セスとアリアの夜
暗い部屋にコンコンと控えめなノックが響く。こんな夜に誰だろうと思いながらもセスはドアを開ける。
「ごめん、セス君。起きてた?」
「ああ、起きてたよ。アリア、こんな遅くにどうかしたのかい?」
パジャマの上にナイトガウンを着た格好でアリアがドア口に立っていた。
「遅くにごめんなさい。珍しいねお酒飲んでいたの?」
セスの体の向こうに見えるテーブルにお酒のビンとグラスが置いてあった。
「ああ、ちょっとね。その格好では寒いだろう。中へどうぞ」
半身で避けて中へ誘うセス。お酒を飲んでいた割りに酔った様子は見られない。部屋の中は暖房が効いていて暖かかった。
「お邪魔します」
遠慮がちにアリアは部屋に入り、ソファに腰かけた。テーブルを挟んで向かい側にセスも座った。ちょうど昼間にシドとセスが対面していたのと同じような図式になる。
「特に用って訳じゃないけど、なんだか眠れなくって。話し相手になってくれないかな?」
上目遣いではにかむアリアにセスもまた微笑み返す。
「ああ、僕でよければ。飲み物は何がいい?」
セスの手前には丸い氷が入ったグラスに琥珀色の液体が注がれている。氷が溶け出しているところをみると、飲み始めてから時間がたつようだ。アリアら少し迷ってからジュースを希望した。
「明日の料理の仕込みで味がしなくなると困るから」
「じゃあ、気分だけでも」
セスはスマートな手つきで自分が使っていたコップと同じものをテーブルに置く。中には小さな丸い氷が入っている。たた、注ぐのはお酒ではなくアリアが好むグレープフルーツのジュースだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
手にとって一口含むと酸っぱい味が口に広がる。飲み込むとほんのりと苦みと甘味を感じた。
「セス君は相変わらずお酒に強いよね、、それ強いお酒だよ?」
ビンの中とコップの中を見比べるようにアリアは言う。ビンの中は三分の一ほど減っているのにセスの様子が変わらないのは不思議だ。私は少し飲んでしまうと、すぐに赤くなってしまうのに。
「ゆっくり楽しんでいたからね。今日はそれほどだよ」
「ふうん、ほどほどならいいと思うよ」
笑いながら会話する二人。和やかな雰囲気は昔から一緒にいる家族のような付き合いをしているからこそのものを感じる。しばらくはアリアが今日の組織での出来事を語り、セスがグラスを片手に相づちを打っていた。
一通り話終わった後、アリアはジュースを飲んでほっと息をついた。うつむいた彼女が何か聞きたそうな顔をしているのにセスは気づいた。
「アリア、何かあったのかい?僕でよければ聞くよ?」
弾かれたようにアリアが顔をあげる。セスは空になった自分のグラスにお酒を注いだ。
「今日ここに来た子達って何しに来たの?」
少しの葛藤の後言いづらそうにアリアは口にした。
「彼らのことが気になっていたのか。そうだね、アリアには話しておかないと」
セスが持つグラスの中の琥珀色が揺れる。
「彼らはプロトネ学園の生徒さん達だ。恐らく生徒会に属する子達だろう。今日はこの組織の調査に来たようだね」
「調査?」
アリアの顔が不安げに曇る。彼女の愛たグラスにセスは追加のジュースをついだ。
「そうだ。この組織を潰すという依頼を受けたらしい。彼らは依頼を遂行するために情報を集めていた。その過程でシェルムが二人に会ってここに連れてきたようだね」
「……やっぱり悪い話だったんだね」
「気づいていたのかい?」
アリアはその話が出ることが分かっていたようだった。思えば二人との食事の時に給仕に来た彼女は元気がなかった気がした。あの時には何かあることに気づかれていたんだろう。
「ううん、最近のセス君の様子を見ていたら、何かあることくらいは気づくよ」
アリアはジュースのグラスを温度を確かめるように両手で包み込む。
「そうか、他の子達にはバレてないかな?」
「たぶん大丈夫。気づいたのは付き合いが長い私くらいだよ」
セスが気まずそうに聞くとアリアは思い当たるかを考えてから首を横に降った。
