初仕事
次の日の放課後。暦の上では11の月の28日である。昨日の話し合いはなかなか有意義な時間だったと思う。
皆からそれぞれ言葉をもらった後は使用人達が屋敷に戻ってき、時間も遅くなっていたためお開きとなったが話さねばいけないことは話すことができた。後の細かいところは、これから追々話していけばいいだろう。
「それにしても遅いな」
シドは一人きりの教室で自分の席にかけていた。というのも昼休みのうちに隣のクラスであるティムに放課後迎えにいくまで教室で待つように言われていたからだ。
特に何をするわけでもなく自分の机に座り待ってはいたが、放課後になってすでに30分以上たっている。
「何かあったのか」
ティムのことだからよっぽどのことがない限り問題はないだろうけど、念のため様子を見に行こう。そう考えたシドが席をたった時ふいに声をかけられた。
「あれー、シド君どこ行くの?」
それは教室の後ろのドアから中に入ってきたティムから発せられたものだった。彼の姿を認めシドは浮かしかけた腰を沈め、もう一度席につき直した。
「いや、特にはどこにもいかないさ。それにしてもティム、遅かったな」
「いやいや、ごめんねー。なっかなか納得してくれなくてさ。説得するの時間がかかっちゃって」
ティムはシドの隣の席の椅子に後ろ前に腰掛け軽い調子で言った。
「説得?」
「あー、どっちにしろ話さないとだしねー。生徒会室でも聞くと思うけどあっちもまだお取り込みちゅーだし先に俺から伝えとくよ」
ティムはいつものようなおちゃらけた口調と表情でいたずらっぽく話し出した。
「それはここで話しても問題ないことなのか?」
言外にシドの正体が漏れるようなことではないよな。という意味を込めて探りをいれる。どうやらティムはそれを正しく読み取ってくれたらしい。
「まったくー、シド君は心配性だね。だいじょーぶだよ、ちゃんと分かってるからさ。俺がここで話すのはシークレットジョブのことだよ。」
「ええと、ちょっと待って。シークレットジョブってそんなにおおっぴらに話すことなのか!」
返す刀で言われたシークレットジョブについ反応して柄にもなく突っ込みをいれてしまった。言ってしまってから、はっとしても遅かった。ティムはそれを見てなおいっそう楽しそうに笑う。
「うんうん。いいねぇそれ。今までのシド君にはなかった面白さだ。俺が何しても常に冷静なシド君だったからね。それくらいのリアクションはほしいよ。」
ティムはなんというかけっこうギリギリのラインで話をするように思える。知らない人が聞けば分からないかもしれないが、知っている人が聞けば一発でわかるような、そんなスリルを彼は楽しんでいるのだろう。
「高等部に入学してそうそうに休学したシド君だからね。知らなくても不思議はないか。」
意味ありげに微笑みながらティムは話す。
「シークレットジョブっていう割りに内緒って訳じゃないから。表だって堂々とは言わないかわり特に秘密にもしていない。」
まぁ、それもそうだろうな。そうでないと僕のところにまでシークレットジョブがあるということが伝わるわけがないか。シドはそう思い当たり納得した。
「あっ、小さな仕事の場合だけどね、大きな仕事は流石に一部の人間にしか伝わらないようにしてるみたいよ」
「そうなのか。じゃあ今回はその小さな仕事って訳か」
「そうそう。今回はね、プロトネ学園のOBからの依頼でOBの経営している塾の生徒にどうも能力者っぽいのがいるらしいんだけど、それがなかなかのやんちゃ者なんだって。授業中にいたずらを繰り返すらしいんだ。それでその能力者を突きとめて妨害を止めてほしいって感じ。」
「なるほどな。能力を使っていたずらをしているのか。あまりおおっぴらにも出来ないことなのか」
「んー、その教室が中学生の受験クラスみたいだからあまり刺激したくないんじゃないのかな。そんな感じの事、会長言ってたよ」
「何にせよそのやんちゃ者のおかげで他の生徒にも被害が出ているなら早めに食い止めないとだな」
「うん。それで調査のメンツなんだけど、簡単そうな内容だし肩慣らしにもいいでしょう?ってことでシド君に行ってほしいんだって。」
「僕一人でか?」
一人で行くことに不安はないがそんな自由行動は出来るわけないよな。そんな風に思いながらも言葉にした。
「ううん。シド君がメインで動いてサポートにチュリッシェ先輩がつく形」
「……チュリッシェ先輩。ということは説得に時間がかかったというのは…」
「ピンポーン。今回の依頼の内容についてでした。」
おめでとうと小さく拍手をするティム。渋っているのは僕と組むという点だろうな。昨日はシドのためならと話してくれてはいたが、組んで仕事となるとまた話は別だろう。
「あっちは会長とユウリ先輩が何とかしてると思うし、そろそろ行ってみようか。」
ぴょんっと椅子から跳び跳ねるように立ってスタスタと歩き始めるティム。椅子を直してからシドはその後を追った。
「なあ、ティム。今回のサポートはチュリッシェ先輩でないとまずいのか?」
シドは少し前を歩くティムを追いかけながら声をかける。
「んー、シド君も嫌なの?」
振り替えってシドが追い付くのを待ちティムは発言した。
隣同士で歩きながらなんとなく小声で反論する。
「そうじゃないけど、先輩があまりにも嫌がっているのなら今回は君と組むとかした方がいいのではないかと思ってね」
「甘いねー、シド君は。甘々だよ。どのみちぶつかる問題だよ?それに今回はおおっぴらに調査出来ないから潜入調査って形になるでしょ。そうなるとシド君とチュリッシェ先輩が適任なんだよね」
「……ああ」
少し考えて思い付いた結論は恐らく当たっているのだろう。答えを聞く前から虚脱感を覚えた。
「中学生に混ざってバレないようにするのは、おチビな君とチュリッシェ先輩がちょーどいいってこと…」
「誰がチビよ!!」
生徒会室の手前でティムは笑い。ドアに手をかけた瞬間ドアがばーんと開いて仁王立ちしたチュリッシェが姿を表した。
「うわっ!よく聞こえましたねー」
ティムは突然現れたチュリッシェにではなく、彼女が話を聞いていたことに驚いたらしい。彼は何となくずれてるなーとシドは思う。
「……シド、ティムから話は聞いたわね。」
「はい。」
「じゃ、行くわよ」
シドとティムの間を颯爽とすり抜けて廊下を歩いていくチュリッシェ。思わずティムと顔を見合わせると、彼は小さく肩をすくめたのち、行ってらっしゃいと言わんばかりに満面の笑顔で手を振ってきた。
「行ってくるよ」
そう言い残してシドはチュリッシェの後を追った。なんだか今日は誰かの後を追っ手ばかりだなと思い、一人で苦笑してしまった。
何はともあれ、これがシドにとって初めてのシークレットジョブだ。
うまくやれるようにいっそう気を引き締めてチュリッシェの隣に並んだ。