尋問と恐怖
エイナは懐から短めの鞭のようなものを取り出して嬉しそうにシドを見下ろした。右手でそれを持ち左手に軽くぶつけパチパチと音をならした。
「言い忘れていたけど坊やが正直に話さなかったら痛い目に遭っちゃうからね」
シドはごくりと喉をならした。
「それじゃあ、始めようか」
シドが喉をならしたことを怯えと受け取ったのかエイナは満足そうに微笑んだ。
「最初の質問だ。まず、坊やの名前と学校を教えてもらおうか」
これはあくまでも確認だ。彼女は僕の名前も学校も知っている。答えてしまってもなんの問題もない。裏付けをとるという意味合いが強いのだろう。
そんな風にシドが怯えた表情をとりながら考えていると、エイナが顔をしかめて手にした鞭でピシャリと床を打った。
「答えるのが遅いよ!名前くらいさっさと答えな」
「プロトネ学園高等部一年生、シド・クローバード」
考えて答える時間はあまり与えられないようだ。
「やれば出来るじゃないか。次の質問。昨日坊やが一緒に来たのは学校のお友だちかい?」
「はい」
今度は怯えた表情のままコクコクと頷いて肯定する。
「素直なのはいいことだね。次だ、坊やとお友だちはどうやってここに来たんだい?」
シドはそれに対して黙り混む。見かねたエイナが今度はシドに対してピシャリと鞭を打った。
「くあっ!」
鋭い痛みが体に走りシドは堪えきれず声をあげる。エイナは冷たい目でシドを見る。
「坊や、もう一度聞くよ。坊やとお友だちはどうやってここに来たんだい?」
シドは怯えた顔でエイナを見た。エイナは目を細めてもう一度鞭を振りかぶろうとした。シドは慌てて口を開く。
「……シェ、シェルムに町で会って!遊びにおいでって誘われたんです!」
「昨日言っていたのは本当だったのかい」
エイナがやや驚いたようだ。鞭を振るうか迷ったようにシドと鞭を交互に見る。
「う、嘘じゃありません!シェルムに聞いてみてください」
あまりにも必死な様子なシドを見てエイナは静かに鞭をおろした。
「そんなに言うのなら信じてあげようかね」
怯えきった表情をするシドにエイナはつかつかと近寄り鞭の持ち手でシドの顎をくいっとあげて無理矢理目を会わせた。
「そんなに怯えなくても大丈夫。坊やが正直に答えてくれるのなら痛いことしないから。っね」
歌うようにシドに微笑みかけるエイナ。シドの目には怯えの色がありありと浮かび上がっている。そんなシドをエイナは楽しそうに見た。
「次の質問に答えてくれたら一旦休憩にしようかね。時間はいっぱいあるんだからね」
「……本当ですか?」
そうして今回シドは初めて自分からエイナに視線を合わせた。エイナは再び妖艶に笑って見せた。
「ああ、いいよ。だけど、坊やがいい子に答えてくれたらだよ?」
「はい、分かりました」
シドの素直な返事にエイナは次の質問を出した。
「これが出来たら休憩だよ。坊やとお友だちは、どうしてここに来たんだい?」
シドはその質問に瞳を揺らして、鞭とエイナの顔を交互に見た。そして答える。
「シェルムが僕に仲間にならないかって言ってくれて、その返事をするためにシェルムを探してたんです。その時たまたま友達も一緒で、友達も一緒に来ていいって言うから来たんです」
「つまり、あたし達の仲間になるかどうかの返事にするためここに来たってことかい」
疑わしい視線をシドに向ける。エイナはそのままシドに鞭を打った。
「っく!」
再び襲う鋭い痛みにシドは体を震わせる。鞭があたった場所は服が裂けそこから少し地が流れ出している。
「もう一度聞くよ。坊やとお友だちはどうしてここに来たんだい?」
今度はシドは即答する。
「シェルム達の仲間になるか返事をしに来ました」
エイナは無言で鞭を振るう。
「っく!」
「もう一度だ。坊やとお友だちは……」
「シェルム達の仲間になるか返事をしに来ました!」
エイナの言葉を遮ってシドは涙目で言った。エイナはそれ以上聞いても同じ答えしかでないと分かったのか震えているシドに優しく問いかけた。
「そうだったのかい。ごめんね坊や。あたしは坊やのことを疑っているんだよ。でも坊や言ったことは本当のようだね。約束通り休憩だ。あたしが戻ってくるまでいい子で待っているんだよ」
