拐われたシド
翌日の朝。シドの部屋にやって来たアルベルト。ノックをすると中から返事があった。もうすでにシドは起きているようだ。
「昨日はすまなかった。この通りもう大丈夫だ」
アルベルトを見て開口一番にシドは言う。
「おはようございます。坊っちゃん。失礼します」
アルベルトはシドに一言断りを入れて彼の額や首筋を手で触り熱の有無を確認する。
「昨晩は少々熱が上がったようでした。今は下がっておられるようですが、大事をとってお休みになったらいかがですか?」
「いや、休んでいる暇はない。やるべきことがたくさんあるんだ」
心配するアルベルトを他所にシドは制服に着替え始める。
「作用でございますか。では、くれぐれも無理をなされない程度にお願い致します。食事の準備をしておきますね」
「ああ、頼む」
着替えをするシドを置いてアルベルトは食堂に向かった。部屋に一人残されたシドはアルベルトは心配性だなと息を吐いた。ネクタイを締めて気合を入れ、シドは食事に向かった。
「坊っちゃん、いってらっしゃいやせ!」
「ああ、ありがとう」
ジェイドに校門まで車を出してもらってシドは学校までたどり着いた。威勢のいい彼の挨拶に片手をあげて答える。車を見送り校舎に入ろうとしたシドに声をかけたものがいた。
「シドぉー、おはよぉ」
「シェ、シェルム!何でここに」
振り替えると校門のところでたっているシェルムがブンブンと手を降っている。目立つことこの上なく、ちらほらと登校していた生徒達の注目を集めている。急いで近づき彼の手を引いてその場を離れる。
「何でって前にも来たことあるから場所は分かったしぃ、シドを待ってたんだよぉ」
「僕を?」
手を引かれながら律儀に説明をしたシェルム。シドは学校からやや離れた場所で立ち止まり彼の手を離した。今気づいたがシェルムはシドと同じ制服を身に付けていた。
「その格好は?」
「似合うかなぁ?ボスがこれを来ていきなさいって言ったんだぁ」
お揃いだねぇとシェルムは一回転して見せる。昨日の今日でずいぶんと用意しているものだとセスの手腕には驚かされる。
「セスさんが呼んでいるのか?」
「うん、だから迎えに来たんだぁ」
ニコニコと笑うシェルムにどうしたものかとシドは考える。流石に今朝仕掛けてくるとは思っていなかった。完全に想定外だ。
「分かった。少し待ってくれ、生徒会によりたい」
先ずはリャッカに相談しなくてはとシドはシェルムにそう言った。
「悪いけど、それはダメよ。坊やだけを連れてくるように言われてるんだから」
答えたのは別の声。振り替えるとエイナがそこに立っていた。まずいと気がつくのには遅すぎた。エイナと目を合わせたとたんシドは強烈な眠気に襲われた。
「坊やは朝が早いんだね。人が少ない時間で助かったよ。ありがとね」
薄れいく意識の中、歌うようにはずむエイナの声を聞いたような気がした。
それから十数分後の生徒会室。バンっと音をたてて開けられたドア。中にいたシド以外の生徒会メンバーは何事だと一応にそちらを見る。そこには一目で怒っていることが明らかであるリャッカが立っていた。
「やぁ、おはよう。どうしたのだ?」
「どうしたもこうしたもない!あいつはどこに行ったぁ」
ジロリと生徒会室を隅々まで見たリャッカがどすの聞いた声をあげる。そんなリャッカに近づきチュリッシェは彼の手をつかむ。
「おい、なにすんだ!」
「朝からギャーギャー騒がないで。高校生にもなって八つ当たりとかしないでくれる?話なら聞いてあげるから、そこ座んなさい」
チュリッシェが鋭くいい放つと彼女の言うことに心当たりを感じたのかリャッカの勢いが少しだけ収まった。
「で、朝っぱらからどうしたのよ」
仕切り直しと言うようにチュリッシェがリャッカに聞く。
「今日も調査に出るっつーのにあいつがいねぇんだよ!」
「シドがいない?」
そういえば、今日は朝から姿を見ていない。あいつがサボるとは思えないし。チュリッシェはキーツの方を見た。キーツはユウリに何かを伝えたみたいだ。ユウリが足早に生徒会室を出ていった。
「俺は今朝も早かったがシドとは会っていないな」
キーツがいつものへらっとした顔から真面目なものに表情を変える。
「ティムは見ていないか?」
ソファの上で仰向けになり漫画を読んでいたティムがよいしょっと掛け声をあげ起き上がる。
「今日は見てないよ。教室にはいなかったぽいし、ここにいんのかなって思ってた。寝坊でもしてんのかな」
