リャッカとの体面
プロトネ学園の校長室は学園の最上階に位置している。なんでも学園の全てが見渡せるようにと最上階に作られたらしい。そんな校長室にシドが入るのは当然のごとく初めてである。
校長は学園を一望できるであろう大きな窓から外を見ていた。リャッカ達が入ってきたのに気づき振り向いた。
「リャッカ君ご苦労だったね。そして、クローバード君も突然の呼び出しに応じてくれてすまないね」
「いえ、お呼びいただき感謝します」
「じゃあ、俺は行くぜ」
「待ちなさいリャッカ君。君もここにいなさいな。なあに、そこまでの長話にはならないよ。それに学園の秩序を守るのは君の役目だろう」
「ったくしゃあねぇな」
シドと校長が話を始めるとリャッカが中座しようとした。それを校長が呼び止めたことで、リャッカは軽い舌打ちと共にドアに持たれかかるようにした。シドはドアより少し進んだ位置で起立する。
「さて、君は私に聞きたいことがあるのじゃないかい?」
向こうからそれを切り出すとは思わなかったとシドは戸惑った。それを飲み込み言葉を発する。
「中等部一年生のクラスタは校長先生のお孫さんだったんですね。知りませんでした」
「ああ、自慢の孫娘だよ。それこそ目にいれても痛くないくらいかわいいさ」
校長は目を細めてクラスタの姿を思い出しているようだった。その姿は孫思いのおじいちゃんそのものである。
「彼女は魔獣を連れていましたね。ムウムウという名前の」
「そうなんだよ。可愛らしい上に優秀な孫なのだよ。あの子は能力持ちではないからね。あのようなボディーガードができて良かったよ」
能力持ちではないのにも関わらず魔獣を連れているということか。シドは驚く。シドの表情を読み取ってか校長は続ける。
「あの子は特別な子でね。通常魔獣を従えることが出来るのはその手の能力持ちだけだ。なのにも関わらず、あの子はムウムウという魔獣と幼き頃からずっと一緒に過ごしてきた。それこそ二人で一つのような関係だ。だから私はあの子をこの学園に入学させたんだよ」
「能力持ちだとしても魔獣と関係を作るのは難しいと言われています。彼女の力は希少です。その力を利用しようと企む輩はいるでしょう。先生がクラスタを守るためにこの学園に来させたのは当然でしょう」
この学園にはたくさんの能力持ちがいる。それは彼女を守るための隠れ蓑になる。能力持ちで魔獣と心を通わせるものと思わせれば、そうでないのに比べ幾分は安全だと思う。それなのになぜ彼女を囮にするような真似をと言外にシドは校長を非難した。
「おい、そろそろ本題にはいれ。お前が言いたいのはそんなことだったのか」
目を閉じてドアに持たれかかっていたリャッカが片目を開けてシドを値踏みするように見た。シドは彼に無言で頷く。
「リャッカ先輩のいう通りですね。校長先生、はっきり聞かせていただきます。僕を招いていただいた理由は何でしょうか」
シドはできる限り表情が柔らかく見えるように意識して微笑んだ。
「ああ、そうだったね。私が君達を呼んだのだった。年を取ると物忘れがひどくってね」
絶対に本題を忘れていないだろう校長はそんな風に笑って見せた。それはこの学園にいるものならば誰にでも等しく降り注ぐ彼の優しい微笑みだった。
「そうだ、君達二人にシークレットジョブを依頼したいのだ」
「シークレットジョブですか」
校長が言った言葉をシドは復唱する。リャッカも興味を示したらしくドアに持たれかかるのをやめてうで組をした。
「依頼内容は、文化祭でクラスタが連れていかれそうになった組織があったろう?あれを壊滅させることだ。」
「壊滅ですか」
「左様。あの組織はな、非常に危険な思想を持っているのだ。それを知っているのにも関わらず見過ごすわけにはいかぬ。」
校長は強い口調で言い切った。リャッカがシドの後ろから問う。
