クローバード家での日常
レインティーンとの商談を終え、家庭教師との座学も済ましたシドは自室で休みをとることにした。
白い壁に囲まれているそこはシドの身長の二倍以上はある高い天井のその部屋。あまりごちゃごちゃした空間が好きでないので白と黒のモノトーンの家具とほんの少しの調度品だけを置いている。ちなみにデスクは書斎にあるので部屋には背の低いテーブルが置いてある。
座学はともかく仕事はさすがに疲れるものだ。父から仕事を継いでから半年たった今でも、まだまだ長年最前線で売買を行っているもの達と対等にやり取りをするには至らず、どうしても後手に回りがちだ。シドはお気に入りのチェアに座り嘆息した。
レインティーンとは父が会社を立ち上げた当時からの付き合いで、いろいろと融通を聞かせてもらっているものの、このままでいるわけにはいかないな。もっと序盤から主導権を握るためにそれとなく会話を運ばなくては。
シドが本日の反省点を頭でまとめていると、ふいにコンコンとこぎみのいいノックの音が聞こえた。
「ああ、入れ。」
それに短く応答すると、ティーセットを持ったアルベルトが部屋に入ってきた。
「坊っちゃん、本日はお疲れ様です。明日からの学校のご準備は業者の関係でもう少々かかる模様です。夜には制服が届くようですので、明日からの登校には差し支えありません。休憩のお供にハーブティーでもいかがですか?」
「すまない、アルベルト。いただこう。」
学校の用意というのは半年休んでいた間に授業で使用することになった教材の準備が主なところだ。制服の新調は仕立ての関係があったので数日前に頼んでいる。今日は夜に届いたそれを合わせて微調整するのみとなっている。
「では」
そういってアルベルトは手際よくお茶を入れる。甘く芳しい香りが室内に広がっていく。
「坊っちゃん。今日の商談では同席させていただきましたが、まだまだ甘いようですね。もっと主導的になってください。レインティーン様に主導権を握られ後手にまわざるをえないという印象を受けました。」
「分かっている。反省していたところだ」
たった今、自分が思っていたことを指摘され、シドは顔をしかめた。それを見たアルベルトが苦笑しつつティーカップ差し出してくれた、
「どうぞ、今日はカモミールティーです。」
「ああ。すまない」
アルベルトが入れてくれたハーブティーはシド好みのもので一口飲むとほんのりと甘くリンゴのような香りに気分が少し落ち着いた。
「次はもっと上手くやるさ」
「ええ、そうでないと困ります。」
チクチクとトゲを刺すような言い方に今度はシドが苦笑した。
「明日からの学校。大丈夫そうですか?」
「問題ない」
「そうですか。ならば、本日はお早めに床につき明日へ備えてください。何しろ、半年ぶりの学校ですからね。」
「そうだな、今日は早めに休む。」
半年ぶりの学校で失態を侵してはクローバードの名が廃る。
きちんとした学校生活を送らなければ。
そんな気持ちと共に、残りのハーブティーをゆっくりと飲みシドは短い休憩時間を終えた。
アルベルトがティーセットを片付けている時にシドの部屋にノックの音が鳴った。
「誰だ?」
「ヘザーでございます。坊っちゃん、アルベルト。業者の方がお見栄になりました。ご準備が出来ましたら広間の方へお越しください。」
「ああ、分かった。アルベルト」
「はい。坊っちゃん」
すでに片付けを済ませ、いつも通りに控えていたアルベルト。
「広間に行くぞ。客人をお待たせするわけにはいかないからな、」
「かしこまりました。」
恭しいお辞儀をして見せたアルベルトを連れだってシドは部屋を出た。
そうして本日の残りの行程をシドはそつなくこなしていったのだった。




