」
叫んだと同時に男の首は斬り落とされる。
しなやかな肉体をもつ一振りの剣を携えた一人の青年を男たちが取り囲んでいた。男の数は20あまりといったところか。その全員が武器を手にしている。
青年 シモンは臆する事なく剣を構え、動いた。
そこからはシモンの独壇場だ。剣を振るうたびに血飛沫があがり、死体が出来上がる。
みるみる男たちの数が減っていく。
圧倒的な力の前に残った男たちが、後ずさり、尻込んだ。
「あ、あいてが死神なんて…勝ち目がねぇよ!」
「敵は一人だぞ!死神だろうと全員で…。」
「無理だ!俺は抜ける!あんなバケモノ、倒せねぇよ!」
「ま、待て!」
一人が逃げ出したのを皮切りに男たちは這う這うの体で散らばっていく。
シモンに与えられた任務はこの男たちの討伐だ。誰一人として逃がすわけのはいかなかった。
シモンは背を向けた男たちを容赦なく斬り捨てていく。
こうして男たち--山賊は、全滅させられた。
シモンは傭兵だ。依頼されればなんだってやる。山賊退治に暗殺、護衛、さらには戦争までもを経験してきた。そうしているうちについた異名が、死神だ。
別に大鎌を振り回しているわけでもないのに、何故そんな異名がついたのかシモンにはさっぱりわからない。殺人鬼ならまだ分かる気もするが……。
そんな益体もないことを考えながら念のために彼らの塒を確認しておく。
そうしてシモンは出会った。
鮮血の如く真っ赤な髪と瞳をもつ不思議な少女に出会ったのだ。
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高山により四方を囲まれた冬の国、クレート。いくら自然に守られているとはいえ、数年前までは他国の侵略を受けていた。
その際、最重要防衛地点たるカラフ砦が陥落。王城への侵攻も時間の問題かと思われたが、敵兵はやってくる事はなかった。
なぜならカラフ砦は陥落したものの、ある傭兵部隊によって敵兵は全滅させられていたのだから。
その傭兵部隊にて、最も突出した存在があった。数多の敵を屠り、返り血を全身に浴びながらも、貪欲に命を狩り続けたその傭兵を人々は[死神]と呼んだ。
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シモンは困惑するほかなかった。
依頼を受けて、20あまりの山賊を駆逐したところまでは常と変わらない。しかし、山賊に囚われていたらしい少女が何故か服の裾を握って離さないのである。
「………」
「………」
じぃ、と少女の赤い眼がシモンを見上げてくる。それを無言で見返しながら、首を捻った。
シモンは子供に好かれたことがない。ましてや今は返り血でぐっしょりと服を紅く染めているうえに、いつものごとく顔の上半分を覆う仮面を着けている。
はっきりいって怪しい人物以外の何者でもない。ついでにシモンは無愛想で口下手だ。こんな時に、どう少女に声をかけていいのか分からない。
「………」
「………」
結果、再び見つめ合うしかない。
飽きることなくこちらを覗き込んでくる少女の歳の頃は、12、3歳だろうか、紅い髪に紅い瞳が印象的である。古びた黒のローブを着ており、その顔立ちには幼さが残るが、将来美人になることが容易に予想される美貌を兼ね備えている。
「……き、君の名前は?」
おそるおそるシモンは尋ねてみた。
「…リコ。」
「そうか、俺はシモンだ。」
「………」
「………」
再び訪れる沈黙。
シモンはもうこれ以上の会話は無理だと、そうそうに諦めた。とりあえず街に連れて帰るべきだろう。
少女 リコに手を差し出すと、彼女はあっさり裾から手を離す。
血みどろの手を躊躇いもせずとったリコは、連れられるままに街へと向かう事となった。
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「シモン…。やめとけ、いくらおまえでも幼気な少女を誘拐したらまずい。」
街に戻るとシモンは諭された。
「どういう意味だ。」
シモンが半眼で問い返した相手は、エリオだ。彼は王国騎士で、丁度巡回中に出くわしたのだ。そして、シモンが唯一付き合いのある人物だといっても過言ではない。
「どういうって…少女誘拐は、逮捕しなきゃなんないだろ。おーい、お嬢ちゃん。もう大丈夫だ。この変質者から助けてあげるからな。」
「誰が変質者だ。」
シモンの抗議を受け流して、エリオはしゃがんで、リコと目線をあわせる。リコは相変わらずぼうっとした不思議な雰囲気を纏い、エリオを眺める。
そして、シモンを見上げ、こてっと首を傾げた。すごくかわいい。子犬が飼い主にお伺いを立てているようだった。
生まれてこのかた子供どころか動物にも好かれたことがないシモンは、その小動物的かわいさに悶えた。
「うわ、おまえがデレてるとこ初めて見た。」
仮面でほとんど顔が隠されているのにも関わらず、よくわかるものである。シモンが感心している間にも、リコはこちらを見つめ続けていた。
「……デレる?」
こてんともう一度、リコは反対側に首を傾げる。ああ、かわいい。シモンは触りたい誘惑に駆られながらも、彼女をエリオに預けようと決める。
「山賊を討伐した際に、保護した。預かってくれ。」
そう言った瞬間、ぎゅうぅと手を握りしめられた。もの凄い力だった。
「なんか…懐かれてないか。」
その様子をみたエリオが驚愕していた。
「ああ、そのようだ。」
「………」
「………」
「もうおまえがひきとったら?お嬢ちゃん、親はどうした?」
「いない。」
ついにはシモンの腰にひっついたリコが簡潔に答えた。
「よし。じゃあ手続きしとくから、おまえが面倒見ろよ。」
「は?待て、俺がそんな…。」
「じゃあな!」
俺がそんなことできるわけないだろう、と言う前にエリオは踵を返した。
こうして残された二人は、無言のままに再び見つめ合うこととなったのだ。