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偽主  作者: シュカ
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クローバード家の夜

星明かりだけが屋敷の中を照らしている。今日という日も残り少ない時間となっている夜更け。

 

 アルベルトは小さな灯りを頼りに廊下を一人、静かに歩いていた。普段なら翌日の仕事の用意を済ませ、自身の休息の時間としている頃合いだ。

 

 だが、最近のこの時間は専ら、彼と彼の主と密会する時間となっていた。内容は主が追い求めている事件についての報告。主が学校で動いている間、アルベルトの方でも事件について捜査をしているのだ。

 

 普段は主の自室で行われる密会だったが、先程部屋を訪ねた時に主からの応答がなかったのだ。寝てしまわれたのだろうかと思ったものの、部屋の鍵は開いており、中に主の姿はなかった。

 

 アルベルトはそれを確認すると、主の姿を探すべく屋敷を歩き始めた。とはいえ、彼がいそうな場所などとうにに見当がついている。

 

 彼が仕事を行っている書斎にたどり着く。幸いその推測は当たっており、中にアルベルトの小さな主が存在していた。

 

 「おや?」

 

 てっきり、まだお仕事の最中かと思っていたが、お休みになられていたとは。心配と呆れを半分ずつ感じながら、アルベルトは机の上で突っ伏してしまっている主をそっと抱き抱えた。

 

 小柄な体通りに軽く、アルベルトにとって彼を抱えても何の苦にもならない。俗に言うお姫様抱っこのようになってしまってはいるが、荷物のように抱えるわけにもいかないので、風邪を召されてしまう前に主を自室に運んでしまおうとアルベルトは考えた。 

 

 しかし、残念ながらそれは上手くはいかなかった。書斎を出て主の自室まで半分の距離を過ぎたとき、ふいに腕の中の主が目を開けたのだ。

 

 最初はうっすらと開けられた瞳。軽く身じろぎをすると一気に瞳を露にする。その目に驚愕の色を強く表し声をあげようとしたので、アルベルトはそれよりも早く彼の口を手で塞いだ。叫ばれてしまったらかなわない。この屋敷には他の使用人も滞在している。騒ぎになったら億劫だ。

 

 「んぐっ、むぅぅぅぅ」

 

 口を塞がれたシドは必死になって抵抗した。アルベルトは主を落としてしまわないように抱きかたを変え注意を払う。

 

 「坊っちゃん、落ち着いてください。私はアルベルトです。」

 

 「んんー、むぅぅぅ…。」

 

 アルベルトが声をかけるとシドは徐々に落ち着きを取り戻した。腕の中の彼が大人しくなり、グレーの相貌がこちらを見つめている。


もう叫ばれはしないだろうと、アルベルトは口を塞いでいた手を放す。待っていたとばかりにシドは口を開いた。

 

 「おろせ」

 

 「かしこまりました」

 

 ゆっくりと慎重にアルベルトは主を地面に下ろす。シドはよろめいたりせずしっかりと立ち、ばつの悪い顔をした。

 

 「すまない。世話をかけた」

 

 彼は状況を理解したらしく、アルベルトに謝る。

 

 「いえ、いつものことですから。また、夢を見ていらしたのですか?」

 

 「ああ」

 

 シドは時々悪夢にうなされているようだ。それがどんなものなのか、アルベルトはまだ聞いていないが事件に関するようなものだと思っている。

 

 シドの半歩後ろをアルベルトが歩く。部屋の前につくとドアを開け主を中にとおした。

 

 「今日はお疲れのようですしお休みください。お話はまた明日にいたしましょう」

 

 就寝の準備を手伝って、アルベルトは提案するもベッドに座ったシドは容易くそれをはねのける。

 

 「いや、いつも通りの手筈でいい。休みなら今までとっていたから問題ない。」

 

 休みを取ったといっても、仕事の進み具合から見て三十分にも満たない時間だろう。慣れない仕事に加え学業、さらには生徒会とシドの生活は実に多忙だ。まだ、十五才の体には相当な負担ではないかとアルベルトは危惧する。

 

 「ですが…」

 

 「構わん。かえって目が冴えてるんだ。僕が眠くなるまででいい、付き合え」

 

 そこまで言われてしまったら、従者である彼は主の命に背くわけにもいかない。疲れが色濃く残るのであれば、その際にはなんと言われようときっちり休んでいただこう。

 

