エピローグ
それから数ヶ月。会長をリャッカ、副会長をチュリッシェに据えた新生徒会は順調な活動をしていた。
二人の指揮のもと、シド、ティムの両名もさらなる成長を見せ、新メンバーの一年生、エマとヨシュハのよき手本となっていた。
「明日から夏休みに入る。生徒会活動も休みになるが、皆が浮き足立つ夏休みだ。何かあれば俺にすぐ連絡しろよ?」
「はい!」
夏休み前の最後の登校日リャッカの注意に返事をした生徒会メンバー達は夏休みを迎えた。
「明日から夏休みか。早いものだな。帰ろうか、シルヴィア」
「うん」
新生徒会メンバーの中にはシルヴィアの姿もあった。春休み明けの登校日だったあの日。リャッカからの要請でシルヴィアは正式に生徒会メンバーに加わることになったのだった。
元々、生徒会メンバーには人手が足りないと感じていたリャッカはシルヴィアを改めて生徒会に誘ったのだった。内部の事情を知っているし放っておくには惜しいと思ったからだ。
シルヴィアには去年のリャッカのようにシークレットジョブを専門とした生徒会メンバーという立ち位置が与えられた。
リャッカが会長となったことで、シークレットジョブの人手が足りなくなったのだ。その穴を埋めるべく、シルヴィアは日々奮闘していた。
元々、シークレットジョブも経験しているシルヴィアは去年のようなトラブルメーカーになることもなく、今のところうまくやっていると言えた。
シドが無事に戻ってきたことで、余裕が生まれたお陰かもしれない。
迎えに来たジェイドの運転する車に二人は乗り込み、これからの予定について話し込んだ。
「夏休みはクローバード社の方が忙しくなるが、休暇も適度にいれて休む時間も作ろう」
「そうだね。キーツ先輩やユウリ先輩とも会う約束をしてるし、その日は開けておかないと」
大学部に進学した二人も順調な生活を送っているようだ。四月のうちは頻繁に生徒会室に顔をだしていた二人だが、最近は来なくなってしまっていた。それぞれの生活が忙しい証拠だろう。
それでも連絡だけは取り合っており、夏休みには生徒会メンバー達と皆で遊びに行こうという話も出ていた。
「今は社の方も軌道にのっているし大きな問題はないね。ただ夏休みには新商品をいくつも出すから、その反響次第だね」
「ああ。だが、レーヴンヴァイスの審査を通った商品だ。子供達に受け入れてもらえるはずだ」
「うん、間違いないね。追加注文が来そうだから早めに準備しているけれど、製産には限界がある。飽きが来ないうちにどれだけ売り込めるか勝負だね」
クローバード社の運営はシドとシルヴィアで行っている。反発がなかったわけではないが、シルヴィアもまた自分の力を社に示し、文句を言わせない状態にしたのだ。
そしていまや、レーヴンヴァイスもクローバード社の要となる部署となった。マーケティングとモニター調査を請け負うこの部署のおかげでより良い商品が売れるようになったのは、数字を見れば明らかだ。
夏休みにあわせて売り出される商品はいくつもあるが、そのどれもが自信作だ。シルヴィアは能力も積極的に使うようになりクローバード社にさらなる発展をもたらしたのだ。
「お帰りなさいませ、坊っちゃま、お嬢様」
「ただいま」
「ただいまー、ナタリー。後でね」
ヘザーとナタリーのお出迎えに二人はそれぞれ荷物を頼む。シルヴィアはナタリーと約束をしていたため、そう言って見せると、ナタリーはニッコリと微笑んだ。
学園から戻ってきての二人の過ごし方は様々だ。ある時はシークレットジョブをし、ある時はクローバード社の仕事をし、その合間を縫って趣味の時間や休息の時間を作っていた。
夜の時間だけはシルヴィアがシドになっていた時と同じ慣習を引き継いでいた。一日に一度の報告会だ。場所はシドの部屋である。
「兄さん、入るよ」
「ああ」
シルヴィアはシドの部屋にある椅子に腰かける。ここがいつもの彼女の定位置だった。その時、シドは大抵ベッドの上で腰かけている。
「あっという間に夏休みだね」
「そうだな。あっという間だった。だが、この数ヶ月で大分感覚を取り戻せた気がするな」
「兄さんは眠っていた時間が長かったからね。感覚を戻すのにもそれは時間がかかるよ。その割りに体育は好成績だったけど。普通は眠っている間に体力が落ちたりするんじゃないの?」
