塾へ
「ハルさんありがとうございました」
ミコルの店の入口にて、シドとチュリッシェは口を揃えてディハルドに挨拶をした。
「服の料金はいつものように服を返す時にお届けします」
「いいのよー。そんなの気にしないで。後輩ちゃん達が頑張っているなら、先輩が力を貸さないとね」
かしこまったチュリッシェにウィンクをしながらディハルドは告げる。
「ありがとうございます。では、行ってきます。」
「いってらっしゃーい」
大きく手を降って見送ってくれたディハルドにシドはもう一度お辞儀をして先を行くチュリッシェの後に続いた。
「なかなか、強烈な方でしたね」
「ハルさんは生徒会時代に数々の伝説を残した先輩だから、機会があればいろいろ聞いてみるといいわ。当時は能力関係なしに対人戦では敵なしだったって伝説もあるの」
生徒会にいる以上、シークレットジョブは避けられない。時にはトラブルの仲裁のため争いごとに身を投じる場合もある。そんな環境のなかにいながらで対人戦で敵なしだったというのは恐ろしい話である。そんな話をしながら歩いていくと、いよいよ今回の目的地が見えてきた。
私塾であるそれは町の外れに位置していた。なんでも静かで落ち着いて勉強ができる環境を求めた結果町の外れという場所に落ち着いたということだ。ベージュ色の壁に赤色の屋根が印象的な二階建ての塾だ。
「ここは、一階が事務室、二階が教室になっているの。それぞれに入口があるらしいんだけど私たちはまず一階の事務室に挨拶に行くわ」
「分かりました」
塾が視認できる位置で立ち止まり、周りに人がいないときを見計らいチュリッシェが指導した。それに返事し二人で一階への入口へ向かう。ノックをして入るとそこには三人の人物がいた。
うち一人が男性で二人が女性であった。男性が一番年配そうだ。ツルツル頭で恰幅のよい人だ。何となく大きな卵をイメージさせる外見だ。女性二人は一人が壮年でもう一人は少女と女性の中間のような見た目をした若人だった。
壮年の女性は赤茶の髪を肩のところで切り揃えたヘアースタイルで目力が強い。若い方の女性は壮年の女性と同じ赤茶の髪を胸の辺りまで伸ばしており前髪も長い。目元にかかる長さであった。彼女は子犬のようにおどおどとしている。
「あら、あなた達は?」
壮年の女性の方が柔らかなアルトの声をかけてくれた。シドはズボンの右ポケットから生徒手帳を取りだしそれを女性に示した
「僕達はプロトネ学園の生徒会です。僕はシド・クローバード、隣の彼女はチュリッシェ・ユースフォルトといいます。今回は僕達にご相談いただきましてありがとうございます。」
今回はシドがメインになるということが決められていたのでここからはシドが主導になってことを進める。
「そう。プロトネ学園の生徒会さんね。来てくれてありがとう。私はここの講師のイフ・カーマイン。よろしく。私もプロトネ学園のOGで今回依頼させてもらったの。塾長!プロトネ学園の生徒さんが来ましたよ」
パリッとした声で塾長に呼び掛けるイフ。するとぽやぽやとした間延びした声がそれに返答した。
「はいは~い。塾長のギムチャッカ・チャックだよ。二人ともよろしくね~」
「よろしくお願いします」
ポヨンと椅子から立ち上がりそれだけ告げると、ふぅとため息をついた。それからギムチャッカはどかっと椅子に座りすぐに寝息をたて始めた。呆気に取られているとイフから声がかかった
「ごめんなさい。塾長がこんなので。私から相談してもいい?」
「ええ、よろしくお願いします」
「ありがとう。どうぞこちらに」
通されたのは事務室の一角にある応接セットだ。入口から見て奥にシド、手前にチュリッシェが座るとそのタイミングで先程の気弱そうな若い女性がお茶を出してくれた。
「ありがとうございます」
「いえ」
この女性は気が弱い性格なのかびくびくと小さな声で答えた。シド達と対面する形でイフが座る。
「マーレ、あなたも座りなさい。」
「はい」
気弱そうな女性はマーレという名前らしい。イフの隣に彼女が座った所でイフは口を開いた。
「さっそくだけど、あなた方にお願いしたいのは授業を妨害している生徒を他の生徒に悟られることなく特定してほしいの。妨害が起きているのは彼女、マーレ・カーマインのクラスです。子供達は13歳と14歳のクラスで受験生だから難しい時期なの。だから出来るだけ事を荒立てたくはないのだけど出来るかしら?」
「状況にもよりますが善処します」
「ありがとう」
シドが答えるとイフはホッとしたような笑顔になった。
「そういえば、お二人ともカーマインという姓なんですね」
その場を仕切り説明するイフに今までおとなしくしていたチュリッシェが相づちをうった。
「ええ、マーレは私の姪なの。もともと塾長のギムチャッカと私で開いた塾を姪のマーレにも手伝ってもらってるの。」
マーレが控えめに頭を下げた。そうか二人は親戚であったのか、その割りにはあまり似ていないような気がするのは、きびきびしているイフとおどおどとしているマーレの性格に起因しているのかとシドには思えた。
「異変に気づいたのはいつ頃ですか?」
「……十日くらい前です。あの…私がクラスで授業をしていると突然、チョークやプリントがなくなってしまうのです……。最初はみんなもびっくりしてたんですが、今は呆れてしまったみたいで……」
シドが問いかけると、マーレがそれに答えてくれた。イフが補足をする。
「十日ほど前に始めてそれが起こったときマーレは私に相談に来たの。その時には様子を見ようという結論を出したけど、一週間たっても収まらなくてね。もちろん、その間にもそれとなく生徒に能力禁止を呼び掛けたり原因調査をしたんだけどね。私達ではどうしようもなくなって二日前にプロトネ学園の生徒会さんにお願いしたの。」
二日前はシドが復学をしたあの日だ。シドが生徒会室に行く前にでも話が来ていたのだろう。
「そうでしたか。では、事が起きている13、14歳クラスの他にも、同じ場所で授業はしているのですか?」
「いいえ、受験生のためのクラスが二つだけ。マーレと私でそれぞれ同じ時間帯に教えているの。うちは受験生専門の塾だから」
「今はそういう塾もあるんですね。イフさんのクラスでは何か不審なことは起こりませんか?」
「私のクラスは大丈夫よ。」
「分かりました。では、僕らはクラスの方にも行ってみます。」
イフと言葉を交わし必要事項の確認はとれたので次は実際にクラスの方で調査をしよう。シドが立ち上がったのを見てチュリッシェも立ち上がった。
「よろしくお願いね。あなた達は体験受講という名目にしようと思っているの。うちには時々体験入学に来る子もいるから都合がいいと思って。私達から改めての紹介はしないけど、誰か生徒に聞かれたらそう答えてくれる?」
「ええ、分かりました。あの万が一、僕らのことを呼ぶときは家名でなく名前でお願いしたいのですが。」
「ああ、あなたはクローバード家の子だったわね…。話は聞いてるけど、あまり目立ちたくないですもんね。分かった、そうする。マーレも分かった?」
「…はい」
イフは多くは語らなかったものの、クローバード家で起こったことを知っているような素振りだった。根掘り葉掘り聞かれずにすんだことに少々安堵する。
「さっ、そろそろ他の生徒達もやって来る頃ね。教室に行きましょう。マーレ案内してあげて」
「…はい、こちらです」
マーレの案内を受けてシドとチュリッシェは事務室を抜けて教室の方に足を運んだ。