エイナは怯えきって荒く息をするシドの頭を優しく撫で部屋から出ていった。
「じゃあね、坊や」
怪しい微笑みは決して逃がさないという彼女の意思を感じる。エイナが出ていったのを感じてシドは冷たい床に倒れ混んだ。
「姉御お疲れ様」
「ああ、ありがとね」
「様子はどうだ?」
「順調だね。坊やは今休憩中だよ。その間に裏を取りに行くよ」
エイナはドアの外にいた少年と言葉を交わしながら廊下を歩いていた。
「それにしてもこれは便利だね。坊やも相当怯えたようだ」
手の中でパシパシと鞭を弄びながら舌舐めずりをした。
「そうか、意外。でも、しょうがないか」
少年が淡々と呟くのにエイナは首をかしげたが、また楽しそうに鞭をパシパシとやった。
「それにしてもシドは大丈夫かしら?」
「なに?シド君のこと、そんなに心配なの?もしかしてー」
「バッカ!そんなんじゃないわよ。あいつ、ひょろいし軟弱だし余計なことしてないといいってこと」
「シド君ならきっと大丈夫ですよ」
「ああ、俺達が助けに行くまであいつはピンピンしているさ」
キーツ率いる生徒会メンバーはシドの魔道具の場所に向かい進んでいた。場所は思ったよりは近いが歩きでは難しく、今はバスを待っている状態だ。
その待ち時間がもどかしく、声をあげたチュリッシェにティムは茶々をいれ、キーツとユウリがとりなすように口々に言った。
「ひょろいし軟弱ねー」
クスクスとティムが笑う。そこでちょうどバスがやって来た。
「皆、行きますよ」
ユウリが声をかけ、バスに乗り込む。午後になり、ややバスが混んできている。四人まとめては座れなかったので、キーツとユウリ、ティムとチュリッシェに別れて座った。
「さっきのどういう意味?」
窓枠に肘を着いたティムにチュリッシェは声をかける。ティムは斜め二列前に座り談笑している雰囲気のキーツとユウリに目をやり、再びチュリッシェに視線を向けた。
「どーゆー意味って?」
「とぼけてんじゃないわよ」
「シド君はひょろいし軟弱ではないよ。ずっと強かだ」
バスが走りだし多少の声は移動の音でかき消される。それを待っていたようにティムはチュリッシェに小声で話した。
チュリッシェはこれまでのシドの様子を思い浮かべたのか怪訝な顔をした。
「シド君はね、能力を手段のひとつとしか使わないんだよねー。能力を持っている人って、それが使えるものなら使えるものほど、それに頼りっきりになるもんなんだよねー」
「ふーん、そんなもんなの?」
ティムの言葉は能力持ちではないチュリッシェには、あまりピンと来なかったようだ。
「そっ、シド君の能力は人に対して、かなり強いんだよ。相手の考えを読み取れるからね。シド君もなんか困ったことがあれば能力を使おうとするの見たことない?」
「ああ、確かに」
それには覚えがようでチュリッシェは頷いた。
「俺の見立だかんねー。あんまり宛にしないでよ」
あまりにも真剣な顔で聞いているチュリッシェにティムは苦笑いする。
「でもさー、リャッカ先輩っていう能力が使えない相手が出来て、シド君は色々考えて能力を使うのをやめた。出来そうで出来ないことなんだよ。じょーきょーはんだんとせーちょーそくどが早いんだよね」
「シドらしいっちゃシドらしいけど」
チュリッシェはそんな感想を口にする。膝の上にはバックから出したコンパクトなサイズのパソコンが置いてある。
「それにさ……」
「なに?」
あんな能力を持ち、兄のふりをし性別すら偽り、学園に堂々と来るというかなりぶっとんだことをしているのに皆そんなに警戒もせずに生徒会に馴染んでいる。チュリッシェはキーツに対して怯えていたようだけど、シドだって異常だ。
シドは能力や生い立ちのせいからか人の気持ちの変化に敏感だし発想も柔軟だ。そのせいなのか皆が警戒出来ないように振る舞っている。警戒できないってシド君は実は一番怖いのかもね。
でも、だからこそ……
「いや、シド君は目を離せなくて面白いなって」
くくくっと笑ったティムにチュリッシェは呆れたようにため息を吐いた。




