その頃のメンバー
プロトネ祭最終日。ユウリとチュリッシェの二人はシド達が遭遇した一連の騒ぎに一足先に気づいていた。その時二人は、高等部と中等部の間にあるホールでステージ発表を見に来ていた。
「ありがとうございます。ユウリ先輩!友達がこの時間に出るって言ってたから、見に来たかったんです」
これから行われるのはなん組かのバンドの演奏をコンテスト式に行うイベントだ。チュリッシェの友達はそのうちの一組でギターを担当している。
「いえ、私もホールでの発表は楽しみにしてましたから。」
にっこりとチュリッシェに微笑んで見せたユウリ。二人はホールの入り口付近でステージを見守っていた。フロアにはたくさんのお客が集まっていて芋洗いの状態だ。
舞台に近い壁際には、チュリッシェが知っている教師が何人か散らばっていた。人が集まるところはトラブルが起こりやすい。プロトネ祭の中でもホールは集客率が高いため、当然の警戒だとチュリッシェは思う。
「さぁー、まだまだ盛り上がっていきましょー!次はバンドコンテスト!プロトネ学園のクールな奴らが最高にホットな演奏を繰り広げるぜ!全てのバンドの演奏が終わったら会場の皆に優勝者を選んでもらう。さぁ、奏でられる音色に聞き惚れな!」
ホールのイベントは放送部の部員がMCを勤め仕切っていた。今の部員は三年生の男子だ。ステージに楽器などの機材が用意される間、上手くお客を煽り盛り上げて場を繋いでいる。
「マクファーソン君はすごいですね。」
「ユウリ先輩。あの放送部の人知っているんですか?」
「ええ、隣のクラスですわ。たまに授業でご一緒するんです。」
彼は放送部なので昼の放送などで、チュリッシェも声ぐらいは聞いたことがあるが、ユウリは同学年と言うこともあり何度も顔を合わせている。
「あ、そろそろ一組目の発表が始まりますわね」
「そうですね」
二人はステージに注目する。一組目は男子二人、女子三人の高等部一年生バンドだ。ポジションはボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードだ。軽快でポップな演奏にお客もノリノリだ。
一組目というプレッシャーの中演奏をしきった五人は達成感を顔ににじませ、ステージ横にはけた。その後もコンテストは続き、四組目に演奏する四人組のガールズバンドにチュリッシェは友達の姿を見つけた。
「リリィー!」
大きな声で声援を送ると、彼女は軽く片手を上げて、チュリッシェの方にウインクを送る。
「あの子がチュリッシェちゃんのお友だちですわね」
「そうなんです。今日これに出るのすごく楽しみにしてて」
リリィはチュリッシェの幼稚舎からの友達だ。いつも明るく朗らかな彼女にチュリッシェは何度も助けられた。
今日ステージに上がるのは、事前のオーディションに勝ち抜いたバンドだ。コンテストを開催するに当たって、たくさんのバンドの応募があったが、全員を参加させるには流石に時間が足りない。なので、あらかじめオーディションを行い、それに合格したバンドが発表することになった。
オーディションを勝ち抜いたということは、リリィのバンドも実力があるということだ。分かってはいるけど親友の舞台というのは、見ているこっちまでドキドキする。
そうこう考えているとドラムの人の合図で演奏が始まる。良かった、出だしは完璧だ。何度も何度もリリィの演奏を聞いていたチュリッシェには分かる。今日のリリィは絶好調だ。
ステージに釘つけになっているチュリッシェをユウリは優しいお姉さんの眼差しを彼女に送り、自分もステージで演奏するバンドに注目した。
無事に一曲目が終わり、お客はおしみのない拍手を彼女達に送った。コンテストは各バンドが二曲ずつの演奏を行うので、残りは一曲。再びドラムの子が合図をとった、そのタイミングでそれは起こった。
「きゃーーー!!」
耳をつんざくような声をボーカルの女の子があげる。マイクのスイッチが入っているので、その音量はすさまじい。バンド仲間が彼女に近づき、観客達にも同様が広がっていく。
