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偽主  作者: シュカ
59/141

シドとナタリー

「……坊っちゃん?」

 

 急に黙り混んでしまったシドにナタリーは恐る恐る声をかける。能力を使用したのを攻められるとでも思っただのだろうか。その声にシドははっとする。

 

 「ああ、すまない。ナタリーと初めて会った時のことをちょっと思い出していた」

 

 「そっかぁ、懐かしいね。まだそんなにたってないのに」

 

 いくぶん緊張が和らいだようで、その頃を思い出すようにナタリーはベッドの上で目を細めた。シドは真剣さの中にも深い優しさを含んだ表情をする。

 

 「ナタリー、別に僕はお前が能力を使うことを悪いことだと思わない」

 

 「えっ?」

 

 その答えが意外だとでもいうようなナタリーの顔。

 

 「この国では能力持ちの奴らはそう珍しい存在ではない。お前はたまたま発動した状況が珍しかっただけの話だ。あれのせいで能力が目覚めたかは分からないのだからな」

 

 シドは少しだけ言葉を濁した。ナタリーの能力が発動したのが実験の結果だったのかは今では知るよしはない。それを調べる機会は研究所が潰れたときにもう失われたのだから。

 

 「だから、能力が発動した状況さえ外に漏れなければ能力を使うこと事態はお前には禁止していないだろう」

 

 「そうだけど…。迷惑かけちゃったし。今も前も」

 

 ベッドから手をナタリーは握りしめた。その手は微かに震えている。シドはナタリーの手の上にそっと自分の手を重ねた。ナタリーがシドを見る。

 

 「今回お前がいなければ、侵入者に家を荒らされていたかもしれない。それを体を張って止めてくれたのはお前だ。感謝する」

 

 「……坊っちゃん」

 

 ナタリーの両目にうっすらと涙の膜が浮かぶ。

 

 「だが、危険なことをするな。お前なら他の皆に事態を知らせることもできたはずだ。……心配するだろ」

 

 「ごめんなさい」

 

 シドが照れたようにそっぽを向くとナタリーの両目に浮かんでいた涙の膜が消えた。そして茶目っ気たっぷりに笑う。

 

 「ああ、ではゆっくり休むといい。しばらくは体が痛むと思うが少しの辛抱だ。そろそろナタリーも能力の使い方を覚えた方がいいな。毎回それでは体が持たんだろう」

 

 「えへへ」

 

 いつもの様子に戻った彼女を見てシドは安心する。

 

 「体が落ち着いたらアルベルトにでも能力の使い方を教えてもらえ」

 

 「えええ!アルベルトさんに?」

 

 「ああ、ヘザーとの勉強の合間にでもな。やつなら適任だろう。それではな」

 

 「えっと、坊っちゃん、待ってぇ」

 

 部屋を出るシドの後ろから絶叫に似た声がとんだ。もうすっかり大丈夫なようだ。

 

 

 「……書斎に呼べと言っただろう」

 

 「坊っちゃんがなかなか戻らなかったので様子を見に参りました」

 

 ナタリーの部屋のドアのすぐそばに彼らは来ていた。アルベルトを前頭にジェイドとヘザーの姿がある。彼らの様子を見るに中のやり取りを聞いていたようだった。

 

 現に扉はほんの少し開かれていたようだったし。シドは軽いため息をつく。

 

 「ナタリーは休んでもらっている。ここでは話ができん。書斎に戻るぞ」

 

 「かしこまりました」

 

 シドは後ろを振り返らずにそそくさと早足で書斎に入っていった。中のやり取りを聞かれていたことに恥ずかしさを感じていたからだ。

 

 

 

 「……というわけだ。何か疑問点はあるか?」

 

 書斎に入り早々にシドはジェイドとヘザーにここであった出来事とナタリーに起こったであろう出来事を話して聞かせた。

 

 「いえ、特にありやせん」

 

 「私もです」

 

 二人は顔を見合わせてからそれぞれ述べた。

 

 「そうか。二人の方は屋敷を見て回り何か異状があったということには気づかなかったか?」

 

 「俺はヘザーちゃんと手分けして屋敷を見て周りやしたが、いつもと変わらねぇようでした。坊っちゃん方にそんなことがあったことも気づきやせんでした」

 

 「私もジェイドさんと同じです」

 

 「侵入者は私と坊っちゃんが遭遇した者とナタリーが遭遇した者の二人だったようですね。屋敷内の侵入者の反応も消えておりますし今夜はもう問題ないでしょう」

 

