翌朝の生徒会室で
生徒会メンバー(一部)の朝は早い。部活動での朝練習がある生徒すらまだ登校していない早朝。シドとチュリッシェは生徒会長キーツに昨日のシークレットジョブの報告をしていた。
シドがとチュリッシェがそれぞれ自宅で作ってきた報告書をキーツに渡し読んでもらっているのだ。
「二人とも昨日はご苦労だったな。調査が終わった後、今回の依頼主であるイフ・カーマイン殿よりその後の結果とお礼の連絡があったぞ」
報告書を読み終えたキーツが二人に労いの言葉をかける。
「イフさんから連絡が来たと言うことはマーレさんの検査の結果も出たんですか?」
「ああ、その通りだ。マイスイートシスター。君達が予想した通り、イフ殿の姪御にあたるマーレ殿は能力者であることが判明した。その能力は自分の指定した任意のものを他者に認知出来なくさせる能力だそうだ。」
「ものを見えなくする能力?」
シドとチュリッシェは二人揃って、キーツの言葉をおうむ返しに返す。
「そうだ。もっと具体的に言うとだな。例えばこの報告書にその能力を使うとする。」
キーツは先程まで目を通していた報告書を右手で持って二人に示す。
「そうすると、いくらここに報告書があったとしても報告書がないように脳を誤解させるから視覚だけでなく、聴覚や触覚でも感知させないことが出きるそうだ。」
「あー、それでいくら探しても出てこないわけですね。見えないんじゃなくて、そこにあるのにそこにあることが分からなくなっちゃうんだから」
チュリッシェがも納得がいったというような顔をする。キーツはそれを聞いて愉快そうににんまりと笑った。
「それがこの能力のポイントだ。よく気づいたな、マイスイートシスターよ。ご褒美にお兄様が頭を撫でてやろう」
「…会長、そのキャラ作りはもういいですから。話を続けて」
あっ、それキャラ作りだったのか。初めて会った時の会長と今日までの会長の態度が違っているなと感じてはいたが、キャラ造りだとは思わなかったなとシドは笑いをこらえた。
「んっ、マイスイートハートよ。なぜうつむき微かに肩を震わせているのだ?」
「だから、もういいですから」
分かっているくせに聞いてくるキーツをチュリッシェは嗜める。
「なんだ、マイスイートシスターよ」
「しつこいわ!」
物が飛ぶことはなかったが、出会った当初のようにチュリッシェがキーツに怒った。どうやら彼女の方はキャラ造りではないようだ。
「はっはっは。すまない、すまない。シドが休学する前からマイスイートハートとは呼んだことはなかったな。もちろん、チュリッシェやティムのことも、そんな風に呼んだことはないぞ。いつも冷静なシドのリアクションが見たいとティムが頼むもんでな。初日はあんな感じになったのだよ」
ティムの奴か。あいつが持ちかけたのならあの状況も納得だ。まったく、奴の好奇心は時々度を越すことがあるな。呆れてしまうシドだったが、誰にも悪気がないのは分かっているので、これは水に流すため笑って答える。
「いえ、気にしてませんから」
「そうか、それならよかったぞ。では、話を戻すか。これからは、マーレ殿に能力があることを頭に入れた上で何点か聞きたいことがある。」
キーツはにんまりした顔を潜め仕事モードに入った。シドとチュリッシェは静かに言葉の続きを待った。
「まず塾に潜入していた時だ。休憩時間にてシドは怪しいものを六人の生徒に絞っていたのだったな。なのにどうして、授業終了時はマーレ殿が怪しいと言い当てることができたのだ?」
チュリッシェがシドの方を見る。その目が「あんたが答えなさい」と言っているような気がした。
「報告書に書いた通りです。その六人は後半不振な点がなかったですし能力多用後の後遺症がありませんでした。それと同時にマーレさんにそれらしき症状が現れていたから、そう考えました。」
「それだけでか?」
「はい」
キーツが再度問い直して来たのでシドは直も力強く頷いた。
「そうか。では、チュリッシェの報告書の方に書いてあった、塾を出た後の君とマーレ殿のやり取りはどういうことだったのか?」
キーツが言っているのは二人が塾から帰るとき、マーレが急いでおってきて、かわしたあの会話のことだ。それにはチュリッシェが答えた。
「それは、マーレさんが自分の能力で起きた騒ぎについて、解決の糸口を見せたシドにお礼が言いたかったんじゃないですか?」
「なるほどな」