からからと笑うティムにリャッカが「寝坊だと?」と舌打ちをする。
「シドのところは使用人がいる。寝坊ではなかろう」
キーツが何やら考え始めている。洞察力が鋭い彼は早くも異変に気がつき始めていた。
「あいつが寝坊なんてしそうにない。あんたが何かしたんじゃないの」
怪訝そうな目をリャッカに向けるのはチュリッシェだ。すかさず彼は反論をする。
「俺はなにもしてねぇよ。あんなんで根をあげるくらいなら向いてねぇだけだ!」
「その言葉を聞く限り、やっぱり何かをしてるんじゃないの」
「二人ともそう争うな」
キーツがそんな二人の言い合いを嗜めるとティムがそれに賛同をした、
「そうだよ。ケンカしたってシド君が来るわけないじゃん」
けろっとしてもっともなことを言うティムに二人は不満げにではあったが口を閉ざした。そんな二人をキーツが宥める。
「今、ユウリが職員室に行っているところだ。欠席の連絡が入っているかもしれないからな。まずそれを待て」
ユウリが聞きに行っているのなら会長の言う通りに待っていた方がいいと三人は頷いた。朝のホームルームまでの時間はまだある。ただ来ていないだけなのか欠席なのかは、それではっきりするだろう。
「お待たせいたしましたわ」
やや、しばらくして戻ってきたユウリの顔色は良くない。急いでここまで来たのか息が弾んでいる。
「ご苦労だったな、ユウリ。どうだった?」
キーツが彼女に声をかけると彼女は椅子に座る時間も惜しいと言うようにその場で皆に話始める。
「職室のステラ先生に聞いてみましたわ。シド君のお休みの話は聞いていないそうです。シド君の担任のルイス先生にも聞いてみましたが、ルイス先生も聞いていないそうです」
「そうか」
ユウリがいつもより早口で話すことに焦りを感じているのが分かる。キーツは神妙な顔で頷いた。ユウリは続きを話す。
「私がシド君のことを聞いた後、ルイス先生がシド君のお家に連絡をいれてくれましたわ。そしたら、シド君は今日も運転手さんが校門まで送り届けたと言われたらしいですわ」
「つまり、学校に来たのにいなくなったってことですよね」
チュリッシェが椅子から身を乗り出した。
「ええ、ルイス先生も電話の向こうの使用人さんも焦っていらっしゃいました」
「シド君はサボるような奴じゃないしね」
ティムが言うがそれは皆が感じているのか、リャッカからすらも反論はなかった。
「じゃあ、あいつはどうしたんだ?」
リャッカが腕を組んで呟く。皆の視線が自然とキーツに集まる。その視線を受けキーツは低い声で言った。
「まず、ユウリ座るんだ」
ユウリが椅子に座るとキーツは机に両肘をついて指を組んだ。
「シドが学校に来たのにも関わらず、ここに来なかったのならば考えられるのは二つだけだ。自ら立ち去ったか何者かにさらわれたか」
キーツは指を二本立ててみんなの顔を見る。事が重大であることをみんなある程度理解している顔をしている。
「そのどちらであるかは情報が少なすぎて分からない。ティムが言ったようにシドは学校をサボるような奴じゃない。立ち去るにせよ、拐われたにしせよ思い当たる節はシークレットジョブだ」
キーツはリャッカを見据えて言った。皆が見守る中リャッカは目に強い光を称えキーツを見返した。
「…ひっ!?」
思わず息を飲んだのはチュリッシェだ。チュリッシェはキーツのことを中等部のことから知っている。彼にはいつもニコニコとした笑みを顔に浮かべている印象しかなかった。だが、この時の彼は今まで見たこともない冷たく鋭利な笑みを浮かべていた。そんな彼は低く厳かな声でリャッカに問う。
「リャッカよ、プロトネ学園生徒会長として聞く。お前たちが受けたシークレットジョブとはなんだ?」
重い受話器を置いたアルベルトは深いため息をついていた。
「昨日の今日でまったく……」
今日のシドはやることがたくさんあると言っていた。昨日の話から予想するに、それは学園内で行えるものだった。学園外に行くとしても、パートナーのいる状況で独断行動するとは思えない。時々とんでもないことを仕出かすシドだが、今の状態でリスクをおかして行動するとはアルベルトには思えなかった。
「ヘザー、私は少々外出します。中のことをお願いしてもよろしいですか?」
「ええ、かしこまりました」
アルベルトは部屋から上着をひっつかみヘザーに一言声をかけ雪のちらつき始めた外にと繰り出して行った。




