アリアの怒り
セスの部屋は二つに別れている。一つがソファや机が置いてある部屋。もう一つがベットがあり休むための部屋。いわゆる寝室だ。
倒れたシドを寝室のそっとベッドに寝かせたセスはベッドの足元辺りに座り込んでいた。
「説明してセス君。この子に何を言っていたの?」
シドの顔の横に当たる位置に小さな台を置き、その上に薬箱を置いたアリアは厳しい目で薬箱を検分しつつセスに言った。セスは静かに答える。
「僕は彼のステータスを見てしまった。そこに書いてあったのはシドという少年のステータスではなく、シルヴィアという少女のものだったんだ。恐らく何らかの深い事情でシドと名乗っていると思う。これは僕としても広めたくない。君と僕以外には秘密にしてくれ」
「そういうことだったんだ。線の細い子だとは思ってたけど、まさかね」
アリアはセスの能力については詳しく知っているので彼の話を疑わなかった。
この組織で料理長をしている彼女は、医療の心得も持っている。組織の中で一番信頼している者でもある。セスがアリアを選んだのは、そう言った理由からだった。
アリアのいくつかの薬品をすいすいと台の上に並べる仕草は手慣れたものだ。
「手当てしちゃうからセス君は、あっちで待っていて。その後で聞きたいことは聞くよ」
「ああ、頼むよ」
セスはその場をアリアに任せて先程の部屋のソファに腰かけた。
シドは制服だった。学校へ行くところをエイナがシェルムを使ってつれて来たのだろう。だとすると、今頃学校やシドの保護者は大慌てしているかもしれない。
向こうには彼と昨日一緒に来たリャッカがいる。ここを特定するのも難しくないだろう。
そもそもシドは通信機を持っていた。シェルムに連絡する余裕があったなら誰かに助けを求める連絡をしているかもしれない。
ただ、シドを連れ帰ってくれるだけならいいが、向こうはうちの組織がシドをさらったと思っているだろうこちの話を聞いてくれるか分からないが対応は考えておこう。
セスが今後の手を何パターンか考えシュミレートしているとアリアが再び来るようにと呼び掛けてくれた。
「手当てが終わったよ。ずいぶん酷くされたみたいだけど、痕にならないように最善を尽くしたよ。後、セス君が見たステータスの通りだった」
シドはベットの上で規則正しい寝息をたてている。布団から出ている上半身は所々包帯に包まれ絆創膏が張られ使手当てされていた。
「ありがとう。シドの目が覚めたら詳しい話が聞けるといいな」
目を細めてシドを見るセスにアリアも頷いた。
「それでセス君。お話の続きをしようか」
アリアが満面の笑顔でセスに言った。それを見たセスの顔は若干ひきつる。
「大分話したと思うけどな」
「そうかもしれないね。だけどもう一回おさらいも込めて最初っから全部話してもらうよ。昨日突然、この子達を連れて来て、今日にはこんなことになってたのに、私に事前に何も言ってくれなかったんだもん」
キラリと目が輝かせ、アリアはセスに詰め寄った。昨日の弱々しい雰囲気はどこへやら。とんでもない迫力にセス反射的には一歩下がった。
「いや、これからシドの仲間や保護者が来るかもしれないから……」
「だったらなおさら教えてくれないと困るな。時間が許す限り話そうよ」
にっこりと笑うアリアの迫力にセスは観念して話し出した。笑顔で怒る人ほど怖いものだ。起こった彼女は組織のボスであるセスでも敵わないのだ。
それからセスは少し時間をかけアリアに説明を行った。
「そういうことね、分かったよ。じゃあ、この子の保護者さん対策はセス君に任せて私はエイナの方を引き受けるよ」
「頼むよ」
セスはひきつった笑みを浮かべる、どうにかアリアは納得してくれたようだ。いつも通りの感じに戻っている。
「ボーースーー」
シェルムの大きな声が聞こえる。戻って来て部屋の前でセスを呼んでいるようだ。
「ちょっと行ってくる。シドを見ていてくれるかい?」
「うん」
アリアにシドを任せてセスはシェルムに会いに行った。残されたアリアは改めてシドの様子を伺う。苦しそうな様子はなく相変わらず寝息をたてている。
