不穏な動き
舞台は変わって生徒会室。教室での作業が一段落し、シドがやって来た頃には、ユウリ、チュリッシェ、ティムがそこで作業の真っ最中であった。
「あっ、シド君。これお願いねー」
生徒会では隣の席のティムがいつもの笑顔でシドの机に置いてある紙の束を指差す。
「分かった」
皆に挨拶をして机にかけて書類をみていくと、プロトネ祭当日の工程表と出し物やイベントの確認書類だった。
「明日には式典のリハーサルがあるから今日中に目とーしておいて」
ティムの説明を聞きながらシドは早速目を通し始めた。向かいではチュリッシェがパソコンを精密機械のように叩いており、斜め向かいの席のユウリは机の上の紙の束にひたすら判子を押していた。
例年なら二日間の開催であるプロトネ祭だが、今年は創立七百年という区切りの年であることから、四日間の行程で行われる。
最初の一日が記念式典と前夜祭。中二日が一般公開で生徒達の有志の出し物が出される。最終日は生徒達の出し物に加え、後夜祭で学園主催のイベントがある。
そのため、工程表だけでも単純に去年の二倍となる。生徒会が忙しくしているのはこういう事情もあるのだ。
「みんな揃っているようだな。ご苦労様だ。」
静かにドアを開けて入ってきたのは生徒会長のキーツだった。彼はこの数日で職員や一般生徒との打ち合わせなどであちこち駆けずり回っていた。
誰よりも働いているくせに、いつも通りにへらっとした笑みを浮かべているのは流石のところである。
「お疲れ様です、会長。…何かありましたか?」
入り口に立つ彼を見て、ユウリは何かを感じたらしく判子を押していたてを止めた。
「ん、ああ、少しな。皆に連絡がある。しばし、手を止めて聞いてくれないか?」
会長は今まで職員室に行っていたはずだから、その時にあった連絡だろうなとシドは想定し、読み進めた資料を置いてキーツを見た。
皆それぞれに作業の手を止めたところでキーツは自分の席にかける。
「明日の式典のリハーサルの話をするため、職員室に行っていたのだが、そこで校長先生に頼まれ事をしてしまってな。」
プロトネ学園の生徒会は校長直々に顧問をしている組織だ。これは創立時から変わらぬ風習だ。通常の行事はもとより、シークレットジョブも校長が仕切っている。
仕組みとしてはシークレットジョブを依頼したい人がプロトネ学園の校長に連絡をし、校長から生徒会長に話が伝わるというものだ。
ちなみにそこで校長が生徒会では無理な問題だと判断されれば、それは最寄りの役場の能力対策課という文字どおり能力を使った事件事故、トラブルを解決する課に仕事が流れることとなる。
「例年であれば、プロトネ祭の間は先生達が見回りをすることになっていたのだが、今年は皆も知っての通り七百年の節目の年であるから開催期間も長く、国内外からいろいろな来客もあるのだ。たくさんの人間が来校することから、校長先生直々にプロトネ祭の間生徒会にも見回りをして欲しいとの依頼があった。」
プロトネ祭における生徒会の役割は当日までの生徒達の出し物とイベントを確認し調整するのと式典の手伝い、最終日の後夜祭の運営がメインとなっていたので、プロトネ祭の中二日はほとんど仕事をせずに校内を回ることが出来るはずだったのだ。
それを楽しみにここまで忙しくも仕事をなんとかこなしてきていたのに、その楽しみがなくなり、更に仕事が追加されたのだからたまったものではない。
「「えーーー」」
チュリッシェとティムが揃って残念な声をあげた。それを見て会長も残念そうな顔をする。生徒会メンバーでも特に二人がプロトネ祭を楽しみにしているのを会長も知っている。
だが、校長先生直々の依頼では断ることは出来なくキーツは自身も残念がっているのだ。それが分かるからシドは敢えて話を進めた。
「ですが、会長。三日間の一般公開の間、すべて見回りの仕事をするのですか?」
「いや、流石にそれはないぞ。先生方の手は足りているが、念のためオレ達の手も借りておきたいと言うのがほんとのところみたいだ。」
それを聞いたチュリッシェとティムの表情が少し和らいだ。ずっと気を張って見回りをする必要はないというのが伝わったらしい。
