悩める生徒会長
昼休みにユウリが生徒会室に行くとそこには当たり前のようにキーツが自分の机にかけていた。
彼は腕を組み目を閉じており、まるで静止画のように動かなかったが、何か気配を感じたのか、うっすらと目を開けた。
「ん、ユウリか。」
キーツはまだ眠そうな目を擦る。それから大きく延びをすると、焦点のあっていなかった目が、はっきりとユウリの方を見た。
二人が学んでいる教室は同じだが、授業中以外でキーツが教室にいることはそんなに多くない。
彼は教室にいない大抵の時間を生徒会室で過ごしているのだ。教室にいないときは、ここに来れば彼に会うことができるとユウリは知っていた。
「すみません。起こしてしまわれましたね」
「いや、構わんぞ。今日はどうしたのだ?」
だけど、ここで寝ているとは思いませんでしたね。プロトネ祭やシド君のことで休む時間を削ってたのでしょうか。そう思い申し訳なさそうな顔をするユウリにキーツは優しく微笑んだ。
「いえ、チュリッシェちゃんとシド君の任務の方は大丈夫だったかとなと。朝は間に合わなかったので、少々心配になってしまいました。」
ユウリは彼に問いかけながら、自分が普段使っている机に腰を下ろした。
その際にそれとなく能力を使用し、この部屋をロックすることは忘れない。気づいたキーツは簡潔に話した。
「ああ、滞りなく言ったようだぞ」
キーツはことの顛末をユウリに話した。二人の任務のことを始め、朝の報告についてまで流れるように語る。それはとても寝起きだとは思えない明瞭で分かりやすいものだった。
「そうでしたか。それで会長はどう思われたのですか?」
「んー、そうだなぁ。オレはな、シドがオレと同じ考えに行き着いて、あえてそれを指摘しなかったように思えてな」
話を聞いているときからユウリはキーツが、そう考えていることは、なんとなく見てとれた。だが、あえてそれを指摘することで疑惑が確信に変わる。
「シド君達の報告を追求されたのは、そう思ったからですね。ですがなぜですか?」
「シドには他人の感情の起伏を感じとり、嘘を見抜く力があるだろう?それを利用すればマーレ殿の気持ちも分かったのではないかと思ってな。」
「それは考えすぎではありません?」
そこまで想定して朝にキーツが話を運んでいたことにユウリは驚きつつも、チュリッシェが指摘していたのと同じようにユウリも思った。
「ああ、オレもそう思うぞ。」
キーツは一笑いしてから、穏やかな表情をする。
「だがな、考えすぎでも口にせずにはいられなかったのだよ。話を聞けば、マーレ殿はシドと同じく人の精神に関わることの出来る能力者であるのだからな。だが、彼が気づいていなかったのなら口に出すべきではなかった。」
似合わない苦虫を噛み潰したかのような顔をキーツが浮かべたことで、ユウリも彼が何を気にしていたのか気づいた。
「会長は…なんというか、本当にお優しいんですね」
ユウリは朝教室にやって来たキーツの様子がいつもと違う気がしていた。
それは、もしかしたらというようなほんの小さな違和感にすぎなかったが、昼休みが始まりランチもそこそこに教室から出ていった会長を追うには十分な理由だった。
ユウリは来て良かったなと感じ、くすくすと口元に手を当てて笑い声をあげた。
「会長はシド君が自分と同じ精神系の能力者のマーレさんを庇って、そのような調査結果にしたとお思いなんですね」
「その通りだ。」
「それと、この調査をシド君に任せたことを悩んでいらっしゃると」
彼は朝からその事を悩んでいたのだ。自分の発言や采配のせいでシドを傷つけてはいないか考えていたのだろう。
「…ああ」
ユウリの指摘が的を射ていたことで、ますますキーツは顔をしかめた。
「そんなお顔をされなくてもきっと大丈夫ですわ。彼が本当に会長と同じ考えに気づいていようといまいと、シド君はご自分で答えを考えて、その報告書を提出したのですから。」
ユウリから見て、シドは強い人だと感じていた。前のシドもその兆候はあったが、今のシドはさらに強い。
それは覚悟を決めた人間の強さというものだとユウリは感じ取っていた。そんなシドがその程度の調査で気持ちを落ち込ませるわけがない。それに…
「それにチュリッシェちゃんがいましたし。彼女ならシド君が無茶をしそうであれば止めてくれたでしょう」
彼女は最初に今のシドに出会った時、すごい勢いで噛みついた態度をとってはいたが、それでも彼を嫌った様子ではなかった。
面倒見のいいチュリッシェちゃんなら必ずシド君の力になってくれたはずです。そんな風にユウリは思う。
キーツは人に頼るより、まず、自分で全てか抱えてしまう。そんな彼を頼りがいのあるように感じる反面、もっと私達生徒会の仲間を頼ってほしいとも思う。
みんな、それぞれ強い力を持つ人達だし生徒会メンバーは会長をサポートするために存在するのだから。
そんな気持ちを込めてユウリはなおも続けた。
「会長はもっとみんなを信じてどっしり構えていればいいのですよ」
ユウリの気持ちが伝わったのか、キーツは笑いながら頭を掻いた。手の動きに合わせ、彼の金髪が揺れる。
「そうだな、柄にもなく考え過ぎてしまったな。悪かったなユウリよ。」
「いえいえ、そんなことありませんわ。」
いつもの調子に戻った二人は穏やかに笑い合う。もう大丈夫だろうとユウリはロックしていた部屋を解放する。
時間にして十分程度の能力の使用はそれなりに疲労を得てしまったものの、それ以上に価値のある時間を得られた。
「お二人ともほんっとうに甘いっすね。」
ロックを解除したとたん、飛び込んできた影は乱暴にドアを閉めて、キーツとユウリに言いはなった。
その少年は暗い藍色の髪を無造作に散らし、アメジストのような不思議な色合いの瞳が鋭い輝きを放っていた。
「久しいな。リャッカよ」
キーツは余裕のあるいつもの顔つきで、机の上で指を組むとその乱入者の名前を呼んだ。
「そうだっけか?この間会ったばかりだろ。頼まれていた調査結果を報告に来たぜ、先輩方。」
ユウリはそれを聞いて、すぐさま部屋にロックをかけ直した。
ここまで頻繁に使ったら午後の授業にも影響が出てしまうかもしれないなと頭をよぎるも仕方がないだろう。
むしろ、今ここに自分がいることが出来てよかったと思う。
「怖い顔すんなよ、ヒイラギ先輩。美人が台無しだぜ?」
「ユウリが能力を使ってくれている間に報告を頼むぞ。リャッカよ」
ユウリに茶々を入れるリャッカの気をキーツは自分に向ける。
リャッカはそんなキーツに若干不機嫌な色を見せたものの報告を始めた。
この昼休みはまだまだ長くなりそうですね。ユウリはそう思った。




