二人の生徒会長
「うーむ、一人になってしまったな」
シド達が中等部で窓ガラスが割れている教室を発見し、チュリッシェ達がホールでの出来事の後始末をしていた頃、高等部生徒会会長であるキーツは高等部三年生のクラスがある階で、一人見回りを続けていた。
彼が一人なのは相方のリャッカがキーツを撒いて逃げてしまったからだ。今日までの二日間、キーツとバディを組んで見回りをしていたリャッカは、単独行動できないことに痺れを切らし、人の多さを利用してキーツと別れることに成功させていた。
「二日間共に過ごせたことが奇跡だな」
だが、キーツにとってそれは想定内だ。元々リャッカは集団として動くことを苦手としており、指示を与えれば与える分だけ行動が狭まってしまうのだ。だから、最小限の指示だけをしていてある程度自由にさせていた。そうすると仕事の成功率は飛躍的に上がるのだ。
キーツはそんなリャッカの性質を理解しているからこそ、あえて彼を探そうとはしなかった。というか、キーツの見立てでは1日持たないと思っていたので、ここまで組んでいられたことに奇跡を感じていた。
「さて、後もう少しで最終日も終わる。生徒会室にでも戻ってみるべきか」
一人でそんな風に呟きながら、キーツは三年生のクラスのフロアから移動を始め生徒会室に向かった。早くも出し物の後片付けをしている団体がちらほらと見受けられる。
キーツとしては、プロトネ祭の間、見回りがなければ生徒会室にいるつもりだった。連日の準備や後輩たちへの指導、先生方との打ち合わせなどで顔には出さなかったが、それでも彼は疲弊していた。
この時の彼は少しぐらいの仮眠をとりたいと考えていて、その結果の生徒会室行きを目指していた。
……が
「うむ。休むにはまだ早いな」
学園各地で起こっているトラブルや異変。生徒会室もその対象であった。彼のよく知る生徒会室外側の壁には子供が描いたような落書きで汚されていたのだ。
キーツはまるで最初から予想していたかのように、毛ほども表情を変えることなく、生徒会室のドアを開けた。
そこは、彼が知っているいつもの場所で変わった様子は見られない。落書きが施されたのは外側だけだったようだ。これはキーツにとって不幸中の幸いである。
「ふむ、なるほど」
あえて口に出して呟くことで彼の考えがまとまっていく。指定席である生徒会長の椅子に彼は腰かけると、背もたれに寄りかかり完全に体を預けてしまう。そうして、両腕を組み目を閉じると微動だにしなくなった。
「…そうなのだな」
目を閉じて五分ほどが過ぎた。キーツはこの五分の間に推測をし、真実に近い位置までたどり着いていた。
生徒会室の外の落書きだけを材料とし、推理するのはあまりに無謀にも思えるが、それを行うのは天性の記憶力、観察力に恵まれた男だ。彼にとって、その材料は充分すぎるほど今の学園の状況を物語っていたのだ。
「だとすれば、急がなくてはなるまいな」
そんな言葉とは裏腹にキーツは緩慢な動作で椅子から降りる。生徒会室を抜け出してから向かうのは中等部の校舎である。
「ラドウィン先輩。探しました。申し訳ありませんが力を貸してください」
「ああ、エマよ。事態は把握している。行こうではないか」
「はい、分かりました」
生徒会室のある廊下でキーツは中等部生徒会長のエマと出会う。彼女が事情を説明する前に、キーツは先頭にたって動き始めた。当然のようにエマはついてくる。
「今は時間が惜しい。すまないが話は歩きながらだ。」
「はい。あの、ラドウィン先輩も何かトラブルに遭遇されたのですか?」
「生徒会室の外側の壁に落書きされていたのだ。そこからある程度のことは把握したつもりだ。」
通りすぎる人を気にして二人は囁き声に近い声で、お互いの情報を擦り合わせる。
