リャッカの能力
それはほんの気まぐれから出た言葉だった。自分を慕ってくれていた後輩とまったく同じ外見で中身も似せようと必死な少女を前にかつて後輩に出した問題と同じ問いを出す。
あるいは、その問いの答えられないということで後輩との違いをそこに見いだそうともどこかで思っていたのかもしれない。
「言っておくが完璧に当てなければ、それは不正解と見なす。」
さらに追い討ちをかける。さぁ、どうでるかと待つとシドが徐おまむろに口を開いた。
「それでいいんですか?僕が生徒会の皆さんから先輩の能力を聞いているかもしれませんよ?」
「それはない。俺の能力を知っているものは学園内でも少数だ。その全ての人間に能力について口止めしている。というか、そんな質問をすること事態が無駄だ。もし聞いているのならさっさと答えるだろ」
時間稼ぎか?とリャッカは苛立つ。やっぱり答えが分からないだろと言おうとした時、シドが笑った。
「安心しました。カンニングしたと思われたくなかったので」
リャッカは再度驚くことになる。その台詞も過去に聞き覚えがあったから。そして、その言葉通りなら……
「……答えてみろ」
答えも勘づいているということだ。リャッカが静かにそう告げるとシドは話始める。もちろん横目で拠点候補に変化がないかを確かめるのは抜かりなく行っている。それはシドも同じようだ。
「まず、リャッカ先輩は能力持ちではないですよね」
シドはリャッカの反応を伺ったが、特にそれらしい反応は見られなかった。しかし、構わず続ける。
「リャッカ先輩のは能力ではなく体質です。恐らく能力持ちの能力を無効果する体質でしょう」
「なぜそう思う?」
腕組をして目を細めるリャッカには能力を当てられたという様子は感じられない。だが、彼はシドに先を促した。シドは自分の考えが当たっていることを願いつつ続ける。
「最初に違和感を覚えたのは僕の調査に先輩の情報が引っ掛からなかったことです。僕は学園に来る前に関わっていた皆さんのことを調べていました。でも、いくら調べても先輩の情報は出てこなかった。能力とコンピューター便りでしたが、それでは難しいとユウリ先輩にも言われてしまいました。」
リャッカがキーツと争いティムが止めたあの時をシドは思い返す。
「後は先輩自信が能力による干渉は効かないと言っていましたから。それで確信しました。先輩には能力を無効果出来る力があることを。思えばヒントは色々ありましたね」
「なるほどな」
照れたようにシドは頭をかく。意外と俺の言ったことを覚えているもんだなとリャッカは思った。
「だが、なぜそれが俺の能力ではないと断定出来る」
リャッカの問いにシドは目をぱちぱちとさせ、それから笑って言った。
「能力を無効果する能力ならば、その能力すらも無効果するんじゃないかと思ったんです。そうしたら矛盾になっちゃうでしょう。だから、先輩の体質なのかなって考えたんです」
シドの答えにリャッカは苦い顔をする。言った言葉もその表情も何から何まで俺の後輩にそっくりだとそう感じて
「正解だ」
そう言った彼の表情は少しだけ柔らかいものになっていた。生徒会の他の者も今の俺と同じ気持ちを味わったんだろうか。シドではない、だがシドと何もかもが似ているこいつをほっておけないような気持ち。
つかの間リャッカは次に話すべき言葉を探した。
「約束は守る。時間が来たら行くぞ」
「はい!」
本当に嬉しそうに微笑むシドを一瞥する。シドではないこいつのことをシドだと思ってしまいそうになる。仕事中だというのに雑念に捕らわれてはいけないとリャッカは首を横に降った。
シドはシドでそんなリャッカのことを心配していた。先程からなにかを考えてはかぶりを降っている姿。それでも見張りに抜かりがないのは彼の経験がなせる技だが、集中できていないのは目に見えて明らかだ。
やはり自分の存在が彼に影響を与えているのだろうか。自分が嫌われるのは仕方がないとは思っているがこうまで彼を悩ませるとは想像していなかった。
しかし、自分の知り合いと瓜二つの外見で知り合いを演じている誰かを前に、人はその存在を無視することはできないとシドは知っていた。知っている上で、それを利用して今の生活を成り立たせているのだから。
「誰か来たぞ」
リャッカの短い声が聞こえた。再度周りを確認してリャッカが見ている方向に振り向く。
リャッカは先程の考えなど頭から抜けたように、ただ鋭い視線を茂みの向こうに向けていた。
「女性ですか」
現れたのはクリーム色のコートを着ている女性だ。周囲の様子を気にしながら建物の中に入っていった。
それから少しの間様子を見続けるが変化はない。
「中がどうなっているか確認するぞ」
他に誰も来ない今ならとリャッカは判断する。
「突入する役割と他に人が来たときに足止めをする役割とに分ける。あの女意外に人がいる可能性は低いが、中の状況が分からない以上俺が中に行く」
リャッカがシドに作戦を指示する。
「分かりました。だけど中に行く役割は僕の方がいいかもしれません。中にいる人数が分からないのなら僕の能力が役に立ちます」
「お前の能力?」
リャッカは今度は頭ごなしに否定をする訳ではなくシドと話し合いの姿勢を見せた。作戦の成功率をあげ、シークレットジョブの成功率を高めるために必要だと思ったからだ。
シドはそういえばリャッカにはまだ自分の能力のことをちゃんと話していないことに気づく。
「僕は能力持ちです。人の嘘が見抜ける能力。それを使うと人の意識の波長が見えるんです。それは人の位置の特定にも利用できる。屋外のような広い場所では難しいですが、あれくらいの大きさの建物内なら問題ありません。」
「なるほどな」
今からここに来る奴がいて何人いるか分からないならば、例えここが拠点であろうがなかろうが自分が外にいた方が色々と都合がいい気がする。
しかし、こいつを一人で中に向かわせていいのだろうか。自分の目の届かないところで邪魔される可能性もある。それなら外に置いておいた方が、まだリスクは低い。
いったいどうするかとリャッカは少し迷った。シドはそんなリャッカに声をかけず反応を待つ。
「分かった。お前が中へ向かえ。もし見つかった場合の一般人だった時、ターゲットだった時、それぞれの対応は頭にあるな。」
「問題ありません」
自信げに頷くシドを見てリャッカも頷く。もしこいつが邪魔をしようものならば、それ以上の力で叩き潰すのみ。懐からあるものを取りだしシドに押し付ける。
「これを中に仕掛けてこい。一般人だとその場で判断できればそれでいいが、判断に迷ったら仕掛けろ。バレずにやるのがベストだが、バレたとしても仕掛けてくるのだけは最低限こなせ。」
その機械は仕掛けた場所の音声をもう一方の機械に送るためのものだ。文化祭の時に中等部生徒会が使っていたものやその後にシドがヨシュハから買ったものと似ているが少し仕様が違っている。
文化祭の時に使っていたものがそれぞれの機械で送受信出来るのに対してリャッカから渡されたのは送信と受信の役割が完全に別れているものだった。
「お預かりします」
リャッカから預かったそれをしっかりと握りしめてシドは動き始める。
「行ってきます」
「ああ」
声をかけてシドは茂みに身を隠しながら移動する。
「深追いはするな。危険を感じたらすぐに戻れ」
「はい」
言い忘れたと言うようにリャッカはシドに伝えた。それに返事をしてシドはリャッカから預かった送信機の感触を確かめた。