手錠をしているのに能力を使った影響もあるけど、普段から寝不足だったのではないかとアリアは見立てていた。よく見ると目の下にうっすらと隈があるし、顔色もあまりよくなかったから。せめて少しでもゆっくり休めてればいいなとアリアは彼を見て思った。
「アリア、シェルムがシドの手枷の鍵を持って来てくれたよ。これではずせる」
ちゃりっと手の中の鍵を揺らしセスはシドの体を横向きにし手錠の鍵穴にそれを差し込み回した。鍵はすんなりと回り手錠が外れる。それを回収してセスはシドの体制を仰向けに戻した。
「やっぱり鍵はエイナの所にあったのね」
「ああ、エイナは自分が管理している教室にシドを連れていったようだ。この手枷もそこに残っていたものだろう」
「エイナの所は元研究所だったっけ。それなら能力を封じる手錠があってもおかしくないね」
ナシャが小さな教室を管理しているようにエイナもまた孤児達がいる元研究所の管理をしていた。そこにシドを連れていったのだった。
二人が話しているとシドが身じろぎをし始めた。手錠をはずしたことがきっかけで意識が覚醒してきたのだろうか。
「アリア、後ろへ」
意識を失う前、シドは相当取り乱していた。混乱し飛びかかってきたとしても押さえられるようにアリアを自分の背にかばう。
シドがパチリと目を開ける。焦点が合うまで一瞬はぼうっとした様子だったが、飛び起きるように上半身を起こしてセスを見た。
「シド、気がついたようだね。調子はどうだい?何が起こったかは覚えているか?」
セスは出来るだけ穏やかにシドに問いかける。シドは自分の状態を視認し少し考えた後でゆっくりと言葉にした。
「手当てしていただいたみたいでありがとうございます。手錠もなくなり楽になりました。調子は問題ありません。何が起こったかも覚えています。……すみませんでした」
「いや、こちらの方こそ驚かせてしまいすまなかった。深い事情があるのだろう。僕とアリアはそれを知ってしまったが、これ以上他言するつもりはないし詮索もしない。これは約束する僕が望んでいるのは君達と協力関係を結ぶことだから」
「そうしていただけると僕もありがたいです。ただ、なぜ分かったのか教えていただけませんか?」
シドの顔色はあまりよくないが、表面的には落ち着いた様子でセスの問いに答えていった。
「それは僕の能力だ」
「セス君!?」
すんなりと話始めたセスにアリアが声をあげる。
「僕らは計らずも彼の秘密をひとつ知ってしまった。その代わりと言ってはなんだけど、僕も彼に話そうと思う」
穏やかだが決意を秘めた表情に、シドはセスが今から言うことは組織内でもあまり知られていないことなのかと想像した。
「シド、君の事情を知ってしまったのは僕の能力が原因だ。僕の能力は初対面の相手のステータスを自動で表示するものだ」
「ステータス……プロフィールが分かるということですか?」
シドは自分なりに考えセスに聞いた。セスはそれに頷いて答える。
「そうだ。それで君のステータスも見てしまったんだ。昨日は見ることが出来なかったんだけどね。今日のステータスが見られたと言うことはリャッカの能力が原因かな」
探りをいれるようなセスの言葉にはシドは曖昧に笑った。それだけである程度の確信が得られたのかセスはさわやかな笑顔を見せた。
「最後のは気にしなくていい。ただの推測で君が答える義務もないものだ」
「はい。お陰でなぜバレたか参考になりました。ありがとうございます」
セスも能力が発動するまでは疑いもしなかったよと付け加える。能力を使われればバレることも分かった。早急な対策が必要そうだ。シドは自分の正体がバレた割には落ち着いて話を進めていた。一時を失った落ち度が彼を冷静にさせたのだった。
なにかを決めたような顔のセスがシドの枕元でいきなり方膝をつき彼と目線を合わせて口を開いた。
「さて、シド。こんな目に合わせてしまってなんだが。我々には時間がないんだ。組織内の統率も必要な課題だと今回の件で深く痛感した。そこで、昨日の話し合いの返事が決まっていれば聞かせてほしい」
「せっかく助けていただいて、この場には僕のことを知っている組織のボスと補佐のがいます。お話を進めましょう。ただこれはあくまで、僕個人の独断です。それだけはご了承ください」




