校長の呼び出しとお守り役
校長はそんなシドの言葉に一瞬瞳を鋭くしたが、すぐに柔和な笑みを浮かべる。
「それもそうだね。だがね…、彼らは本当に狡猾だ。騙されないように気を付けるんだよ」
「ええ。ご心配ありがとうございます」
話が本格化してきた。シドは能力を使用し始める。校長の考えを少しでも読み取りたかった。
しかし、能力を使用としても使うことはできなかった。校長がこの部屋に何らかの処置をしているのだと気づき、すぐに使用をやめる。
「それで、確認だったが君は今リャッカ君とシークレットジョブをしているね。今後はどう動く予定だい?」
校長はそれに気づいてはいないような様子で問いかける。シドは不自然にならないように少し考える振りをして気持ちを落ち着けた。
「相手も強力で中々情報が集まりません。これにもう少し時間がかかると思います。これが済んだら後はいつも通り一気に…ですね」
あえて多くは語らずシドは人の悪い笑みを浮かべる。校長はそんなシドを頬笑ましげに見ていた。
「そうかそうか。本当はリャッカ君にも聞きたかったんだが、彼は出掛けているようでね。彼はシークレットジョブの専門家だ。よく学ぶといい」
「はい」
「いやいや、呼び出してすまなかったね。私事で頼んだシークレットジョブは初めてだからね、少々心配していたんだよ。君と話せて良かった。教室に戻っていいよ」
シドの返事に満足気に頷いた校長は一方的にそう言った。
「じゃあ、これで失礼します」
「私の協力が必要ならいつでも言ってね。このシークレットジョブを達成するならなんだってしよう。君達がこの学園の生徒として働いてくれていることに私は本当に嬉しく思っているよ」
「ありがとうございます」
浮かべた笑みがぎこちなくなっていないことをシドは願う。その時の校長の笑顔は背筋が凍るかと思うほど冷たく、だけどなんの感情も籠っていない顔だった。
入り口の辺りでもう一度礼をして静かにドアを閉める。教室に戻る時のシドはそうならないように気を付けていたが足早になっていた。
得たいの知れない恐怖を見てしまった、あの場所から少しでも早く戻りたかった。
教室に戻るとティムはまだシドの教室にいた。シドの席の近くを確保し、クラスの者達と親しげに談笑している様子だった。ティムはシドが戻ってきたのに気づき、手を振ってシドを呼んだ。シドは崩れるように空いていた自分の席に寄りかかる。
「シド君、おかえりー。ってだいじょーぶ?」
ティムがきょとんとして首をかしげる。彼と話していた二人のクラスメートが心配そうにシドの顔を覗き込む。
「クローバード君、顔色が悪いね」
「大丈夫?保健室に行くか?」
「いや軽い貧血だ。心配するほどではない」
シドは心配そうな二人にそう言うが、二人は曇ったような表情のままだ。そんなに自分の顔色は悪いのだろうか。
「次の時間って実技だよね。今日はなんだっけ?」
ティムがわざととぼけたように二人に聞く。
「えっ、ああ今日は体育だろ?」
「んじゃあ、どっちにしろシド君は見学じゃん。保健室で休んでなよ」
ティムはシドに言うがシドは頑なに首を横に降った。これは体の調子が悪いわけではなく校長との話で気分が優れなくなっただけだ。
校長の息がかかっている学園の中で授業をサボり怪しまれるようなことはしたくはない。
「二人とも、シド君は僕が連れてくからさセンセーに言っておいて」
「ああ、分かったよ」
「クローバード、無理はするなよ」
二人はティムに快く返事をし、シドを労った。自分の意思を無視して進む会話にシドは異議を唱えようとしたが、ティムな手で口を塞がれた。
こっそりとシド達の様子を見ていた女子グループがキャッと悲鳴のような声をあげたのにシドは気づかなかった。
「シド君はほんとに頑固だね。いい子だから大人しくしてて。そんなに真っ青な顔して授業なんて出れるわけないでしょ」