「まぁ、見回りということだからな。生徒会室に閉じ籠ることはできないが、出し物の方はいくらでも見に行っていいぞ。ただ、出来るだけメンバー通しで組んで行動して欲しいところだが」
プロトネ祭というビックイベントで生徒会室に閉じ籠るという発想が出来るのは会長くらいのものだろうなとシドが苦笑いする横で、ティムはいたずらを思い付いた子供のような笑顔を浮かべる。
「んじゃー、俺シド君と回ってもいいー?」
「ん?僕は構わないが」
突然の指名を受けてやや驚きつつもシドはそれを了承する。
「それでは、ティムとシドで一班だな」
「じゃあ、残りの私達でもう一班ですか」
チュリッシェがパソコンをカタカタ叩きながら口を開く。
「いや、この件はリャッカにも依頼する予定だ。だから、もう二班作ろう。」
「あいつ、来ますかね?」
リャッカに頼むことを聞いたチュリッシェがジト目をする。
「ああ、今回のことはシークレットジョブに該当するから、リャッカも了承するだろう」
問題ないとキーツはまとめる。会長の見立てであればまず大丈夫だろうとシドは思った。こうなれば後の問題はチーム分けだ。
「では、チュリッシェちゃん。私と一緒に回りませんか?」
キーツとアイコンタクトを交わしてユウリがチュリッシェに話しかける。
以前、リャッカが生徒会で起こした事件にチュリッシェが気を悪くしているのを察してのことだ。
「えっ、はい。喜んで」
ユウリの笑顔にチュリッシェも笑顔で答える。
「ティムとシド。ユウリとチュリッシェ。オレとリャッカ。班分けはこれで決定だな」
キーツが口にすると、チュリッシェはまたパソコンを動かす。どうやら、今回の話を記録しているらしい。
「ですが、会長。どうしてこのような措置を行うことになったのですか?来客数が多いことが想定されるのは分かるのですが…」
いい淀んだユウリだが、腑に落ちないという表情をしているのが、シドの席からも分かる。
「そうだな。ちゃんと話しておくべきだろうな」
やはり他にも理由があったらしく、キーツは一人でそう呟き納得したように話した。
「不確定事項も多いので、話し半分に聞いておいてほしいのだ。無論、一般生徒には内緒の話になる」
キーツのへらっとした表情が真剣な表示に変わる。仕事のスイッチが入った証拠だ。
「サヒトナの国で不穏な噂が流れているのは知っているか?」
各自顔を見合せる中でシドはある心当たりを思い出す。それはアルベルトとの毎日の報告で聞いたことだ。
「シド君、なんかあったー?」
考え込むシドをティムは目ざとくも指摘した。
「数日前にアルベルトに聞いた話があって」
「どんな話だ?」
キーツから先を話すように受けると皆がシドに注目する。彼はあっているか分かりませんがと前置きする。
「ある能力持ちの集団が、各地で騒ぎを起こしているという話です。その集団によって行われただろう事件は十件を越えるようです。能力対策課が動いていますが、中々有力な手がかりが掴めないとか。」
思い出しながら語るとキーツはそうだとシドの話を肯定し補足する。
「事件は店を荒らすようなものや窃盗だったが、最近エスカレートしてきたらしくてな。止めようとした人間が巻き込まれ怪我人も出ている。」
「そこまでやってるならその人達のことを誰か覚えていてもいいんですけどねー」
あれーっと、ティムが不思議そうな顔をする。
「ああ、その者達は仮面をつけ顔を隠しているようだ。加えて逃げ足が人間離れしているほど、早いことから能力者であると能力対策課は仮定している。まぁ、先生方もいることだから、心配はしなくてもよいぞ。くどいようだが、校長先生も念のための人手の確保という感じだったからな。」
キーツがよろしく頼むと話を結ぶと、ユウリは後輩達にふんわりと笑いかける。
「プロトネ祭にそんな方達が来るかは分かりませんが、用心するのに越したことはありませんわね。プロトネ祭を楽しみながら気を付けましょうね」
「そうだな。せっかくだから我々もプロトネ祭を楽しもうではないか」
微笑み合う生徒会会長と副会長。三年生であるキーツとユウリにとっては最後のプロトネ祭となる。
何事もなく楽しい四日間になればいいなと、一抹の不安を胸に抱えながら後輩達はそんな二人を見ていた。