 アルベルトが極めて冷静に分析するとシドもそれに追従する。

 

 「アルベルトが言う通りだな。今後の対策をするのにも今夜はもう遅い。明日にでも対処していこう。皆ご苦労だった。今日はもう休め」

 

 「しかし、坊っちゃん。危険ではないですかい?狙われているのは坊っちゃんなんでしょう?」

 

 ジェイドが心配そうにシドに伺う。

 

 「問題ない。奴らの言いぐさでは少くとも今晩どうこうなるようなことでもなさそうだ。だが、今後どうなるかは分からん。休めるうちに体を休めておけ」

 

 「…分かりやした」

 

 まだ、納得がいってなさそうではあるが、それでもジェイドは主の言う通りにと返事をした。

 

 「坊っちゃん、私にナタリーを看病することを許可していただけませんでしょうか?」

 

 ヘザーは普段通りの口調、表情でシドに問う。シドもそれはヘザーに頼もうとしていたので頷く。

 

 「ああ、今は落ち着いているようだが、数日は気を付けてみていてやってくれ。」

 

 「ありがとうございます」

 

 「それとアルベルト、ナタリーが回復したら能力について指導してくれ。あいつにはすでに話してある。ヘザー、日々の仕事の時間をさいてしまうがナタリーのためだ。時間を与えてくれ」

 

 「かしこまりました」


 アルベルトは疑問を呈することなく軽い礼をする。

 

 「私からもよろしくお願いいたします」

 

 ヘザーはそんなアルベルトとシドに言った。

 

 「ああ、それでは今夜は解散だ。」

 

 シドの一言で今日はここで解散になった。自室に戻る皆を見送り、シドは仕事の書類を片付け始めた。幸い今日中に処理しなければならない書類に関しては全て終わっている。今夜はもう仕事どころではない。早々に片付けを済ませ、書斎から出た。

 

 シドはそのまま自室には戻らずに外に向かった。暗い廊下を突き進み玄関のドアに手をかけたとき左肩を叩かれた。反射的にその手を掴みドアにぶつからないように体を捻った。

 

 そこで気づく、肩に置かれた手の袖が見慣れた執事服のそれと同じであることに。シドははーっと息を吐くと対面した彼を睨み付ける。

 

 「なんの真似だ。アルベルト」

 

 「それはこちらの言葉ですよ。坊っちゃん。こんな夜更けにどちらまで行かれるのですか?」

 

 シドはアルベルトを睨むようにしていたが彼もまたシドのことを眉間にシワを寄せて見ていた。両者はにらみ合いをしていたが、アルベルトがため息を吐く。

 

 「あなたの考えは分かっているつもりです。ですが、当家の主だと言うことをお忘れなきようにお願いします。せめて私に一声かけてくださいと何度も言っておりますが、いったいいつになったらご理解いただけるのでしょうか」

 

 「……すまない」

 

 確かにアルベルトにいつも言われていることだ。シドはばつが悪そうに彼から目をはずした。

 

 「それで、今から調査ですか?あなたを止めるような真似はしませんが危険があるとまずいので、付き添わさせていただきます」

 

 「分かった。行こう」

 

 シドは明日からの調査に少しでも役に立てばと思い、シェルム達がここに訪れてからのことをまとめておこうと思ったのだ。

 

 彼らの情報はいまだに少ないままだ。少しでも手がかりが残っていれば有利に働く。

 

 まずはナタリーがアイヴァーと遭遇した外を見に行こうとしたところアルベルトに見つかったのだ。

 

 外は真っ暗だ。さっきのナタリーと同じくライトを片手に庭を一周する。

 

 「恐らくこの辺りだな」

 

 「そうでしょうね。明日にはここも直さなければですね」

 

 他の場所と比べて、荒れている箇所があった。所々芝生がめくれ、地面がむき出しになっている。ナタリーが能力を使いアイヴァーに突撃した後なのだろうと推測できる。

 

 「ナタリーはかなり無理をしたようだな」

 

 「そうでしょうね。数日は安静にしてもらう必要がありますね」

 

 彼女の能力は短期決戦には向いているが長期的の使用には向いていない。

 

 それは本人も理解しているはずだが、この庭の荒れようは相当全力でやったのだろうと思わせる。

 

 それからシドとアルベルトは庭や書斎をくまなく調べたが、残念ながら特にこれといった成果は出ることがなかった。

 

 そうして夜は明け、また朝を迎える。シドとリャッカのシークレットジョブが幕を開ける。

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