セスは組織の中でアリアと一番付き合いが長く、幼い頃から二人で行動することが多かった。ポーカーフェイスを気取っていても彼女にだけはいつも気づかれてしまう。気づいた上で、さりげなく手を貸してくれるのだ。
セスがこの組織のリーダーならば、アリアはサブリーダーだとセスは思っていた。だからこそ今回の話もちゃんと彼女に伝えておきたかった。
「まだ眠くならないようなら、今日あったことを話したいんだが、どうかな?」
セスが聞くとアリアはにっこりと笑った。
「全然眠くないよ」
「そうか、じゃあ少し長い話になるけど」
セスはシドとリャッカがシェルムに連れられて組織に来た辺りから詳しくアリアに話した。時に頷いたり考える様子を見せたりしながらもアリアは真剣な顔でそれを聞いていた。
「そんな話になっていたんだね。なんか色々意外だな」
セスの話が一通り終わった所でアリアが口を開いた。
「意外?」
セスは話すことで乾いた喉をお酒を飲んで湿らせる。水滴がついた唇を下でそっとなぞった。
「うん。セス君が会ったばかりの人に私達の目的や達成のための手段を話したんでしょ?慎重派なセス君にしては珍しいなって思ったの」
「あのじいさんに目をつけられた以上は悠長にやっていられなくなってしまったんだよ。あの二人は恐らくじいさんの差し金だ。取り込めるのならその方がいいんだ」
「じいさんってセス君の天敵さん?誰?」
「そうだね天敵だ。今は二人が通っている学校の校長だよ。古い付き合いなんだ」
どこか遠い目をしたセスにアリアは首をかしげたがそれ以上は聞かなかった。自分が知らないということは出会う前のことなのだろうと思った。聞かない代わりに違うことを聞く。
「今日来た子達は本当にここをなくすきなのかな。話を聞いた限りだとそんな風にも思えないんだけど」
特にシドって方の子は私たちに協力してくれそうな気もするとアリアは付け加えた。
「二人はじいさんの指示を受けただけみたいだから。実際、僕らが何を考えているのかなんて知らなかったはずだよ。今日話したことで良い関係が作れればいいんだけどね」
二人は依頼でここに来たと言っていたが誰に頼まれたのかは言わなかった。けれど、セスはそんなことを頼むのは校長であるじいさんしかいないと
確信しているようだ。
「その子達もセス君と対等に話すのがすごいな。料理の意味にも気づいていたんでしょ?」
「そうだね。正しい作法で受けてくれたよ。ただ知っていたのはシドの方だけだ」
「その子は何者?組織の考えは間違っていないけどやり方を変えようって提案したのもその子でしょう?」
「ああ、彼の知り合いが仲間にいてね聞いてみたんだ。どうやらクローバード家の御曹司らしい。両親を早くに亡くし従者と会社を経営しているみたいだ。大人とのやり取りなんて日常的にやっているだろうから慣れているんだろうね」
「そうなんだ、両親を亡くしてるんだ」
悲しげに目を伏せたアリア。ここにいる子供達の中にも親を失った子は多くいる。彼らとシドを重ね合わせたのだろうか。
「シドは図太いから心配しなくともうまくやっているよ」
「セス君とやりあうくらいだもんね」
気を鳥直したようにアリアはジュースを一気に飲んだ。
「彼はどうすれば良いか考えてみると言っていた。シェルムに連絡先を教えてもらっているから近いうちに連絡が来るはずだ。それまではいつも通りすごそう」
「そうだね、誰も傷つかないのならそれがいいよ。こないだの文化祭の時みたいにするのは勘弁だな」
「あれはパフォーマンスの意味が大きかったからね。今度はなるべく騒ぎは起こさないようにするよ。だけど……」
柔らかい表情をしていたセスの目が冷たく光る。グラスの中身を飲み干し先を続ける。
「僕の仲間に手をだしたら全力で叩き潰すよ」
「その時は私も一緒だよ。全力でみんなとセス君を守る」
アリアの言葉にセスは嬉しそうに目を細めた。そして、自分のグラスとアリアのグラスに飲み物を注ぐ。
「じゃあ、仲間達の平穏を祈って」
セスがグラスを持ち上げるとアリアもそれにならい笑顔を向ける。
「乾杯だね」
軽くグラスを打ち付けるとカチャリと小さく高い音がなった。




