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偽主  作者: シュカ
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シドの考察

「このようなことになってしまった以上、このまま塾を経営していくのは難しいかもしれない。」


自分のクラスの生徒達を帰した後、イフは事務室で難しい顔でため息混じりにそう言った。シドとチュリッシェはマーレを事務室の奥にある休憩室に連れていった後、最初にここに訪れたときと同じソファに座っていた。


「確かに今のままでは危険かもしれませんが、私達はそれを何とかするためにここに来ました。前向きに対処していきましょう。きっと解決できます。」


チュリッシェが明るい声を出す。シドは後半能力を多用しすぎて、平静を装うので精一杯であったため、その間はチュリッシェが対応してくれていた。


「そうね。ここで弱気になったらおしまい。頑張らなくてはね」


両頬を軽く手で張ってイフは力なく笑った。気丈に見えてはいたが、連日のトラブルと今日の騒ぎで大分憔悴しているのは分かった。塾長は相変わらず来たときと同じ姿勢のまま目を閉じているので眠っているのかもしれない。


僕も行動を起こさなければ。シドはまだ体に襲ってきている疲弊をこらえ口にする。


「あの、お疲れのとこ申し訳ないんですがイフさん。今日の授業に出てみて分かったことを整理しようと思うのです。ご協力お願い出来ますか?」


「ええ、もちろん。早く何とかしたいもの。」


シドはイフからの了承を受けた。チュリッシェの方を確認すると彼女はこくんと頷いた。話を続ける。


「今日の授業の前半部、消失が起こったのは授業半ばのことです。消えたものはマーレさんが手に持っていたペンでした。その時はマーレさんは少し動揺をしていたものの生徒達は特に騒ぐこともなく落ち着いている様子でした。事が起こったので能力を使って確認しましたら、その中の六人が多少の動揺を見せていました。」


「シド君は能力持ちなのよね。」


「はい。弱い力ですが、こういう調査には便利な能力です。」


精神感応系の能力というものは他人に忌避されやすいものとシドは経験上知っていたので能力については微妙にぼかした。幸いそこには疑問を持たれなかった。


「そう。心強いね。じゃあ、その六人の誰かなの?」


「いえ、単に動揺をしていたというだけです。それだけで怪しいというのはどうかと思いましたが、あくまで手がかりとして調査の対象としました」


「そうよね。それで、どうだったの?」


イフは結論を急いでいる。これまでの事を考えると当然だと思う。…が、シドは話しながら悩んでいた。真実をどのように伝えるか。彼は今日の授業での能力多用で大方の事情を掴んでいたが、それをどう話したらよいものか迷っていた。だから、順を追って説明する。自分が抱いた考えが確かであるかを確認するためにも。


「休憩時間で彼女と意見を交換し、後半に望みました。ですが後半はご存じの通りあの騒ぎです。なくなったものは確認できただけで、ペン。生徒用のプリント、ノート、消ゴムなどの文房具や小物。教室内に置かれていた物だけでなく生徒の私物もいくつかなくなったようです。騒動の中、自分の物の消失を訴えた生徒がいました。」


「今まであそこまでの騒ぎにはならなかったのにどうして…」


イフは頭が痛むかのように両のこめかみを手で揉んだ。そんな彼女に申し訳ないが真相へ切り込んでいくとする。


このままいくと消えるのは文房具や小物ですまないかもしれないし、どのみちいずれは分かってしまうことだ。それならば、今の早い段階で気づいた方がまだ救いがある。シドは内心で自分に言い聞かせた。


「それは恐らく僕らがやって来たことで、よりプレッシャーをかけてしまったのでしょう」


努めて冷静に、だけど冷たく聞こえないように気を付けながらシドは言う。


「それは…あまり関係ないと思うけど。体験入学生なんて珍しくもないから。生徒達はあなた達の事をプロトネ学園の生徒会だと知らないのよ。」


「その通りです。生徒達は知らなかった。ですが…」


「まさか!」


シドがまだ話している途中にイフは声をあげた。口元を手で覆い、目をこれ以上ないくらい見開く。どうやら彼女も気づいたみたいだ。シドは頷く。


「はい。今回の物の消失という授業の妨害は生徒の仕業ではありません。講師が能力に目覚めてしまったことによって起こったものだと考えます」


それを聞いたイフはシドが思ったほど取り乱しはしなかった。ただ、言葉の続きを待っているように固く手を握りしめていた。


「僕がそのような考えに至ったのはいくつか理由があります。まずは後半時に物の消失が悪化したこと。前半部にペンが消えたことに動揺をし、さらに僕ら生徒会が来たことにプレッシャーを覚えてのことでしょう。チュリッシェ先輩。授業後半に物が消失したとき、休憩時間にお話しした六人の様子はどうでしたか?」


シドの問いかけにチュリッシェは首を横に降った。


「あれほど能力を多用していれば何かしらの兆候は見えるはずだけど、シドが言っていた六人は何ともなさそうだったし不振なところもなかった。物を消すなんて強力な能力なら副作用もあるはずだけど大丈夫そうだったし、その子達はただ単に動揺をしたってだけそう。」


「ありがとうございます。チュリッシェ先輩の言う通り能力の多用は副作用を呼びます。教室内でトラブルが起こった後調子が悪そうな方が一人いました。」


「……マーレね」


耐えきれないといったようにイフが呟いたのは彼女の姪であのクラスの担当講師の名前だった。


「はい。彼女の症状はクラスがパニックになったことで発症したのではなく能力の使いすぎで起こしたものです。現に僕が能力を多用した時の症状と彼女の症状は酷似していました。」


