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偽主  作者: シュカ
73/141

キーツ無双

 「…ここは」

 

 部屋の中で横たわっていたシドは、そのままの姿勢で薄目を開け首を動かした。

 

 見覚えのない場所だった。家具と窓のない六畳くらいの広さの部屋だ。白いコンクリートで出来ている床はひんやりとしている。見たところ壁も同じ材質で出来ているようだ。その一角にはドアがついているが、中から開けることは出来ないのが一目で分かる。ドアノブがついていないのだ。

 

 まだ起き上がらない方がいいだろうとシドは判断し、体に不調がないか確かめていく。

 

 頭ははっきりしているし、体に痛みもない。だが、両手は後ろにまわされており何かを嵌められている。軽く動かしてみるとカチャカチャと金属が擦れ合う音がした。手錠だろうと判断する。

 

 次は記憶を辿ってみる。たしか僕はいつも通りジェイドの車で登校をした。すると校門に制服を着たシェルムがいた。彼を連れて校門を離れ会話をした。実はその場にはエイナもいた。振り向いて彼女の顔を見た辺りから記憶がない。

 

 ということは僕はシェルムとエイナに連れられてここに入れられた可能性が高い。つまり誘拐されたのか。

 

 どのくらい寝ていたかは分からないけど、これは今頃リャッカ先輩は怒っているだろうなとシドはため息をつく。

 

 とにかく誰か来るまでは寝た振りをしておこう。流石にずっとここに放置されるわけはないだろう。僕がいないことに関しては生徒会にはキーツ先輩がいるし気づいてくれると期待してもいい。上手く行けば生徒から屋敷に連絡をするかもしれない。そうなればアルベルトが動く。

 

 今僕は人質だ。大人しく相手の要求に沿いつつ、情報と脱出のチャンスをつかもう。

 

 目を閉じたままシドは考え続ける。この状況でも冷静さを保てるのは軟禁や監禁に慣れているからなのかと思うと笑えてくる。

 

 表情に出さないようにして、次は能力を使ってみた。誰か人かいるかだけでも確かめられるかもしれないからだ。

 

 「……くっ」

 

 能力を発動しようとした途端、頭に鋭い痛みが走る。脳が直接揺さぶられているような目眩も加わる。シドはのたうちまわりたいのを必死で堪えた。

 

 それも徐々に収まり、シドは荒い息をする。今のは能力を使った時にくる副作用の症状だ。だけど今回は随分と強くそれが現れた。能力の副作用を強める効果でもあるのだろうか。

 

 考えられる原因はこの部屋の作用なのか、両手に嵌められた手錠なのか…。

 

 その判断がつかない状態では能力は使わない方がいい、使えないことはなさそうだが使い続けていたら動けなくなる。

 

 どれくらい寝た振りを続けていただろう。時間が分かるものがないから分からない。若干の不安を覚え、万が一このまま放置されたらどうするかを考えていた時、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。

 

 床に当てた耳に神経を集中させる。コツコツと規則正しい音がだんだん大きくなってきて、ドアに鍵を差し込み回す時のガチャガチャという音が聞こえる。シドは改めて固く目をつぶる。

 

 誰かが中に入ってきたが目を閉じたシドにはそれが誰だかは判断がつかない。その人物はシドの呼吸や脈を調べているようだ。口許や首筋に手を当てられる。

 

 「まだ寝ているのか?」

 

 その声は男とも女ともつかないハスキーなものだった。少なくともシェルムやエイナではないことは確かだ。セスやアイヴァーでもない。シドがまだ会ったことがない組織の者だろう。

 

 「そろそろ起きてくれ」

 

 その人物に上半身を抱き起こされ、ぺちぺちと軽く頬を叩かれる。シドはいかにも今起きたと言うように、「……う、うー」と声を漏らしながら薄目を開けた。

 

 目を閉じていたことによってぼんやりとしていた視界が時間にたつにつれはっきりとしてくる。

 

 「……ああ、よかった」

 

 シドよりも小柄な少年がそこにいた。十二、三歳くらいだろう。心配しているような言葉だったが、完全な無表情で話し方は台詞を棒読みしているような印象を受ける。

 

 「…ん、ん……ここは?」

 

 シドは今起きましたというような反応を少年に見せる。少年はそれには答えなかった。

 

 「起きたか、具合は?」

 

 「君……は?」

 

 「具合は?」

 

 少年は答えずに、ただ同じ質問を繰り返した。仕方なくシドは答える。

 

 「頭がだるい」

 

 「問題ない」

 

 即答され、少年はシドに立つように指示をする。立ち上がる時に両手の手錠がカシャンとなった。はずすのは難しそうだ。

 