「あーー、もー、会長!何か言いたいならはっきり言ってください。回りくどいです」
直も顎に手を当てたまま姿勢で何かを考え込んでいるキーツにチュリッシェが言った。キーツは案外すんなりとわけを話してくれる。
「いや、報告書にはマーレ殿の能力が暴発したことによる事件と結論付けられてるな。それが、オレにはどうも違和感を覚えたのだ。」
「違和感?」
キーツの言葉に二人は首をかしげる。
「オレにはマーレ殿が意図的に能力を使い授業の妨害をしていたように思ったのだ。」
シドは思わず息を飲み、そんなシドをキーツは見つめた。徐々に登校して来る生徒が出てきたのだろう。窓の外からは朝練の生徒たちの掛け声が聞こえる。
「意図的にってどういうことです?」
僅かながら潜められたチュリッシェの声が生徒会室に響く。
「そのままの意味だぞ。そう考えた方が納得がいくことがあるのだよ。」
「どんなことですか?」
今度はシドからキーツに聞き返した。キーツはそれに指を折り数えるようにしながら根拠を口にした。
「彼女が能力の暴発を起こしていたのなら、物がなくなる騒ぎが塾で起こっている間、自宅でその現象が起こらなかったのはなぜかと思ってしまったのだよ」
「あっ」
「もし、暴発が起きていたなら教室の中だけでなく彼女の家でも起こっていたはずなのだ。彼女は能力の可能性があることに気づけたはずだ。」
「確かにそうですね」
「で、でも、シドがイフさんに話した通り、プレッシャーがかかる場にいると能力が暴発してしまうということもありますよね?」
チュリッシェがシドを不審がるのではなく、庇ってくれるような発言をしてくれていることに、シドは嬉しく感じた。
「ああ、そうだな。だから、オレの考えすぎだとも思ったが、念のため確認させてもらったのだよ。そう考えると彼女が帰り際の君達にお礼をいいに来たことも、能力多用による後遺症を引き起こしたのも、理由付く気がしてな」
「会長はどんな理由だと思ったんですか?」
廊下の喧騒が生徒会室にまで聞こえてくる。時計を見ると報告書を見てもらってから、30分ほど時間がたっていたが、ホームルームまではまだ時間がある。シドはそう計算してキーツに問う。
「もし、マーレ殿が意図的に能力を使ったとしたら、それらの行動は恐らく、自分の行動を止めて欲しくてやったのではないかと思うんだ。」
「止めて欲しくて…ですか」
「ああ。だがこれは全てオレの推測でしかないからな。報告書を読んだだけで、実際に現場にいったわけでもない。本当のことは分からんし、調べようもないだろう。」
キーツはにかっと笑い白い歯を見せた。話はこれで終わりとも言うように、二人が提出した報告書を机でトントンとまとめ、資料棚にそれをしまう。
「さて、そろそろ教室へいかないとならない時間だな、二人とも朝からご苦労だった。また、放課後によろしく頼むぞ!」
資料棚の前で朗らかに話したキーツに見送られシドとチュリッシェの二人は生徒会室をでた。
教室の方向は同じである。シドが道中でチュリッシェに会長の話をどう思ったか聞いてみると、彼女はどこ吹く風な様子だった。
「そんなこと気にしたって仕方ないでしょ?イフさんやマーレさんの方では解決に向かっているだろうし、気にするだけ無駄よ」
そこまでの気にしなさにシドは清々しささえ覚えたが、まったくもってそうだなと思う気持ちがあった。
「じゃあ、これで。お疲れ様」
プロトネ学園は上級生になればなるほど、上の階の教室で学ぶというシステムになっている。一年生の教室がある解で、チュリッシェは軽く右手をあげ階段を上っていく。
「お疲れ様です」
「あっ、そうそう」
振り返らないままゆっくりと階段を昇る彼女はシドに告げる。
「あんた中々やるじゃない。これからも頼むわよ」
言い逃げのように階段を昇る足を速めたチュリッシェ。だが、その横顔が笑っていることをシドの目はとらえていた。今回のことで少しはチュリッシェに認めてもらえたかなとシドは感じた。
「あっ、まずい!」
始業のチャイムが鳴り始めた。走ってはならない廊下を走り滑り込むように教室に入る。兄なら…シドならこうはならないだろうなと彼は思う。だけど、兄との違いに戸惑うよりも、一層努力を積み重ねるべきだ。今はまだまだ始まりにすぎないのだから。
「んじゃー、ホームルーム始めるぞ」
今日もだるそうな担任がホームルームを開始したのを聞きながら、シドはそんな思いを募らせていくのだった。




