もう一人の生徒会メンバー
「リャッカ君はチュリッシェちゃんと同じ二年生の生徒会メンバーです。私達みたいに毎日生徒会室には来ていませんが、その分任せた仕事は完璧にこなしてしまう子なんです。」
クローバード家の話し合いの時、会長が言っていたもう一人の生徒会メンバー。それが彼なんだとシドは推測する。
「ただ、少しだけ血の気が多いというか…喧嘩っぱやいというか…」
ユウリは困ったように眉を下げる。
「…僕はここに来る前に皆さんのことを確認させてもらったんです。だけど、彼の情報だけは見つかりませんでした。」
シドは学園に来る前に生徒会には、もう一人メンバーがいるという情報は掴んでいたが、それ以上の情報を得ることができなかった。それ故にシドがそのメンバーとどのような関係を築いているかをシュミレート出来なかった。
そのメンバーとの関わりで少なからず違和感を覚えられ、生徒会のメンバーには自分がシド出ないことがバレると彼は覚悟していた。最もそんな心配より先にキーツにより正体を看破されてしまったのだが。
「そういえば、シド君はどうやって私たちのことを調べたのですか?」
「調査は主に僕の能力とアルベルトの能力とコンピューターの使用でした。」
「そうでしたか。アルベルトさんの能力にもよるところですが、シド君の能力とコンピューターでは、リャッカ君は見つけられませんね。」
ユウリはけして嫌みではなくシドの気持ちを見てとった上で「残念でしたね」と付け加えた。
「リャッカさんの能力ですか。」
「ええ、正確にはちょっとちがうかもしれませんが。ですが、それは本人から聞いてください。あまり人の能力をとやかく言うのはマナー違反でもありますし、そろそろ大丈夫みたいなので戻しますから」
ユウリはすでに鍵の束を取り出していた。ユウリの空間支配の能力は例えその能力で隔離された空間の内部にいようといまいとその能力が使用された空間は彼女のテリトリーだ。内部の様子などそれこそ手に取るように把握している。
「さすがはティム君です。きっちり五分でしたね。良かったです、正直なところ私もそろそろ限界でした。シド君、後はお願いしますね」
そう言い残してユウリは生徒会室のロックを解除し、前のめりに倒れた。その体が地面に衝突する前にシドは抱き止める。
「ユウリ先輩!」
どうやら相当な時間能力を使っていたらしい。彼女は気を失ってしまっていた。脈拍や呼吸に異変が見られない。急を要する状態ではないことに安心するも保健室に連れていかなくては。
シドがユウリを抱き抱えるのと同時に三人の人影が生徒会に続くドアから作業部屋に入ってきた。
三人とも髪や制服が乱れところどころ小さな怪我をおっているようだった。だが、その表情は三者三様だ。
一人はヘラヘラした表情を封印した真面目な顔。一人はいつもの余裕綽々の笑顔。一人は何もかもが気に入らないといったような苛立ちを表した顔。
「ぴったり五分だったけど、間に合わなかったねー」
シドが抱えたユウリを見てティムの笑顔に違う色が混ざった。
「ユウリ…すまなかったな。シドよ、オレがユウリを保健室に連れて行くぞ。その間ティム。任せた」
真面目な顔から一転泣きそうになっているキーツがシドの腕からユウリを預かり、そのまま部屋を出た。
「任されたよー」
ティムが小さく手を降ってそれを見送ると部屋の中にはシドとティムとリャッカが残された。誰も口を開くものはいない。重苦しい雰囲気が部屋を包む。
「さてと、俺としては会長が戻るまでは待とうと思うんだけどどう?」
「そうだな」
ティムは明るい声をあげる。シドはそれに肯定し、リャッカも無言で頷いた。一旦破られた沈黙はまたすぐに訪れる。短くはない静寂が打ち破られたのは、乱暴にドアを開いた音だった。
「ちょっとあんたらなにやってるの!」
戻ってきたキーツはチュリッシェをともなっていた。その彼女が小さな体で仁王立ちして見せる。その目ははっきりとリャッカとティムを捉えていた。
聞けばチュリッシェはユウリを保健室に連れて行くキーツの姿が校庭から見えて授業を抜けて後を追ったらしい。それで事情を知り同行したということだ。
