シークレットジョブ開始
クローバード家での侵入者騒ぎから一夜明け、リャッカとのシークレットジョブが始まる日の朝となった。今にも振りだしそうな鈍色の空がこれからの二人の様子を表しているようで何だか不気味だ。
「ちょっとは落ち着きなさいよ」
リャッカとの待ち合わせは生徒会室に指定されていた。朝のうちにやっておきたいことがあると、生徒会室に来ていたチュリッシェがシドの様子をちらっと見て言った。
さっきからシドは椅子には座っているもののどこか落ち着かず、ずっとそわそわしていた。
「リャッカとは今日からだっけ?何の仕事かは知らないけど、あいつは仕事には忠実だから」
「そうですね」
今回のシークレットジョブは校長からシドとリャッカに直接話されたため、生徒会のメンバーはその内容については知らない。生徒会長であるキーツにでさえも詳しくは話されなかったようだ。
「授業の方は公認欠席になるから、そっちの方も心配はいらないぞ」
今まで会話に参加していなかったキーツが口を開く。彼は仕事をしているわけではないが、学校にいる間はほとんど生徒会室に入り浸っているようだ。椅子に体を預けてぶらぶらとしている。
「ああ、そうでしたね」
シークレットジョブを含む、生徒会業務は学校活動と見なされているので、申請を出しておけば単位を失わずに生徒会活動を行うことができる。リャッカもこの制度を利用しているとキーツから聞かされた。だが、テストの成績は絶対条件であるらしい。
「しかし、よくあのリャッカがバディを組むことを認めたな。この間は休部するとまで言ってのけたのに。奴も認めざるを得ない何かがあったということか?」
キーツが唸るように言うので、シドは苦笑する。とても正攻法ではない方法を使って肯定させたことを思い出した。
「まぁ、いいんじゃないですかぁ?リャッカも来たみたいですし」
パソコンの画面とにらめっこしたままチュリッシェは言った。それはキーツもシドも気づいていた。シドの緊張が高まる。生徒会室のドアが開いた。制服ではなく私服に身を包んだリャッカが現れた。
「私服に着替えろ。いくぞ」
「はい」
「「いってらしっしゃい」」
生徒会室の中にシドの姿があるのを認めるとリャッカは彼をジロリと見て一言だけ発した。
シドは荷物を手に取り立ち上がる。そんな彼にチュリッシェとキーツがパソコン画面を見たまま、あるいは椅子に限界までのけぞった状態で声をかけた。
「行ってきます」
シドも二人に挨拶をしてリャッカに続いた。
「調査はどうしますか?」
「まずは町に行く。奴らの拠点だと思わしき場所が数ヵ所ある。今からそこを回る」
「拠点ですか?」
「ああ、可能性だけどな。俺が把握してるのは三ヶ所ある。町の端から端まで移動するが、へたれんじゃねえぞ」
「はい」
もっと、自分を置き去りにするために強行手段をとられるかと昨夜のシドは思っていた。しかし、リャッカは彼を蔑ろにするわけではなく、しっかりとした説明を行ってくれている。
チュリッシェがリャッカのことを仕事に忠実だと評価していたが、その言葉通りなのだろうとシドは思った。当然、その邪魔をしようものならあらゆる手段で対抗されるのだろうとも肝に命じた。
「けど、拠点候補なんてどうやって調べたんですか?」
「情報源がたくさんあるんだ。俺は友達が多いからな。後はユースフォルトに調べさせた。パソコンがあるところなら奴に調べさせれば間違いない」
チュリッシェ先輩にいつの間に頼んだのか。リャッカの手際のよさはまさしくプロ級だ。この人と渡り合わなければならない。
シドは邪魔をする気もないが、今回のシークレットジョブに対する疑問を気づかなかったことにして仕事も出来ないので、結果的に邪魔をすることにもなるかもしれないと思っていた。その時には、ここまでのことをやってのけられるリャッカを敵にまわすことになる。
「まず、一つ目の箇所だ。ここは、奴らの拠点候補の中でも一番小さな場所だ。肩慣らしにはちょうどいいだろ」
