セスの昔話
「僕とあのじいさん…君達の学校の校長先生は昔からの知り合いだ」
セスは以前シドに伝えたようにそんなふうに前置きをした。苦い顔をしていることから、やっぱり話しにくいようで、今のもそれゆえに口に出た言葉だったのだろう。それから言葉を区切って黙ってしまった。
シドはセスに断りをいれてから、能力を使用しだしたので、彼のそんな様子が嘘や誤魔化しの類いではないことが理解できる。彼は心の中で葛藤している。
ここ数日、能力を酷使しているからか、精度も上がり少しだけ副作用も弱まった気がする。どれくらい話に時間がかかるかはまだ分からないが、ぶっ通しで使っていてもなんとかなるだろう。
そうシドは判断したからこそセスを急かすことはせず、彼が自らのペースで話すのを待った。
「知り合いというより親戚だった人間だ。あくまで書類上だけだけどね」
「…そうでしたか」
セスは苦い顔から苦笑いになりシドに言った。一度口に出してしまえば後は自然と言葉が出てくるようで、セスも話しにくい感じが緩和されていた。
「ああ、知ったのは最近だったけど、昔から関わりがあった。シドは僕も孤児だったことは知っているかい?」
「シェルムの話や貴方の口ぶりからなんとなくは察してました」
シドはそれに頷いた。セスは特に驚いた様子もなく、お茶を口に運んで唇を湿らせた。シドも真似して一口いただく。
「そうか、じゃあその辺りの話からしよう。なぜ僕が孤児になったのか」
幼い頃のセスは母親との二人暮らしだったらしい。父親はセスが生まれてすぐに事故に遭い命を落とした。母もあまり体が強くなく、よく体調を崩していたらしい。
「だから僕も子供の頃から色んな仕事をしたものだよ」
体が強くない母のためにセスは物心がついた頃から仕事に明け暮れていたようだ。子供ができる仕事はそれほど多くなかったが、靴磨きや、作物の収穫など日雇いの仕事を繰り返した。
そんな日々を過ごしていたセスは運よく下働きの仕事にありつけた。彼が十二才の頃だ。というのも、ある日靴磨きの仕事をしていると一人の男性のお客がやって来た。
そのお客に子供のセスがなぜ働いているかを聞かれ、身の上を話ながら靴を磨いていると、その客は同情したのかセスに自分のところで働かないかと申し出たのだ。
「安定して働けるのは嬉しかったけどさすがに遠慮したよ。会ってその場で飛び付くほど困っていたわけでもないしね」
「セスさんは当時から思慮深かったようですね」
「ははは、よしてくれよ」
だけど、その客は熱心にセスをスカウトした。その日は帰ったものの、それからというものセスが靴磨きの仕事をしていると必ずといっていいほど男は現れた。
セスも何回も通ってくれる彼に段々と心を許し始め、そこまで言うのならと彼のいう仕事を受けてみることにした。
連れてこられたのはお屋敷だった。その男が言うには、この屋敷に住む坊っちゃんの遊び相手と屋敷の下働きをしてほしいということだった。
坊っちゃんというのはこの屋敷に住む旦那様と奥様の子供ということだ。彼は九才で、もうすぐ十歳になる子供らしかった。それ以上の情報は彼から聞くことができず、セスは屋敷の中に入った。
男がある部屋の前でセスに待っているようにいうと、彼だけ部屋の中に入った。しばらく待ってセスが飽きて来た頃に男は出てきた。旦那様と奥様に紹介するからこれを着なさいと一着の服を差し出された。
それはセスのような子供が着るには似つかわしくない立派なスーツで思わず彼は首を横に降った。
男は「今日のみ貸すだけだ。明日からは普段着で構わない」とセスに伝え、セスは恐々それに腕を通した。
着てみるとサイズはいくぶん大きかったものの、動きにくいほどではなく、セスを大人っぽい風貌に変えた。髪も直してもらい鏡を見た時には少なからず嬉しさが込み上げた。
それから旦那様と奥様の部屋に通され挨拶をした後、彼が使えることになる坊っちゃんと初めて会うことになった。
「彼は生意気な子供だったよ」
そういったセスの目は優しい光をともしていた。
彼が仕えることになった坊っちゃんの第一声は「俺、フェイロン。お前が僕の家来だな!。よし俺と遊べ」だった。