「そうでしたか。私はまだ何も鉢合わせてませんが、ラウとリウから連絡が来まして、ラドウィン先輩を探しに来ました。私と一緒にいたジュドアはヒイラギ先輩とユースフォルト先輩を探しています」
「それにしても、オレがここにいるとよく分かったものだな。」
「二人と一緒にいたレレイム先輩とクローバード先輩がラドウィン先輩を探すのならまずここだと教えてくれました」
「なるほどな」
「そういえば、イバ先輩は?」
辺りを見渡しながら、エマはキーツに問う。あっけらかんと彼はいい放つ。
「ああ、どこかへ行ってしまったよ。だが事件があって、シークレットジョブとして課せられているというのなら、奴は必ず現れる。だから、奴は大丈夫だ。」
「そうですか」
彼の言い分は分かるようで分からないが、キーツが言うのなら間違いはないとエマは頷いた。そういえばとキーツは続ける。
「中等部生徒会副会長のヨシュハは魔道具作りの見習いだったな。彼が作った通信機か。ラウリムとリウラムが持っているのならば、ジュドアもそれを持っているはずだな。彼と連絡はとれるだろうか?」
「はい。出来ます」
エマは通信機を取り出すと、ジュドアに繋がるように念じる。数秒たって返答があった。
「エマ先輩っすね。お疲れ様っす」
「ジュド、お疲れ様。どう?先輩方は見つかった?」
「まだっす。人が多くって見つけられないっす」
あちこちで同様の騒動が起こっているため、気味悪がって帰るお客様も続々と現れ始めた。そんな状況でももともとのお客様の数が多いため、特定の人間を探すのは困難に違いない。
まだジュドアが二人を見つけていないことを考え、キーツはエマに連絡を取らせたのだ。
「エマよ。その通信機を貸してくれ」
「はい。ジュド、ラドウィン先輩に代わるわ」
「はいっす」
早足で歩きながら、エマはキーツに通信機を渡した。
「すまないな、エマよ。さて、ジュドア。ユウリとチュリッシェを探しているのならば、ホールに向かうといい。今の時間に行われているバンドのコンテストにチュリッシェの親友が参加しているのだ。だから、見に行っている可能性がある」
「え、そうなんすか。ありがとうございます。行ってみるっす」
「ああ、よろしく頼む。俺はエマと先に向かっているぞ」
通信機の向こう側でジュドアが走り出したのが分かる。キーツはエマに通信機を返した。
「相変わらず、すごいですね。ラドウィン先輩は」
「そんなことはないぞ。通信機ありがとう」
エマは移動を続けるキーツの背中を追いかけながら彼に思いを馳せる。エマはずいぶん前からキーツに憧れを抱いていた。それは恋愛感情ではなくて純粋な憧れだ。
彼女は小学生だった数年前に、当時中等部生徒会長だったキーツに助けられた過去がある。それがシークレットジョブだったことを知ったのはプロトネ学園で生徒会に所属した時だ。学園に入学してしったが、学園での彼はかなりの有名人だった。
いわく、全校生徒の名前、能力、特技などのプロフィールは余裕で把握している。類いまれなる観察力で解決した事件は数知れずだとか、たくさんの噂を聞いた。そのどれもがただの噂ではなくて事実であることをエマは生徒会に所属して知った。
エマが中等部の一年生になり、生徒会に所属した頃には、キーツは高等部に進学していたので一緒に生徒会の仕事をしていた訳ではないが、彼が解決した事件の数々の書類は山のように生徒会室に置かれていた。エマはその全てを夢中になって読みあさり、改めてキーツのすごさを知ったのだった。
「でも、あの頃よりさらに磨きがかかってます」
「ん、何か言ったか?」
「いえ、特には」
声に出てしまっていたらしく、慌てて否定をした。こんな状況なのにも関わらず、キーツと仕事が出来ることを喜んでしまう自分を、彼女は心の中で静かに嗜めた。