シルヴィアはジトっとした目でシドのことを見た。シドは苦笑を浮かべる。
「動くのは好きだからな。リハビリしてるんだよ。これでもまだ完全には戻ってないぞ。ティムにもいじられてるだろ?」
「あー。ティムはしょうがないよ。私もターゲットにされてるし」
シルヴィアもシドと同じような苦笑を浮かべた。そこで部屋に控えめなノックが響く。
「入れ」
「失礼いたします」
やって来たのはアルベルトだ。彼はドアの前に姿勢よく立つ。そんな彼にシドは声をかける。
「椅子にかけろ。立ったままでは話もしにくいだろ。毎回言わせるな」
「私は従者の身ですので。主から許しが得られない限り、自ら行動することはできません」
アルベルトは手慣れた様子で椅子にかける。報告会は毎夜この三人で行われる。語らうのは仕事のことや学園のことを始め様々だ。
「本日の屋敷の様子には特に問題がありませんでした」
「そうか。僕も今日一日は何事もなく過ごした」
「私も。明日から夏休みってことくらいで特になにも」
「お二人が何事もなく一日をお過ごしになれたこと、嬉しく思います」
この夜の報告会は以前はあの事件の情報について共有する時間だった。事件が解決し、真実がつまびらやかになった今、問題など特になかった。
それでもこの報告会が続いているのは、昔からの主従の三人が友のように語らう場がほしかったからなのかもしれない。
「もう夏休みですか。お二人はご用事がおありですか?」
「いや、今のところはシークレットジョブと仕事以外は予定にないよ」
「ああ、夏休み後半には生徒会メンバーで集まろうと思うがな」
「左様ですか。貴重な夏休み、どうぞお楽しみください」
それから少しの沈黙があり、シドが再び発言をする。
「シルヴィア、聞きたいことがある」
「なに?」
シドは珍しくためらいを見せた。シルヴィアは首をかしげてその言葉を待った。アルベルトも同様に静かにシドの言う言葉を待っている。
「シルヴィアは今、幸せか?」
「えっ?」
「シルヴィアは真実を見つけるために僕として生活をしていたな。その中で、僕として生きることを楽しんでいるようにも見えたとアルベルトは言っていた」
シルヴィアははっとしてアルベルトを見る。アルベルトはシドの話を受け言葉を重ねた。
「シルヴィア様との生活についてシド様にご説明した時、そのような話をしたことがありました。あくまで私の主観ですが、シド様は気にされてしまったのですね。申し訳ございません」
「アルベルトには見てきたありのままを語ってもらっただけだ。その上で、シルヴィアが楽しそうにも見えたなら、僕はそのシルヴィアの場所を奪っていないかと思ってな。ここしばらく過ごしてみて、今シルヴィアはどう思っている?」
シルヴィアはシドの言うことがようやく分かった。シドはまた自分が妹の居場所を奪ってはいないか心配していたのだ。だが、シルヴィアからすれば、それはいらない心配である。
「私は兄さんが戻ってきて本当に嬉しい。居場所が奪われたなんて思ってもいないよ。元々兄さんがいた場所を兄さんに返しただけ」
シルヴィアは考え考え、自分の思いを言葉にしていく。
「私の居場所もちゃんとあるよ。そこには兄さんがいて、アルベルトがいて、屋敷の皆がいて、生徒会のメンバーや友達がいてクローバード社の皆がいる。だから私は今すごく幸せ」
「そうか」
シルヴィアは屈託なく笑う。シドは安心したように微笑み、アルベルトはじっと二人を見守った。
「なんか、そんなこと気にするなんて兄さんらしくないね」
「僕だってそういうことを考えることもある」
「そっか」
「私にはお二人とも今楽しそうに見えますよ」
アルベルトは優しく目を細めた。
「そうだな。僕も今とても充実している」
「そうそう。これから皆でもっと楽しいことしようよ」
「ああ、もちろんだ」
「夏休み、最高の思い出を作ろうね」
シルヴィアが声をあげると、シドとアルベルトは微笑みを交わした。
あの事件のことは忘れることは出来ないけど、月日は進み、それは思い出となっている。
いつどこで何があるか分からない。そんなことを思わせる事件だった。だからこそ、それを乗り越えたシルヴィアは周りにいる人達を大事にし過ごしている。
真実は彼女を少し大人にし強くしたのだった。