腕をぐるっと回しリャッカが言った。拠点候補がある場所は、チュリッシェと初めてシークレットジョブをした、あの塾の近くだった。
「リャッカ先輩、三つの拠点候補を回るのは賛成ですが、見つけた順番に生徒会業務を執行するんですか?」
シドが聞いたのは見つけしだい潰す気か?ということ。この答えしだいでシドとリャッカの立場も変わる。
その質問にリャッカは案外あっさりと答えた。
「そうしても良かったんだが、俺が見つけた拠点候補が本当に本物か調べる必要がある。万が一善良な市民の溜まり場だったらまずいだろ」
「それは僕も賛成です」
それを調べることが疑問の解決に繋がるとシドは考える。リャッカの方も邪魔されるより納得させた方が早いと一晩のうちに考えを変えているようだった。
「お前の方は何かつかんでねーのか」
「つかんでいるというか……」
シドはリャッカに昨夜のクローバード家での出来事を語った。
「何でそいつらを逃がした。その現場にはお前の執事もいたんだろ」
リャッカが食いついたのは、やはりその部分だった。シドは正直に話す。
「使用人が人質にされました。彼女を助けるために奴らを逃がしてしまいました」
シドの回答にリャッカは苦い顔をしたが、掴みかかることも甘ったるいと激することもなかった。ただ一言だけ返す。
「そうか」
「ええ」
そうして話しているうちに、二人はリャッカが目をつけていた拠点候補のひとつにたどり着く。
「ここが一つ目だ。人の気配がないな」
「はい。もしかすると奥の方に誰かいるかもしれません。しばらく様子を見ましょう」
一つ目の候補は使われていない物置小屋を改装して作り上げたようなものだった。木の建物だが大分古くなっているようでところどころ黒ずんでいる箇所がある。
リャッカの言う通り、外はもちろん中に誰かいるような感じはしないが誰かが出てくるかもしれないので、しばらくその場で待機することにした。
建物の方からは草木の影になって見えない場所を見つけ、二人はそこに身を潜めた。
「このまま待機だ。二時間待って何も起きなければ動く。」
「分かりました」
リャッカが建物の方向を向いているので、シドは逆側から人が来ないかを見るため反対の方向を見る。
雨はまだ振りださないようだが、鈍色の空はさっきよりもより暗くなっていた。
「おい」
「はい?」
しばらく無言で張り込みをしていたが、ふとリャッカがシドに呼び掛けた。
「二時間待って何も起きなければ、あの中に突入する。そうなったらお前はここで待機しておけ」
「その際は僕も同行します」
リャッカの言葉をシドは予想していたため、彼の方を振り向いて即座に言い返した。リャッカは軽く舌打ちをする。
「足手まといになるのが目に見えている。ここまで連れてきたことが大サービスだぜ」
リャッカは腕組をして目を瞑った状態で言った。
その通りだ。リャッカの身体能力は優れている。足手まといになるかもしれない。だけど置いていかれるわけにはいかないんだ。真実を知るためには。シドは拳を固め決意を露にする。
「足手まといになるかどうか、ここで試してください。先輩が出す課題をクリアしたら連れていってください」
その言葉にリャッカは目を見開いた。
(僕もシークレットジョブをやりたいです。足手まといって言うのなら先輩の出す課題に答えて見せます。それをクリアしたら僕も連れていってください)
それは入学してきたばかりのシドがリャッカに向けて言った台詞だった。今、中身は違うがシドと名乗るこいつは奴と同じことを言った。
「……お前ら本当に双子なんだな」
「え?」
今のシドにはリャッカの言葉の意味が分からなかった。しかし、リャッカはそれでいいとでも言うように目を開けた。
「いいぜ、暇潰しだ。俺の出す問いに答えろ、それが条件だ」
「はい!」
嬉しそうに返事をするシドにリャッカは本当のシドのことを思い出していた。ほんの気まぐれに提案に乗ることにする。内容はあの時と同じだ。
「俺の能力が何かを当ててみろ。当たればお前を同行させる。」




