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偽主  作者: シュカ
53/141

リャッカとシド

「場所を変えるぞ」

 

 リャッカはそういうと黙って歩き始めた。後についていくと学園から五分程度たった所の建物に近づき、その中の一室に入っていった。ここはリャッカの家なのではないか?流石にシドが躊躇していると、リャッカがドアから顔だけ除かせた。

 

 「早くこい」

 

 「お邪魔します」

 

 「適当に座っとけ」

 

 シドはリャッカに通されるままに中に入る。リャッカはそれを認めると、シドにそれだけを伝えてどこかに消えていった。

 

 通された部屋は、本棚と低めのテーブル、ベッド等が置いてあった。学生とは思えないほどきれいに整頓されている。壁には収納と思われる引き戸があるからそこに物を置いていて、見えるところにはあまり物を置いておかないようにしているのかもしれない。

 

 「おい、そんなところに突っ立ってんな。邪魔だ」

 

 湯気のたつカップを2つ持ったリャッカがドアの前を塞いで立っているシドにやや不機嫌に話しかける。

 

 「すみません」

 

 リャッカが通れるようにドアの前から避ける。彼はカップを机の上に乗せるとそのままテーブルの前にあったクッションに座った。目で早くこいといっているのを感じ、シドはやっと動いて、テーブルを挟んでリャッカと向かい合った。

 

 「飲め」

 

 テーブルの上のカップを顎で示し、リャッカはカップを手にとり口をつける。シドもそれにならった。カップの中身は紅茶だった。その琥珀色の液体を口の中で味わう。花のような香りを感じて後味はスッキリとしている。

 

 「おいしい」

 

 一口飲んだだけで分かる違い。茶葉はもちろんのこと入れ方にもこだわっているのだろう。ここまでの味をあの短時間で出すことが出来るのか。アルが入れる紅茶も上手いがこれはそれにも匹敵する。シドは紅茶が好きだ。リャッカが見ているのにも気づかずにゆっくりとそれを味わう。先にカップを置いたのはリャッカだ。

 

 「何か入っているとは思わないのか?」

 

 その声はやっぱり呆れぎみだった。シドはカップにもう一度口をつけ中身を飲み下し答える。

 

 「ここでそうするメリットがないでしょう。今までだってチャンスはいっぱいありました。そして今だって。そんな回りくどいことをしなくても、あなたなら僕を行動不能にすることくらい赤子の手を捻るように簡単なものでしょう。ここまで連れてきてそんな真似はしませんよ」

 

 シドは笑って半分ほど残っていた紅茶を見せつけるように飲み干した。それを見たリャッカはほんの一瞬だけ表情を和らげ、すぐにまた、ぶっちょうずらに戻る。

 

 「なるほどな。自分の実力を過信しているバカでも、考えなしのバカでもないか」

 

 「ええ、そこまでではないと自負してます」

 

 笑顔を崩さないシドに一声かけ、キッチンから紅茶のおかわりが入った容器を持ってくる。

 

 「作るのには時間がかかるからな、一度にある程度作っておくんだよ」

 

 空になったシドのカップにそれを注ぐ。

 

 「ありがとうございます。リャッカ先輩は紅茶を入れるのが上手なんですね」

 

 「まあな、人並み以上だろ」

 

 シドが誉めるとリャッカは謙遜抜きで言い返し、自分のカップにも紅茶を注いだ。

 

 「さて、分かってると思うがここは俺が借りている家だ。学園からは近いが他の生徒は入っていないし壁も厚い。回りくどい探りあいはやめようぜ。本題にはいれ」

 

 ここに自分を呼んだのはリャッカなりの気遣いだとシドは思っていた。そんな考えをよそにリャッカはスッと目を細める。シドは表情を変えることも慌てる様子もなく言葉を返す。

 

 「本題ですか。今回のシークレットジョブは僕とリャッカ先輩の二人が指名されました。だから、僕にもシークレットジョブをさせてください。」

 

 「今回のシークレットジョブはある組織を一つ潰すことだ。お前はその依頼に否定的だ。連れて行って邪魔でもされたら迷惑だ。」

 

 考える余地もないとリャッカはバッサリと切り捨てる。

 

 「邪魔はします。」

 

 「俺がお前だとしたらそう言わないだろうな。わざわざ不利になることを言う必要はない。そもそも仲良く一緒に仕事をする理由もないから、やはり同行は許可出来ない」

 

 はっきりと言ったところでシドは臆することはない。それどころか挑発とも思える言葉を吐く。

 

 「ええ、そうですね。僕も同じ意見です。仲良く一緒に仕事をする理由がないという点は特に」

 

 「は?」

 