ティムはシドを強引に立たせ、やれやれというような顔をした二人に見送られ、連行するように教室から退室した。後ろで女子生徒の黄色い悲鳴が聞こえた。
「まったくさー、シド君がまじめさんなのは知ってるけど、度が過ぎててバカまじめなのは困るよね。世話する俺の身にもなってよ」
楽しそうにティムは言う。シドはいい加減離せと抵抗した。昼休みが終わりかけていて廊下には人が少ないが、だからといって、口を塞がれ手首を握られ歩かされているのは気分がよくない。
「ああ、ごめんごめん」
「本当だ。逃げはしないから、とっとと手を離せ」
ムッとしていたので口調が荒くなったシドだが、さして気を悪くしたようもないようにティムは飄々としていた。
「そんで、どうするかな。保健室行く?」
ティムはシドから手を離したが、未だに顔色が優れないシドを少なからず心配しているようだ。
「少し休めば元に戻る。保健室には行かなくていいさ」
「となるといつも通りですかねー」
「だな」
二人は連れだって生徒会室に行くことにした。ティムはさりげなくシドに手を貸してフォローしていた。シド自身はしっかりしているつもりだったが、時おりふらついているのをティムは気づいていた。
生徒会室にたどり着き、シドを椅子に座らせるとティムは自分とシドの分のココアを入れ戻ってきた。
生徒会室は珍しく無人であった。普段ならば高確率でキーツがいるのだが、今日は授業に出ているか、それとも調査をしているのか姿が見えない。
ティムは音をたてないでシドの目の前の机にココアの入ったカップを置く。
「はいどーぞ」
「すまない」
「いーえ」
シドはホッとしたように背もたれに深く体を預けていた。ティムが持ってきたココアを飲む。甘い。だけどその甘さに落ち着きを取り戻す。
そんなシドの様子を見計らっていたのか、ティムはふと声をあげる。
「そーいえば、さっききょーしつで女子達がやたらと俺らを気にしてたねー。今ごろみょーな話をしてるかも」
クスクスと笑ったティムだったがシドは危うく飲んでいたココアを吹きどすところだった。
「それは笑うことではないだろう。教室に戻った時なんと言えばいいか…」
「べっつにフツーにしてればいーじゃん」
ティムは気楽に答える。彼は軽い気持ちで和ませようと言ったのだろうがシドは頭が痛い思いがした。
能力のせいも多少はあるだろうが、シドは元々変なところで他人の目を気にするところがある。その割りに大胆な決断や発言をするのだが、今回のティムの軽口を聞き流すことはできなかったようだ。
「まっ、それは置いといてさ。落ち着いたみたいで良かった」
「ん、ああ。ありがとう。僕はもう大丈夫だ。ティムは午後の授業に行った方がいいんじゃないか?」
「ん?別にいーよ」
ティムが机に頬杖をついてにこりと笑う。シドのことを案じているらしい。シドは無言で頷いた。
それからティムは自分もココアを飲み始めた。何があったのか追求する気はないらしい。シドは自分から口を開く。
「ティム…。実はさっき…」
「ストーーップ」
だが、ティムはシドが話し出す前にそれを制した。頬杖をつくのを止めてシドの目の前に立った。
「俺はシド君のお守り役だからここに残るけどさー。シド君の話は今じゃなきゃダメなの?まったり休んで後にしよーよ。なんだったら放課後、遊びに行くしさ。ねっ」
チュリッシェのように仁王立ちをし小声で言ったティム。シドにはその意図が分かり頷いた。
ティムは警戒しているのだ。だからシドを置いて授業に出るのも彼は止めたのだ。さっきのもこの場で話すのは危険だと言いたかったようだ。自分の軽率さをシドは少し反省した。
「うん、後でゆっくりね。今はまったりしよーよ。俺、寝不足なんだよねー」
言うが早いかティムはまだ熱いココアを一気飲みすると、来客用のソファーに寝そべった。
「放課後になったら、起こしてねー」
ヒラヒラと手を振り、ティムはソファーに突っ伏し、シドはココアをちびちびと飲んでいた。




