ナシャと子供達
誰にも気づかれることなくシドは建物の側まできた。外側から見るより中は意外と広い。
シドは能力を利用して中の様子を確認する。感じた波長は五つ。一つはさっき入っていった女性のものだろう。あと四人は最初からこの中にいたのだろう。五つの波長はひとかたまりになっている。同じ部屋にたまっているようだ。
シドは思いきって入り口のところから中に向けて声をかけた。
「すいませーん。誰かいますかー?」
ガタッと奥の方から物音が聞こえた。そのまま待つと先程遠目で見えた女性が現れた。
「どちら様ですか?」
緩いウェーブがかかった茶色の髪。小柄というわけでもないが、幼い顔立ちのため少女にも見える。大きな丸眼鏡が特徴的だった。
「ああ、すみません。突然」
シドは中から人が出てきたことに驚きを表すように努める。
「僕、この近くの塾の生徒なんですけど、この前キーホルダー落としちゃって探していたんです。」
「あそこの生徒さんね。今日は学校はお休み?」
「はい。だから探しに…大事なものだから」
伏し目がちに目に涙をためて話すシドに女性は優しく声をかけた。
「ごめんね。私はキーホルダーは見てないや。あの子達にも聞いてみるよ」
「あの子達?」
目にたまった涙を手で拭う。
「私、先生なんだ!今も生徒達に勉強を教えてたの。聞いてみるからどんなキーホルダーだったか教えてくれる?」
「はい!ありがとうございます」
近くの子供達を集めて勉強を教えているということだろう。なぜ、こんなところでと思ったが今はまだそれを聞くタイミングではない。
「ううん全然。さっ、どうぞ。中は見た目よりはましだから」
「えと、おじゃまします」
女性は半身になり道を開けてシドを中に招き入れた。それから先に立って歩き始める。
「みんなここに集まっているから」
そう言って女性が案内してくれた部屋は端の方にもともとここにあったガラクタをよせて空間を作ったような場所だった。その開けられた空間には身を寄せ合うようにして四人の子供達がいた。六歳くらいから十歳くらいの子達だ。
皆、珍しいものを見つけたような好奇心を露にシドをじろじろと見ている。その中のやんちゃそうな男の子が叫んだ。
「ナシャが男を連れてきたー!」
「「男ー!!」」
つられたように他の男女の子供も叫ぶ。一番小さな男の子はポカーンとしている。
「ちょちょちょちょっと!そんなんじゃないから!」
あわあわと子供達に否定するのは先生と言っていた彼女だが、この様子だと大分手に余っているのではないかと感じた。
「えー、なんでー。違うのー」
おかっぱの女の子が残念そうに言う。
「違うの。この人が落とし物をしたって言うからみんな知らないかなと思って。っね」
「はい。お騒がせしちゃってごめんなさい」
シドがそれに肯定すると子供達はつまんないーと騒ぎだした。
「そんなこと言わないで。このお兄ちゃんの探し物見てないか教えてよ。どんなものなの?」
子供達をなだめて大人しくさせてからナシャと呼ばれていた女性はシドを振り替える。シドはナシャと子供達に「キーホルダーなんどけど……」と話し始めた。
「そんなの、見てねーよ」
「そんな風に言ったらダメですよネジキ君。お兄さんがかわいそうです」
シドの説明を受けた子供達の中で一番始めに答えたのは、先程のやんちゃそうな男の子だった。シドの口実なのだから見てなくて当たり前である。だから、そのやんちゃそうな男の子を宥めているもう一人の男の子には、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
「なんだよ、じゃあライラックは見たのか?」
「い、いえ、僕も見てません」
「じゃあ、カトレアは」
「私も知らなーい」
やんちゃそうな男の子、ネジキが礼儀正しそうな子供ライラックとおかっぱの女の子、カトレアに聞くも二人は即答した。