遠目に見えたのはステージに投げ込まれている赤いもの。悲鳴の理由は恐らくそれだ。
「チュリッシェちゃん」
「はい」
ユウリに呼び掛けられチュリッシェはその小柄な体をいかして、お客の間をすり抜けていく。もみくちゃになりながらもステージに近づいていく。
壁際に待機していた先生方もすでに動きだし、事態の収束に務め出した。
「すみません。通してください。」
ステージに近い前方は特に混乱状態になっている。ステージに近づこうとする人と外に出ようとする人でごった返している状態だ。
チュリッシェはなんとかそこを通り抜け、駆け抜けた勢いをそのままにステージの上に飛び乗った。
「……これは」
バンドのメンバーがボーカルのそばに固まってそれを見ている。これが投げ込まれたのかとチュリッシェは観察する。
その正体はマグカップくらいのサイズのぬいぐるみだ。長い耳がついたフードを被った熊のぬいぐるみ。
これは今、女子学生の間で流行っている、うさみみシリーズのぬいぐるみ、「うさみみくま」だ。チュリッシェのクラスメイトもカバンにつけている子がいるので見たことがある。
よく見るとステージの上には他にもいくつかのぬいぐるみが投げ込まれれている。そのどれもがこのうさみみシリーズのぬいぐるみだ。
ただ、チュリッシェが知っているものとステージに投げ込まれているのは大きな違いがある。うさみみシリーズのウサギのフードは総じて白い色をしているのに、このうさみみくまは赤い色をしている。
「うわぁ、これはエグい」
よく見ると、うさみみくまはぐっしょりと濡れていて、ハンカチを使って拾い上げると、ハンカチにも色がうつった。
「それ私のうさみみくまだと思う。でも、血がついてるの」
ボーカルの女の子が震えながらチュリッシェが持っている、うさみみくまを指を指す。これが落ちていた位置はボーカルの子の足元だ。しかも自分も持っているぬいぐるみに血のようなものがついている。それを見たら悲鳴をあげるのも無理はない。悪質なイタズラだ。
「大丈夫。血に見えるけど違うよ。絵の具とかインクとかの塗料ね。あなたのうさみみくまじゃないかもしれないわ。持っている人はたくさんいるから。だから、控え室に戻って気を休めて」
ぬいぐるみがバンドのメンバーに見えないように気を使いながら、チュリッシェは四人を安心させるように微笑んだ。
「……チュリッシェ」
「リリィ、任せて」
リリィはチュリッシェに無言で頷くとボーカルの子の両肩を支えるようにして立ち上がった。そうして、他の二人を連れてコンテスト出場者にあてがわれている控え室に向かった。
チュリッシェはそれを見送ると、ハンカチを使って残りのぬいぐるみを一ヶ所に集めた。
「チュリッシェちゃん。先生方と共にお客様の誘導は済ませましたわ」
チュリッシェの背中越しにユウリの声がかかる。振り向くと混乱していたお客達の最後の人達が外に出ていく所であった。
「ユウリ先輩。」
「それが、騒ぎの原因ですわね」
「はい」
ユウリが顔をしかめて、チュリッシェが集めたぬいぐるみを見やる。どれもうさみみシリーズのぬいぐるみで種類はまちまちだ。ユウリもステージに上がりぬいぐるみを見聞する。
「これは、血ですわね」
「そうですね、たぶん人じゃないです。魔物か動物の血だと思います」
さっきはリリィとバンド仲間を少しでも怖がらせないようにするため塗料だと言い張ったがこれは紛れもなく血だとチュリッシェは確信していた。
「誰がなんのためにこんなことを」
「それは分かりませんわ。一先ずこれを先生に預けましょう」
歯を食い縛るようにしたチュリッシェの気持ちはユウリにも想像がつく。せっかくの友人の舞台を邪魔した何者かを捕まえたくて仕方ないのだ。
その気持ちを抑えてあくまでも仕事をしようとする彼女をユウリは内心で賞賛していた。
集められたうさみみシリーズのぬいぐるみは、くまと犬と猫とネズミとウサギだ。それらを近くにいた先生に預け、二人はなにかヒントになるものがないかホール内を散策した。