「そう、あの子がそんなことをするなんて…」


少しの沈黙。イフが気持ちを落ち着かせるのを待つ。チュリッシェは真剣な顔つきをしてことの成り行きを見守る体制に入っていた。


「恐らくですが、マーレさんは自分が能力を使っている自覚はないと思います。」


「えっ?」


シドは言葉を慎重に選んでイフに伝えた。


「今日の物の消失の仕方を見ていると、彼女のプレッシャーや不安感が高まった時に能力が発動しているようでした。もしかしたら、今までもそうだったのかもしれません。とにかく、あり得ない形で物が消えた、誰かが妨害してる、何とかしなきゃといったような形で余計にプレッシャーを感じ無自覚で能力を使っているのではないでしょうか。」


「そんなことあり得るの?」


イフの目にすがるような光が灯っているのにシドは気づいた。


「ええ、能力を得たばかりの頃だと、自分で能力が発動していることに気づかなかったりコントロール出来なかったりと言うことが希にあります」


「じゃあ、マーレも」


「はい。」


シドが頷くとイフはいくぶん安心したような顔になった。授業をわざと妨害しているのと無自覚で能力を使っているのでは対応も感情も変わるのであろう。


「それで、今後の対応についてですが。能力持ちの疑いがある場合は専門機関で検査を受ける必要があります。僕らの方で紹介状を用意しましょう。そこで検査を受けて頂き能力持ちか否かの判断を受けてほしいんです。」


シドの話を受けチュリッシェはバックから紹介状をとりだしそこに書き込みをしていく。手際がいいなとシドは思う。


「ええ、分かった。これからでもあの子を連れてそこに行くね」


「よろしくお願いします。これだけ強く能力の力が出ているので結果はすぐに出るはずです。そこでマーレさんに能力持ちという診断が出れば今回の件の原因は判明します。万が一違うという診断が出ればもう一度調査に伺わせてもらいます。」


ここからは診断がおりなければ動きようがないのでシドはそう提案した。チュリッシェが書き終わった紹介状をシドに手渡す。それを丁寧に受け取って。イフに差し出した。


「では、よろしくお願いします」


「ねぇ、シド君。この件がマーレの仕業というなら、これからどうしたらいいのかな」


紹介状を受けとりながらイフはボソッとそう漏らした。


「不安感やプレッシャーが能力の発動に繋がっているのなら、それを取り除くことが一番ですね。ゆっくり休んでもらった後でマーレさんがどう思っているのか話し合ってみるといいかもしれませんね」


にっこりと笑ってそう言うとイフもつられたかのように微笑みを見せた。


「子供の頃からあの子はもともと気が小さくて。いろいろと無理をさせてしまっていたのかもしれない。ありがとう、シド君にチュリッシェちゃん。今回の事でマーレともっと話さなくちゃと思ったわ。もともと、講師の件だって強引に頼んでしまっていたし。」


「まぁ、まだ彼女が能力持ちだと決まったわけではありませんから、そんなに気を張らないでくださいよ」


チュリッシェが久方ぶりに発言した。


「ええ、けど、どっちにしろ話し合いは必要に思えたの」


「ここはもしかしたらこれを気によりよい塾になるかもしれませんね。じゃあ、僕達はそろそろ」


「ありがとう。シド君にチュリッシェちゃん」


二人は立ち上がり帰宅の準備を進めた。塾長が相変わらず寝ていたため、イフに向かって礼をし、改めて挨拶を交わし塾を後にした。


「……あの!」


チュリッシェを連れだって数分歩いたところで後ろから声をかけられた。それはあの塾で聞いた声のどれよりもはっきりとした彼女の声だった。足を止めて振り替えるとそこにはまだ顔色が悪く急いで追ってきたのか息を切らしているマーレがいた。


「マーレさん?どうしたんですか?」


今にも倒れそうなマーレをチュリッシェが慌てて支える。


「……あの、私、イフさんから……聞いて。それで……どうしても…伝えたくって」


息も絶え絶えに彼女は話す。シドとチュリッシェはそれを黙って聞いていた。


「ありがとうございました」


一つ深呼吸し一際はっきりした声でマーレは話、頭を下げた。そんな彼女にシドは告げる。


「マーレさん、もういいんです。後はイフさんとゆっくり話してみてください。きっと、上手くやっていけますよ」


「……ありがとうございます」


もう一度頭を下げた彼女の声は何かをこらえてるかのように震えていたが頭を上げたときにはそれは収まっていた。塾まで送ると申し出た二人だったがマーレがそれを頑なに固持したたため彼女が塾に戻るのを見送ってから帰路につく。


あらかじめ学園には戻らないことをチュリッシェがキーツに伝えてくれていたため、この日はこのまま家に帰ることとなった。商店街があった道を来たときとは反対に向けて歩く。


「じゃあ、ここで」


商店街の入り口付近でチュリッシェは足を止めた。彼女の家はここから右手の方角にあるということだった。シドの屋敷は左手側にある。


「帰り道一人で大丈夫ですか?」


「平気よ、いつものことだもん。あんたの方こそ気をつけて帰んなさい」


確認してみたもののあっさりと返され、チュリッシェは右手の道を歩き出した。その背中に声をかける。


「今日はありがとうございました。お疲れ様でした」


「ええ、お疲れ様」


振り返ったその顔には気のせいかもしれないが一瞬だが笑みが浮かんでいるように見えた。そんな彼女の姿が見えなくなるまでシドは見届けてから家に帰るのであった。



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