「せんぱーい。俺は被害者だよー」
ティムが自分を指差して言う。チュリッシェは体制を崩さず続ける。その後ろから入ってきたキーツが静かに扉もを閉めた。
「分かってる。どういうつもりよリャッカ。言いたいことがあるなら言ったらどうなの?」
彼女は同級生である彼に掴みかかりそうな勢いで呼び掛ける。そこで初めてシドはリャッカのことをきちんと見ることができた。彼は暗い藍色の髪を無造作に散らし、アメジストのような不思議な色合いの瞳が鋭い輝きを放っている。
あれ、どこかで会ったことがあるだろうか。何となくその姿にシドは覚えがあった。そんなシドの疑念はリャッカの言葉により確信に変わる。
「また会ったな。偽物君。」
「やっぱり、貴方はあの塾で会った、ツバリ・ヤイカですね」
そう、シドの初任務の際に隣の席で授業を受けていたのが、彼だったのである。どことなく似てるように思ってはいたが、あまりにも雰囲気が違ったためすぐには気がつけなかった。
「そうだぜ。ツバリ・ヤイカは俺の名前をもじった偽名だ。本当の名はリャッカ・イバ。お前とよろしくする気はないから覚えなくていい。」
それは彼がシドになってから受けた本当の意味での拒絶であった。チュリッシェは何だかんだといっても、シドのことを色々と気にかけてくれているが、リャッカの目にはシドに対する敵意しか写っていない。
これには、すかさず会長であるキーツが口を挟んだ。
「おい、リャッカよ。そう言うのではない。」
「ラドウィン先輩もっす。こんな意味の分かんないやつを生徒会に入れるとかどうかしてる。」
「私もそう思ってたけど大丈夫よ。」
フォローしてくれたのは、初めて会ったときリャッカと同じ台詞を言っていたチュリッシェだった。
「この間シークレットジョブを一緒にやったけど問題なかった。それにシドは考えていることが、すぐ顔に出るから何か企んでたら分かるし」
チュリッシェの言葉の後半でキーツは頷き、ティムは「確かにねー」と笑った。先ほどユウリにも言われたが、皆にそう思われているとはな、シドは苦笑する。
「俺はそのシークレットジョブを監視していて、こいつはダメだと判断したんだ。とにかく俺はこいつと関わるつもりはないぜ。帰る」
「ちょっと!待ちなさいよ」
一方的にいい終えるとリャッカは作業部屋から出ていってしまった。チュリッシェが追いかけるもすぐに諦めて戻ってくる。
その間シドは動くことができなかった。あまりに唐突な事が続いたため、自分でも情けないと思ったが思考停止していた。ティムが近づき、そんな彼の額を人差し指で弾いた。その衝撃で我にかえる。
「大丈夫ー、シド君」
「ああ、すまなかった。大丈夫だ」
作業部屋に残された四人。誰にともなくティムが言った。
「なんでこんなことになったんだろーねー」
「それは是非ともはっきりさせてほしいですねー」
同意するのは、現在作業部屋に残っている四人の中の紅一点であるチュリッシェだ。やや、遅れてキーツが話す。
「それを今から説明しよう。とっくに授業は始まっているが、授業に参加する意思のあるものはいるか?」
神妙な顔でキーツが問う。誰も授業に出ると言う答えを出したものはいなかった。
ちなみにプロトネ学園には留年のシステムはあるが、それはテストで規程の点数がとれなかった場合にのみ適用されるという点数が絶対の基準となっている。
逆に言えば例え、出席日数がゼロでもテストにさえ通れば、進級も卒業もできるのだ。その代わり、テストは一年間で学習した全ての教科の内容がランダムになったもので1000点中900点以上が合格というハードルの高さである。
だが、普通に授業に出席していればほぼ落ちることはない問題になっている。
こんなときではあるが、シドにはそんな学園のシステムが頭に浮かんだ。軽い現実逃避なのかもしれないと自身の両頬を軽く手で張った。
「では、説明するとしよう。皆適当に座って聞いてくれ。」
各々近くにあった椅子を引っ張ってきて席につく。それを見届けてからキーツは控えめな声量で話し始めた。