 少年はシドを上から下まで観察し、そして頷いた。シドに背を向けてドアから出ていこうとする少年。半身を向けて一言だけ残した。

 

 「少し待っていろ」

 

 少年から鍵を奪い力づくでここから抜け出すことを考えたが、両手を使えない上に少年の実力も分からない。さらにここがどこかも分からないので諦めのため息をついた。

 

 

 

 

 

 その頃の生徒会室ではホームルームはとっくに終わり、一限目が始まっているのに関わらず、キーツとリャッカの睨みあいが続いていた。

 

 仲間の一大事だとシークレットジョブの内容を教えろと言うキーツと、どんな状況であろうと校長から直々に依頼された仕事の内容を軽々しく教えられないというリャッカ。ギスギスし誰も退室できない雰囲気だ。

 

 二人を見守るように、ユウリ、チュリッシェ、ティムの三人はさっきまでティムが横になっていたソファに座っていた。


 「話せ」「無理だ」のやり取りをしばらく行った二人は、それぞれ苛ただしげに目を伏せていた。

 

 ユウリは微笑みを浮かべ、あらあらというような様子で、ティムは珍しいものを見るように目を細めて楽しそうに二人を見ていたが、チュリッシェとしては、ハラハラものである。

 

 だけど、リャッカと違ってキーツは冷静さを保っているようなので、その点では安心できる。

 

 「よし分かった。では、お前はなにも答えることはない。俺がいくつか話をするからそれを聞いてくれればよい」

 

 今までの雰囲気を一転させるようにキーツは朗らかに言い、ヘラっと笑った。

 

 「あらあら、キーツ君が本気になってしまいましたね」

 

 「えっ?」

 

 ユウリがボソッと呟いた。キーツとリャッカは二人の世界に入っているから聞こえていないかもしれないが、ソファに座るチュリッシェとティムにははっきりと聞こえた。

 

 「二人は初めてですね。ああなった会長はもう止まんないですよ」

 

 パッチリとウインクを見せるユウリを見て、チュリッシェとティムは顔をひきつらせた。

 

 そんな三人のやり取りを横目で見ていたキーツはふふっと笑って朗々と話始めた。

 

 「二人が校長先生からシークレットジョブを受けたのは文化祭の後だったな。あの後から二人は忙しく働いていたな」

 

 当然だがリャッカは答えない。キーツは構わず続ける。

 

 「校長先生直々に生徒会メンバーを指名し依頼を行うなど珍しい。よっぽど大きな案件なのだろう。我々が行っているシークレットジョブといえば、探し物、探し人などの捜索。トラブルの仲裁、能力者が関わる事件の捜査が主なところだな」

 

 指折り数えるようにキーツはあげていく。

 

 「今回は能力者が関わる捜査、トラブルの仲裁というところだろうな。それでいて、今まで受けたどのシークレットジョブとも気色が違うものかもしれない」

 

 「うわー、えげつないな」

 

 冬だというのにティムの額から一筋の汗が流れる。チュリッシェも彼の言葉に同意する。

 

 「そうね」

 

 「学園祭といえば、たくさんのトラブルがあって大変だったな。最後の学園祭だったというのにトラブル処理だらけだ。あれを巻き起こした者達がいたな。彼らは何者だったのだろう」

 

 リャッカは答えない。だが、キーツは口を開き言葉を続ける。

 

 「ああ、それを調べるのがシークレットジョブなのか?いや、違うな」

 

 キーツはリャッカに問いかけるが、すぐに首を降り問いかけたことを否定する。

 

 「それだけなら俺を通して仕事を割り振るはずだからな。彼らに対する調査より、もう少し踏み込んだことだろう。だとしたら……」

 

 キーツは自分のこめかみの辺りをこんこんと叩いた。リャッカは先程から目を閉じてじっとしている。まるで眠っているかのように無反応だ。

 

 「校長先生は自分の孫であるクラスタを使い彼らを学園に呼び出した。それは何のためだったのだろう。彼らに会うために?あるいは捕らえるためか?」

 

 うつ向いてぶつぶつと考え続けているキーツがはっと顔を上げた。

 

 「なるほど、お前達が受けたシークレットジョブは彼らの活動を阻止することか、もしくは彼らを捕まえることか」

 

 じっと生徒会室全体をキーツは見回す。

 

 「ふむ、これも違うらしい。考えたくはなかったが、もっと過激に彼ら、あるいは彼らの集まりを壊すことか」

 

 キーツはそっと目を伏せた。次に顔を上げた彼は微笑んでいた。

 

 「どうやらこれが正解のようだな」

 

 

 

 

 

 

 

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