教室では
そこからの毎日はプロトネ祭に向けての準備で皆が忙しくしていた。リャッカとシドが顔合わせをした翌日から、プロトネ祭準備期間に入ったことで学園の生徒達のボルテージも上がりに上がっていた。その期間は普通の授業を行わず、プロトネ祭の準備のために全ての時間があてがわれるのだ。
シドもまたいつも以上に多忙となってしまった。あれから二日が経つがリャッカとのやり取りについて考えることもままならないでいる。
「クローバード君。こちらの確認をお願いしたいのですが」
この日のシドはクラスの展示品の準備をしていた。クラスメイト達はそれぞれの部活動の催し等の準備がある人を除いて全体の六割ほどが残って作業をしていた。シドもクラスの出し物の準備が整ったら生徒会に行く予定である。
「今行く。」
女子のクラス委員長であるアリシアに呼ばれ、シドはそちらにかけていく。
シド達のクラスでは水粘土のアートを行うことにしていた。水粘土と言うのは、シドのクラスの能力持ちに水系の能力を持っているものがいたため考案されたものだ。
水を操れる能力者と液体を固形にすることができる能力持ちが主体となって水粘土を作り、それにクラスメイト達が色を足したり形を作ったりしている。
テーマは箱庭と言うことでたくさんの草花を始めベンチやブランコなどの小物も充実している。メインとなるのは教室の真ん中に配置する予定の大きな噴水だ。これも八割方出来上がっており、最後の仕上げを行うばかりだ。
「すごいな」
アリシアに確認してほしいと言われたものは、彼女と数人の女子生徒が作っていたベンチだ。水の透明さに白い色を混ぜて作られているそれはマーブル模様に仕上がっていた。
床と接する足の部分はくるんとカールしており、背もたれの部分は細くした水粘土を何本も繋ぎあわせ、見た目は繊細そうだが、耐久性にも、優れているものだった。背もたれの上部や肘掛けの部分に蝶を模したオブジェがおかれているのも実に女の子らしい。
「私達で頑張って作りましたのよ。クローバード君には耐久性も確認してほしいんですの。座ってみていただけますか?」
「分かった」
彼女達の作品の出来映えに感動しつつ、壊さないように恐る恐るそのベンチに腰かけるシド。座った瞬間、ゼリーのようなぷるんとした感触を肌に感じた。
「良かったですわ。大丈夫みたいですわね。」
胸の前で手を合わせて目を輝かせるアリシア。一緒に作っていた女子達も
ハイタッチし合ったりなどして完成の喜びを分かち合っていた。
「素晴らしい出来映えだね。みんなお疲れ様。」
ベンチに座った状態でシドはこれを作ったクラスメイト達の顔を一人一人見つめて微笑んだ。それを見た髪を三編みにしていた女子が動きを止める。あれ?まずかったか?シドが懸念していると、三編みの子の隣にいたショートカットの子が何でもないよとはにかんだ。
「ありがとうございます。クローバード君。これも完成したことですし、残りの展示品もなんとかなりそうですわね。クローバード君、生徒会は行かなくとも大丈夫なのですか?」
そんな女子達に柔らかな視線を向けていたアリシアが再び仕事モードにはいる。シドは教室の時計を確認した。
「ああ、あっちがもう少し落ち着いたら、僕も生徒会に行くよ」
シドは噴水作りの担当をしている。いよいよ仕上げの段階に入ったそれは、高さが二メートルもあり、横幅も広く作っている。
当日には赤や青や黄色や緑など色をつけた水を流すので、色が混ざらないための工夫を施している大作だ。
「でしたら私が変わりましょうか?生徒会の方も忙しそうですわよね」
気の強そうな眉毛をひそめながらアリシアは申し出る。
「ありがとう、グランさん。だけど、僕は生徒会だけでなくクラスの方も楽しみにしているから、もう少し頑張らせてくれ」
「そうですの?分かりましたわ。出すぎた真似をしてしまいましたわね」
シドが申し出を辞退するとアリシアはあっさり引き下がった。
実際、生徒会はとてつもなく忙しくその申し出はありがたかったが、クラスの準備をまず優先することをキーツは生徒会メンバーに話していた。クラスメイトとの思い出づくりも必要だからなと愉快げに笑った彼の顔をシドは思い出す。
