屋上へ
エマから連絡を受けたジュドアは、キーツのアドバイス通りにホールに到着した。開けっ放しのドアから中を覗くと、イベントをやっているとは思えないような人の少なさと静けさがそこにはあった。
ここでも何かが起こったのだろうとジュドアは推測をした。
「ほんとにいたっす」
中に入ると、何やらバタバタしている先生達の間から、ステージの上にユウリとチュリッシェがいるのを見つけた。
「あの人はいったいどこまで見えてるんすか」
ジュドアはキーツの推測に驚きとそのすごさに恐怖すら感じた。先生方に会釈しながら、ステージに登り先輩達に声をかける。
「お疲れ様っす。先輩方。」
「あら、ジュドア君ですわね。お疲れ様です」
「お疲れ様」
先生達に混じってステージの上の楽器を片付けていたユウリは、手を止めてジュドアに向けて微笑む。
ステージの袖から出てきたチュリッシェはそんな二人を見つけると腕組をしたまま、ジュドアに目を向けた。
「あの、ホールでも何かあったんすね」
ジュドアは年上の女性と話すことに気恥ずかしさを覚えるも首をふって気持ちを切り替える。
「ええ、少しトラブルが…」
「血濡れのぬいぐるみがステージに投げ込まれたの。おかげでホールは大パニック」
いい淀むユウリだったが、チュリッシェはざっくばらんに説明してくれた。
「……血濡れのぬいぐるみっすか。大変でしたね。大丈夫っすか」
チュリッシェの説明から光景を想像したジュドアは二人を気遣う。こちらは相当衝撃的だっただろう。そんな場面に女性が遭遇したことは辛かったのではないかとジュドアは心配になったのだ。
「ええ、平気ですわ。バンドコンテストに参加されていた方は気の毒でしたね」
「ほんっと、犯人は許さないから」
変わらず微笑むユウリと犯人に対する怒りを露にするチュリッシェ。ジュドアの心配をよそに、高等部生徒会の女性二人は案外図太い。
「それより、私達に何か用でしたか?」
「そうなんす。お二人にお願いがあって来たんす。」
「お願いね」
「はい。これ以上のトラブルをなくすためにどうしても必要なんす。僕と一緒に来てくださいっす。」
ユウリから水を向けられてジュドアは二人にここに来た目的を話す。
「この騒動はここだけで起こったんじゃなく、今学園のあちこちで起こっているんす。それは全部、犯人のある目的のために起こされているんす。」
「ある目的ですか」
「はい、犯人の目的はクラスタなんす」
ジュドアはエマと一緒にいたとき、ラウリムとリウラムからの通信を一緒に聞いていたので、事態の把握はある程度できていた。
「うちの生徒会のラウとリウは能力持ちなんす。二人はそれぞれ、この後起こる最悪手と最善手が見える能力を持ってるんす。それで、リウの最悪の能力が発動して、犯人の狙いがクラだと分かったんす。僕達は通信機でやり取りしていて、それで連絡が来て判明したんす。一連の騒動がクラを狙ったために引き起こされたもので、今まさに犯人はクラを捕まえるために動いていると。」
ジュドアはあまり人に説明するのは上手くない。早くクラスタを助けに行きたいという感情も合間って、余計にごちゃごちゃとした説明となった。
「先生方はあちこちで起こっているトラブルの処理で忙しいっす。動けるのは僕たちしかいないんす」
「そうでしたか。リウラム君の能力が未来に起こる最悪の結果が見えるということですわね。その能力で、クラスタちゃんが連れ去られるところが見えたと」
「ふーん。あちこちで起こっているトラブルは足止め目的か。どちらにせよ、犯人確保に繋がるのなら行くしかないわね。ユウリ先輩。ジュドアについていきましょう」
「そうですわね」
そんなジュドアの説明だったが、女性二人は大事なところをちゃんと理解してくれたようだった。ジュドアの様子から事が一刻を争うことも組んでいる。