「壊滅ということは再起不能にさせればいいと言うことですね。それは分かりました。メンツが俺とこいつなのはどう言った理由で?」
「普段は私からキーツ君を通して君達がシークレットジョブを行うが、この件は私から直接のシークレットジョブという取り扱いだ。皆をそれにかかりっきりにするわけにもいかない。君は生徒会の中でもシークレットジョブを専門に行う人員だからきがねなく頼むことができる。」
校長はリャッカからシドに目線を移す。
「クローバード君の方はそんなリャッカ君から直々に指導を受けているだろう。よくバディーで仕事をしているからね。今回も一緒にやってほしいと思ったんだよ」
うっすら微笑みを見せる校長だったが後頭部辺りに刺すような視線を感じるのは気のせいだろうか、少し気が重くなる。
しかし、この話を受けてしまっていいのだろうか。いくら、校長先生からの直々なシークレットジョブでも高校生に任せる仕事だとはとてもじゃないが思えない。それにシェルム達の組織を潰したい理由というのもよくわかっていない。
「お受けします」
シドが考えるのを余所にリャッカはそう返事をした。
「そうかそうか、良かったよ。方法は君たちに任せる。検討を祈っておるよ」
「はい、失礼します」
足早に退出するリャッカ。シドは校長に頭を下げ後を追った。リャッカは生徒会室には向かわずに、昇降口に向かった。プロトネ祭のポスターがやけに目立って見える。今日はホームルームもなく自由解散になっているが生徒の姿はなかった。
「待ってください」
言葉だけでは止まらないとリャッカは分かっている。シドは足早に彼に近づきその腕をとった。そのとたんに乱暴に腕が振り払われる。が、足止めには成功したようだ。
「なんだ?」
「どうして、あの依頼を受けたんですか。不確定事項が多すぎます。」
ぶっきらぼうにリャッカは問うた。ここぞとばかりにシドは詰め寄る。
「はんっ。不確定事項が多すぎるだ?そんなのシークレットジョブをするには日常茶飯事だろ?」
「そうかもしれません。けど、ひとつの組織を壊滅させるなんて、そんな話が今までにありましたか?」
「ちょっとは学習したようだな」
プロトネ学園に入る前、シドは出来る限りシークレットジョブのことも調べていた。そのほとんどが探し物や能力持ちの保護、喧嘩などの諍いを仲裁することだった。
「どう考えても校長先生の独断専行です。」
「だとしても引き受けた以上は仕事に打ち込むさ。そんなに言うならお前は来なくていい。元から一人でやる気だったしな」
話しは終わりだと言うようにリャッカはポケットに左手を突っ込みひらひらと右手を振りその場を立ち去ろうとした。シドは食い下がる。
「あなたが僕のことを好ましく思っていないのは知っています。だけど、それとこれとは話が別です。お願いしますから少し考え直してください」
周りに生徒がいないのをいいことにシドは大声を出した。普段作っている声よりも素に近いそれはリャッカの足を止めるのには充分だった。
「お前な、どこで誰が聞いているかも分からねぇのにそんなこと言うとかバカなのか?」
振り返った彼の顔は呆れを全面的に表していた。リャッカはつかつかと歩みよりシドの胸ぐらを掴む。
「俺はお前が気に食わねぇが、シドとは仲が良かった。それはもう知っているな。なのに、誰が聞いているかも分からねぇこの場所で……正体バレても知らねぇぞ」
耳元で囁かれるその言葉でシドはある思いを確認する。
「それは他の人がいないか確認してやりましたよ。リャッカ先輩、シークレットジョブのことも含めてお話があります。今からいいですか?」
シドは胸ぐらを掴んだままのリャッカの手を掴み力を込める。意思が伝わったらしく小さく舌打ちをして手を離した。
「ああ分かった。場所変えるぞ」