「じゃあ、ここにはねーや。クインスもさっきから首降ってるし。ナシャー!ここにはねーよ。これ決定な。兄ちゃん残念だったな」
クインスと言うのは一番小さな男の子だろう。さっきからずっと首を横に降っていたから。年相応の横暴さでぞんざいに言ったネジキに反論したのはナシャだった。
「ネジキ君。いつも先生って呼んでって言ってるじゃん。君もごめんね、みんなも見てないみたい」
「いえ、いいんです。お邪魔してすみませんでした」
残念そうな顔をされてさすがにシドの良心が傷んだ。中の様子は知れたし退散しようとした時、先程まで一言も喋らなかったクインスがシドに向けて人差し指を指した。
「なんだ、なんだ。クインスどうした?」
ネジキが驚いたと言うようにクインスに声をかける。
「お兄ちゃん。こっちのお兄ちゃんおまじないする。かわいそうだから」
舌ったらずでたどたどしい言葉でネジキに声をかけるクインス。最初のお兄ちゃんはネジキで次のお兄ちゃんはシドのことだ。突然の展開にシドは足を止める。
「おー!クインス君のおまじないはよく効きますからね」
「お兄ちゃん、運が良かったね」
ライラックとカトレアが口々に言った。それを聞いてネジキはちょっと誇らしそうだ。
「あったりまえだぁ!なんたって俺の弟なんだからな!ナシャ、いいよな?」
「あ、うん」
二人は実の兄弟だったのか。へへーんと胸を張って弟自慢をしてから、ネジキはナシャに聞いた。
ナシャはぼーっとしていたのかはっとなって返事をする。主導権は完全に子供達に握られているようだ。
「クインス、いいってよ」
ネジキがクインスに話しかける。他の人に話すときより声色が優しい。弟思いなのだなと思わせる。
クインスはトテトテとシドに近づいてきて、小さな両手を差し出した。シドは方膝をついてクインスと視線を合わせる。
「あくしゅ」
「こう?」
差し出した両手を見てクインスは言った。シドが右手を差し出すと満足げに両手でぎゅっと握った。そのクインスの姿はとても愛らしい。
「お兄ちゃんが探してるのが見つかるように」
「ありがとう」
にぱっと笑いかけてくれたクインスの頭をシドは優しく撫でた。
「みんなもありがとう。残念だけどここにはなかったみたいです。他のとこを探してみます。」
ペコッとお辞儀したシドにナシャも微笑みかけた。
「見つかるといいね」
「はいっ」
そうして皆が手を降る中シドはその建物を立ち去った。誰も見ていないことを確認して物陰にそっと通信機を転がすのは忘れずに。
再度物陰に身を隠しながら、さっきまでリャッカと隠れていた場所まで戻ってきた。しかし、そこにはリャッカの姿はない。辺りを見渡してもその姿は見つからない。
外で何かあったのかと隠れ場所から離れ散策を始める。
「ん?」
そして聞こえた。誰かと誰かが争うような物音が。駆け足にそちらに向かうとリャッカの姿が見えた。誰かと対峙しているようだ。
リャッカが相手を捕まえようとしているのを相手が危なっかしく避けている。助太刀をとダッシュするが少し進んですぐに止まった。リャッカが対峙している相手を捕まえその相手が分かったからだ。
同時に相手もシドの姿を見つけたらしい。
「シーーードォーーー」
びびっていた顔から、希望を見いだした顔になり、シェルムはリャッカに首根っこを捕まれた状態で手を伸ばした。
シドに背を向けていたリャッカが苦虫を噛み潰したような顔で振り替える。
「これ、知り合いか」
「そうだよぉ!昨日家に遊びに行った仲なんだぁ」
リャッカの問いに救いをみたのかシェルムは顔を輝かせる。
「俺が知っているに、こいつは文化祭の時に来ていたやつだ……。とりあえず一緒にこい。ゆっくり話を聞かせてもらう」
シェルムが余計なことを言ったお陰でリャッカの苛立ちのボルテージが上がったようだ。顔に凶悪な笑顔を張り付けてシドとシェルムを交互に見て、彼はシェルムをひきづるように歩き出した。
とんだ濡れ衣だとシドはため息をついて彼の後を追いかけた。