セスを連れてきた男はさっさと退散していたようで彼を窘めるものはいない。セスは仕方なく口を開く。
「セスだ。君の遊び相手兼下働きをすることになった。よろしく」
今思えば、仕える相手に何て挨拶をしたものかと感じるが、当時のセスもフェイロンも気にした様子はなかった。
「早速遊ぶぞ!!」
フェイロンは年相応な明るく元気な様でそう促した。それからセスはこの屋敷に通い、彼と遊び、学び時にケンカをしながらも過ごしていた。大人の目があるところではセスモ言葉に気を付けていたが、二人の時は対等に彼と話していた。二人は親友と呼べる間柄となっていた。
セスは仕事が少ないときにはフェイロンと共に勉学を教わったり、屋敷の下働きとしての立ち振舞いを教わったりしていた。彼の落ち着いた振る舞いはそのときに身に付いたものであった。
そんな平和な日が一年続いたある日、事件が起こった。
その日セスはフェイロンと一緒に屋敷に通う教師から勉学を教わっていた。二人が教師から学んでいる所に飛び込んできたのは、セスを最初に屋敷に連れて来てくれた男性だった。彼はセスの教育係でもあり、この屋敷の当主の父にあたる人物だった。
彼は教師に一声かけると落ち着いた様子でフェイロンに声をかけた。
「フェイロン様、すぐに来てくださいませ。奥様の様子が…」
「母上が!すぐに行く。セス、お前もこい!」
「かしこまりました」
フェイロンは驚いているようだったが、セスは落ち着いたものだった。飛びこんできた男性も落ち着いた様子だったし、奥様の状態はセスもフェイロンも知っていたから。
奥様は別に病気や怪我をしているわけではない。フェイロンの弟か妹を身ごもっているのだ。十日ほど前にもうじき生まれるだろうと医師の診察も受けていたのを知っている。
フェイロンが呼ばれたことを考えるといよいよ子供が生まれるのだろう。
セスはフェイロンと男性と共に奥様の寝室に近い部屋で待機していた。フェイロンは落ち着かない様子でソワソワとしていた。
二時間ほどたった頃、奥様の寝室から医師が出てきて、子供の誕生を告げた。生まれた子供は女の子だった。
フェイロンは妹の誕生を喜んだ。年の離れた妹だったこともあってか、積極的にお手伝いをし、妹をあやしていた。そんな彼をセスは微笑ましく思っていた。
だが、その頃のセスの家庭環境は切迫していた。残されたたった一人の家族である母親の病が悪化したのである。母は自分の死期を悟り、セスにあることを伝えた。
「今までたくさん苦労をかけてごめんなさい。私はもうここまでみたい…
ねぇセス。今まで内緒にしていたんだけどね、あなたの父親は生きているの。あなたが生まれてすぐに私はあなたと二人で暮らすことを選んだの。その必要があったから。だけど、私がいなくなったら、あの人を当てにしなさい。あなたは一人ではないの」
目が虚ろになり、意識も朦朧とした母はセスにポツリポツリと語った。セスはこぼれる涙もお構いなしに、母の言葉を聞き漏らさまいと必死で聞いていた。
「セス、愛してるわ。どうか幸せになって」
最後に母は確かにセスの方を見た。セスの顔に目の焦点があい、左手を彼の頬に当てた。その言葉を最後にセスの母は旅立ってしまった。
セスはその後、しばらく悲しみにくれていた。母が亡くなったことで必要な処理を行うために、下働きの仕事を休んだ。
母が最後に言った、父が生きているという言葉も気になってはいたが、悲しみが溢れていた当時のセスには、それは後回しになった。
一週間ほど経ってセスは久しぶりに下働きの仕事に向かった。
「セス!久しぶりだな」
「しばらく来られなくてごめん」
「気にしないでくれ。それよりも大丈夫なのか?」
「僕はもう大丈夫だよ」
いの一番に飛び出してきたフェイロンはセスに飛び付いて心配そうに顔を歪めた。セスはフェイロンの頭を軽く撫でるようにして部屋に入る。
しばらくの間、二人でたわいない話をしながら、ゲームをしているとセスの教育係である男性が部屋に入ってきた。
「セス、話がある。ちょっと来なさい。坊っちゃん、セスを少し借りますね」
「今行きます」
フェイロンが頷いたのを見てセスは立ちあがり男性についていった。