 アルベルトは口には出さず気持ちを固めた。

 

 「では、我が主のお心のままに。ですが、申し訳ありませんが本日私からは事件に関しての報告はございません。捜査に進展がございませんので。ですから、坊っちゃんの方からのお話をお聞かせ願うことになりますでしょう。」

 

 「ああ。僕の方はな」

 

 それからシドはアルベルトに向かい、初めてのシークレットジョブの話をした。チュリッシェと組んで仕事をこなしたところから、今朝キーツに指摘を受けたことまで、細部にわたりアルベルトに語った。彼の話が一段落する頃にはすでに日付は変わっていた。

 

 「それで、坊っちゃんはどう思われたのですか?」

 

 アルベルトはキーツの指摘についての部分をシドに確認する。

 

 「会長に言われたとおり、僕もその考えには行き着いていた。だが、彼女がそうしたという証拠はどこにもなかったからな。それがない以上、意図的ではなく、あくまで暴発と言う形しといた方がいいと思った」

 

 キーツが思っていた通りシドも同じ考えに行き着いていたのだ。それは当然のこととアルベルトは頷く。

 

 「坊っちゃんが能力を使えば、そのくらいのことなら見てとれるでしょうからね。証拠ならあなたの頭の中に確かに存在しているのでは?」

 

 「僕の頭の中って言ったって皆を納得させるだけの証拠にはなり得ないだろう。」

 

 ほっぺたを人差し指で掻くようにするシド。普段は比較的落ち着いている雰囲気の彼がこんな仕草をするのはあまりない。寝起きゆえなのだろうか。

 

 「その通りですね。ですが坊っちゃんはお優しいですからね。その他の理由として能力者の女性を庇ってあげたのでしょう?」

 

 アルベルトはいよいよ話の確信足る部分を指摘する。ごねるかとも思ったがシドは素直に答えた。

 

 「庇ったということになるのかもな。僕は彼女が意図的に能力を使っているのを知っていて追求はしなかったのだから」

 

 「なぜ、そのようなことを?」

 

 答えはすでに予想がついているが、敢えてシドに言わせたいと思うアルベルトだった。シドもそんな彼の様子には気づいて苦笑を浮かべている。

 

 「人の精神に影響を与える能力者が事件を起こしたとなれば、周りの風当たりは相当なものだろう。彼女は悪人ではなかったし、そんな状況にさらしたくなかったんだ。」

 

 「そうでしたか。ところで、その女性はどうして能力を使って妨害なんてしたのでしょう」

 

 アルベルトにはこれだけが分からないところであった。シドは何を分かりきったことをと言う顔をしている。

 

 「それは、講師でいることにプレッシャーを覚えたからというのが半分、嫌気がさしたからというのが半分だ。」

 

 依頼主に突きつけた推測の半分は本当のことだったと言うことだ。もう半分も話さなかったというだけで嘘と言うほどではない。

 

 「そういうことですか。キーツ様もそこまで行き着いてはいるのでしょうね。彼女が止めてほしくて能力を使ったという発想に至るくらいですから」

 

 「ああ、そうだな。だが、いくら会長に追求されたとして僕が気づいている証拠はないだろう?」

 

 「左様ですね」

 

 

 ふっと楽しそうに笑う主にアルベルトも笑みを返す。

 

「さて、本日はこの辺りとしましょう。明日もお早いのですから」

 

 「ああ、そうだな。僕はもう休ませてもらおう」

 

 流石にシドにも眠気が限界に来ていたようだ。先程から何回もあくびを噛み殺していた様子が見受けられた。

 

 「ではお休みなさいませ、坊っちゃん」

 

 ドアの前で一礼をしアルベルトは部屋から出ていく。

 

 主の考えは甘い。自分と同じ系統の能力者に会うのは、今回が初めてのことだとアルベルトは把握している。過去に主が受けた傷から、そんな考えに至り行動したことは想像に堅くない。

 

 だが、これから先も精神系の能力者に会うたびに心を乱していれば、いつか必ず足元を掬われることになる。そうならないように、フォローをするつもりではあるが、主にはもっと強くなっていただくべく指導していこう。

 

 アルベルトは自室に戻り考えをまとめて眠りにつく。これからの主により一層の繁栄と安寧が訪れることを願いながら。

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