「おい、クロバード!こっち頼む!」
シドは同じ噴水係の男子生徒メラドロイ・ウィニーに呼ばれる。彼はこのクラスの水を操る能力者の一人だ。彼は水を固形に固める能力があり、このクラスの展示を作るための主力人物だ。
能力を使うとなると副作用が気になるところだが、彼に聞くと水を固形にしてしまえば、力は使わなくとも水は固形のまま残るらしいので体力の消耗は心配ないと胸を叩いて答えてくれた。
「すまない、今戻る。じゃあ、僕は向こうで作業をしてるから何かあったらまた呼んでくれ。お疲れ様。」
メラドロイに声を張り、アリシア達にやや早口に挨拶をするとお疲れ様ですと見送ってくれた。
「すまなかった」
「なーに、女子と仲良くしてんだよっ。ほらっ、こっち持ってくれ。」
駆け足で近寄るとメラドロイに軽く茶化された。指示されたところで噴水に手をかける。同じように噴水係が何人か噴水に手をかけたところで、メラドロイが「せーの」掛け声をだす。
それに合わせて、横にして作っていた噴水を縦にすると、他の作業をしていたクラスメイトからも「おーー」と歓声が上がる。
「おっ、なかなかいいな!」
メラドロイが一際大きい声を出すと
それに別の生徒が答えた。
「そうだな、いい感じだ」
その後も皆で雑談をしながら手を動かし、最終調整に取りかかると教室のドアが開いて気だるげな声がかけられる。
「おー、お前ら。よくやってるなー」
ビニール袋を右手にぶら下げた、このクラスの担任のルイス・ギディオンである。
「あっ、先生見てくれよ。もう大分完成に近づいてるぜ」
メラドロイがルイスに近づききゃいきゃいと話しかけた。
「頑張ってるじゃねーか。ほれ、差し入れだ」
「やりぃ!先生、サンキュー。みんなー、差し入れもらったし休憩しよーぜ!」
ルイスからビニール袋を受け取ったメラドロイはそれを皆に見えるように高く掲げてから、早速手近な生徒を巻き込み中身を配り始めた。
袋の中身はジュースだったらしく、ジュースを受け取った生徒は「せんせ、ありがとー」と声をあげていた。
「ありがとうございます。ギディオン先生」
「おお、クローバード。大分進んでるようだな」
シドもジュースをもらい、教室の隅に腰かけたルイスのそばに座った。彼はそれに気安く答えた。
「ええ、おかげさまで。プロトネ祭当日までには間に合いそうで良かったです」
「本番まで後三日だからな。その間、これ管理するのしんどそうだな」
ルイスは教室内のあちこちにある水粘土の作品を見渡しながら、自分の右肩を揉む。
「ははっ、そう言わずによろしくお願いしますよ」
「わぁーってるよ」
今作っている水粘土の作品はプロトネ祭まで空き教室に保管してもらえる段取りになっている。その管理責任者が担任であるルイスであるため、シドは剃んな風に声をかけた。
「それにしてもお前もよくやるよな。」
「いえ、これくらいは」
半場呆れたように呟くルイスの言葉は教室内の喧騒に溶け込んでいった。
そばにいたシドには 聞こえていたが他の生徒には届かなかっただろう。
「まっ、ガキの頃なんざそんなもんかも知れねーな。だが、お前は休学していた前科があるからな。ぶっ倒れないようにほどほどにしろよ。」
言葉は乱暴ではあったが、それを話した彼が真顔だったことからシドの事を心配してくれているのが分かった。
だからシドは素直に頷いた。
「はい。そうします」
「おう。」
「よし、作業再開にしますか」
だいたいのクラスメイトが休めたことを確認して、シドは立ち上がる。
「終わったら声かけろよ。職員室にいるから」
「分かりました」
職員室に仕事を残してきたらしいルイスは簡単に事務連絡をしてから離脱した。
休憩を挟んだことで皆の動きもよくなり、作業は順調に進んでいく。すでに自分達の分担を終えた生徒も出てきて、そんな彼らはまだ終わっていないところのサポートに回る。
雑談をしながらわいわいと作品を作っていく。こんなやり取りが出来るのはプロトネ祭見たいに特別な行事がある時特有のものだ。
プロトネ祭までもう少し。クラスの方も活気づき、当日も楽しみだなと思うシドであった。