「ありがとうございます。ラドウィン先輩はエマ先輩と合流しています。イバ先輩はいないようっすけど…。あっ、クローバード先輩とレレイム先輩はラウとリウと一緒にいるっす。みんな、クラとそれにバディを組んでいるヨシュハ先輩の元に向かってくれてるっす」
「そうでしたか。正直まだ要領を得ないですが、私たちも行ってみましょうか」
「はい」
今からショッピングに行きましょうと誘うような気やすさで、ユウリはチュリッシェに笑顔を向ける。チュリッシェは真面目な顔で頷くと、ステージから降りて、一番手近にいた先生と二、三言葉を交わした。
それを確認するとユウリはジュドアにも笑顔を向ける。
「さぁ、ジュドア君。案内をよろしくお願いいたしますね」
「おっす!」
ジュドアは気合いを入れて返事をすると、慣れないながらも先輩二人をエスコートし、クラスタとヨシュハのもとに駆けつけようとしたのだった。
「シド様!」
「お前たちか」
「えー、だれだれー。このお兄さんたちー」
「こんな時に誰なのさ」
幼稚舎の屋上に向かっていたシド達は、幼稚舎の二階で見知った顔に出会う。それは、アルベルト、ヘザー、ナタリー、ジェイドのクローバード家使用人の一行だった。
「何やらただならぬ状況ですね」
アルベルトが先頭に立ち、後ろに、ヘザー、ナタリー、ジェイドが並んでいる。ナタリーはヘザーにしがみつくようにしていて表情も不安げだ。
ティムがラウリムとリウラムを近くに呼び、二人に彼らがクローバード家の使用人であることを話してくれていた。
シドは目の前に立ちはだかるアルベルトに告げる。
「知っているのならば話は早い。僕達は急いでいる。プロトネ祭終了には少し早いがお前達は屋敷にもどれ。」
「いえ、私達にも手伝わせてください」
穏やかな表情で告げるアルベルトにシドは顔をしかめる。
「今日のお前達はプロトネ祭に来た客人だ。」
「その通りですが、その前に我々はシド様の使用人です。いついかなるときでも、主人の手となり足となり奉仕するのが我々の役目なのです」
シドは彼の使用人の顔を一人一人見る。ジェイドとヘザーは気を付けの姿勢のまま引き締めた表情をしており、ヘザーに寄りかかるようにしていたナタリーも自分だけでまっすぐ立っている。どうやら、彼らの気持ちもアルベルトと同じらしいとシドは感じた。
「シド君。ここで、立ち往生している時間はないよ」
ティムがひじでシドをせっつく。口調もいつもの間延びした感じではない。確かに彼のいう通り悩んでいる時間はもったいない。手で頭を押さえて、それからシドはいい放つ。
「命令だ。学園内でトラブルに巻き込まれているものの救助を行え。僕達は先に行く」
「我が主のお心のままに」
凛と命令を下したシドに軍隊のように息を揃えて返事をする使用人達。一呼吸おいて、使用人達は主から与えられた任務をこなすべく、その場を解散した。
ティムの一言でシド達も再び屋上を目指す。
「さてー、遅れを取りもどそーかー」
「皆、待ってもらってすまなかった」
「ううん、センパイ、カッコいいー!」
「全くラウはしょうがないさ」
全員が一言ずつ発したところで一行は足を進める。
ラウリムのはしゃぐ声が聞こえるが振り返ることも反応することもなくシドは先を急いだ。なんとも表現しきれない胸騒ぎが屋上に近づくにつれて大きくなっていく。
他の皆も同じように感じているのか
さっきまではしゃいでいたラウリムをはじめ、口数は自然と少なくなっていた。
屋上に向かう間にもいくつかトラブルやイタズラの後が見えたが、それはすでに先生方が対処しているので、足を止めることをしなかった。
そうして、数分後。最後の屋上に続く階段を走り抜け、一行はついに屋上にたどり着いたのだった。