 リャッカが片眉をつり上げる。シドはのんびりと紅茶に口をつけた。だが、リャッカが口を開く前には言葉を続けた。あくまで余裕げに。

 

 「あくまでもお互いの利益に則った行動をしましょうよ。僕にはあの組織を潰す理由が分かりません。だからその理由を調べてみたいと思います。それにあの組織には古い知り合いがいます。彼に会ってみたい」

 

 「それがお前の利益か」

 

 「ええ」

 

 リャッカは少し考えて、慎重に言葉を選んで問いかける。自分と対峙している彼が何を考えているのかを知るために。

 

 「お前が考える俺の利益は?」

 

 「さっき言った二つの目的が僕に有る限りは、あの組織を潰させるわけにはいきません。だから、僕が持てる全力であなたのシークレットジョブを邪魔させてもらいます。だけど僕がシークレットジョブをすることになれば、あなたと共に行動することになります。つまり僕をあなたの監視下に置くことが出来ます。」

 

 「それは俺の利益にはならないな。確かにお前を切ってシークレットジョブをすれば邪魔されるようだが、シークレットジョブを一緒にしたところで監視下にはおけるが邪魔されることには変わりないだろう。だったらいっそのこと今ここで、お前を無力化した方が手っ取り早い」

 

 リャッカは敵意を剥き出しにシドを睨み付ける。シドは声をあげて笑いだした。

 

 「あ?おかしくなったか?」

 

 今までもシドは笑顔を崩すことはなかったが、まさかこのタイミングで笑いだすとはリャッカにも予想がつかない展開だった。臆するか向かってくるかの予想をしていた。予想外の展開に敵意すら乱れる。

 

 「ああ、いえすみません。全くもってその通りだと思いまして。確かに僕をこの場で無力化してしまえば、僕は邪魔ができません」

 

 「図星をつかれ手詰まりということか」

 

 それなら彼が半場やけを起こして笑いだしたことにも得心がいく。だが、シドはリャッカの考えよりも斜め上を行くことを言い出した。

 

 「だけど、それは僕が邪魔出来ないだけで、さらに厄介な者達を舞台に上げる手になります」

 

 「どういうことだ。回りくどい言い方はなしにしろ。」

 

 そこでシドはやっと顔から笑みを消した。

 

 「僕があなたに無力化されたら、僕の使用人達があなたの邪魔をする手はずになっています。」

 

 「使用人…だと」

 

 「ええ、僕、シド・クローバードに仕える四人の使用人です。奴らはなかなか癖がありますが使える者達です」

 

 文化祭に来ていた奴らか。校内のパニックを止めようと走り回っていた時、同じようにパニックを止めようと動いていた奴らがいたのをリャッカは見ている。目立つ奴らだったから覚えている。それは四人組でその中の一人は燕尾服を着ていた。彼らがシドの使用人である確率は高い。

 

 だとしたら厄介だ。こいつ一人相手取るよりは何倍も面倒だ。彼らを見ていたのは長い時間ではないが、それでも実力があることは分かる。

 

 リャッカが黙り混んだのを気にシドは畳み掛ける。

 

 「彼らには僕が今日ここにいることも、僕に何かあったら手はず通りに動くことも言いつけてあります。僕としてもこんな方法でシークレットジョブをしたくはないので、同行を認めてもらえませんか?」

 

 また顔に笑顔を作り、シドは制服のポケットに手を突っ込んだ。そこから取り出したのは通信用の魔道具だ。通信はオンになっている。発信先は彼の使用人だろう。俺の返事次第ですぐに動くという脅しか。

 

 「いつから仕組んでいた?」

 

 半場諦めを含んだ声が自然ともれる。

 

 「さぁ、いつでしょうか」

 

 「そりゃそうか。だがお前、こんな手段を使うなんて…プライドとかないのかよ」

 

 「役に立たないプライドなんて必要ありません。僕は目的のためなら手段を選ばないだけです」

 

 目的のためなら手段を選ばない。それは図らずもリャッカの信念とにかよった考えだった。

 

 「ただの甘ったれという訳じゃなかったか。その脅しに乗ってやるよ」

 

 観念したというようにリャッカは諦めに顔をにじませたが、それはあくまでもポーズでしかない。内心では誘いに乗った振りをしておいて、シドの同行を振り切るか、彼のバック共々力ずくでやり込めるかを考えていた。

 

 「本当ですか!ありがとうございます」

 

 シドも顔に笑顔を浮かべ喜びつつ、リャッカの考えは想像がついている。だが、それは今後の問題であり、ある程度手は考えている。今はこの取引が成立したことを喜んでおくべきだ。そう思い手を差し出した。

 

 リャッカは苦い顔をしながらその手を握る。お互い思うところはあるものの、一先ず危うい取引は成立した。

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