クローバード家での話し合い2
「まずは僕の昔話から聞いてください」
アルベルトから促されたシド。前置きをして話始める。
「昨日もお話ししましたが僕とシドは双子で生まれました。そんな僕らの遊び相手兼世話役がこのアルベルトだったのです。僕らは幼い頃からアルベルトのことを兄のように慕って穏やかに成長していきました。」
皆は横やりを入れず真剣に話を聞いてくれていた。アルベルトも口を閉じて、静かに控えていた。紅茶を一口飲んで続ける。
「ですが今から10年前、僕が5歳になったときに僕の能力が判明しました。5歳の時に全国民が受ける検査の結果、僕は生まれながらの能力持ちであることが判明したのです。」
この国では、毎年5歳になる子供に対し能力持ちかそうでないかの検査を行う。脳波を計りその波形で能力持ちかどうか、またどんな系統の能力を持っているか検査する。余談だが、後天的に能力を得たものにはその際に兆候がでるので再検査を行い認定される。
「父は僕の能力を好ましく思いませんでした。僕の能力は精神感応系でしたから。自分の内面を読まれるかもしれない、そう考えたら疎まれるのもわかります。そう思われたのでしょう。次第に父は僕を遠ざけるようになり、終いには僕は屋敷の一室に軟禁されることになりました。」
あまり衝撃を与えないようにさらっと話してみたものの、それでも皆の衝撃はゼロではなかったようだ。すましているのはアルベルトだけで大なり小なり顔に同様が現れた。
「だから、僕は5歳からの10年間ほとんど外に出たことがないんです。僕がその10年間で接触することができたのは兄と世話役のアルベルトだけでした。どうして僕だけこんな目に遭うのかと思ったこともありましたが、僕に会うのを禁じられていたはずなのに、二人が頻繁に来てくれたお陰で心強かったのを覚えています。」
「へぇー、だからチュリッシェ先輩の調査でもシド君のことは何も出てこなかったんだね。変だと思ったんだー、クローバード家の子供だってのに公式にも非公式にも情報が載ってないんだもん。」
ティムがのほほんとした口調で相づちを打った。
「ああ。流石に子供を軟禁するのはクローバード家のメンツに関わるから。産まれた病院の記録も当時クローバード家に仕えていた使用人の記憶もその他全てにおいて徹底的に僕がいたという証しは5歳の時点でなかったことにされているよ。父の片腕と呼ばれていた先代執事がそういうことに長けている能力者だったから結構簡単だったみたいだ。」
「そうだったのか。クローバード家でそのようなことが行われていたとは知らなかったな。君も大変な半生を過ごしてきたのだな」
ティムに向けて放った言葉だったがそれにはどこかが痛むような顔をしたキーツが答えた。それからは場が静まってしまい重い空気になってしまったので一時休憩をとることにした。シドはアルベルトに皆の紅茶を入れ直すように命じた。
アルベルトが紅茶を注ぎ終わり一段落したところで口を開いたのは意外にもチュリッシェだった。
「あんた、どうしてシドになろうとしたの」
チュリッシェの問いはいつも直球。彼女のそんなところにシドは好感を抱いていた。
「シークレットジョブが目的というのもあります。ですが一番の目的はシド・クローバードが生きているということでクローバード家がまだ終わっていないということをアピールしたかったんです。突如現れたシドの妹よりもシドが生きていて当主を継いだという方がまだ現実的だと思いました。事件の犯人も死んだはずのシドが生きていると知ればほおっておくわけにもいかないでしょう。」
「そんなことにシドの名前を利用するんだ。それって自己満足じゃないの」
ふんっと小さく鼻をならし、品定めするような視線をチュリッシェから向けられた。それをまっすぐに受け止めてシドは答える。
「利用しているのかもしれません。それでも、真実を追い求めると僕は誓いました。僕のためにもシドのためにも」
「そう」
不機嫌な顔つきは変わらなかったがチュリッシェはそれで引き下がった。
「我が主。僭越ながら発言させていただいてもよろしいでしょうか?」
背後に控えていたアルベルトが口を開いた。
「ああ」
「ありがとうございます。私はシド様のご命令で事件について調べさせていただいております。昨日シド様よりお話したこととも思いましたが、何か力になるやも知れません。私からも皆様にご説明させていただきたいのです。」
生徒会メンバーにアルベルトは語りかける。ある程度話が進んでそれが行き詰まったら、アルベルトから事件の話をすること、これも昨日のうちに話し合っていたことだ。
「彼を生徒会メンバーとして迎えるからには、我々もこの先、その事件に関わることだろうな。そのためにも出来るだけ多くの情報がほしいのだ。執事殿には是非話を聞かせてほしい。」
キーツが気を引き締めた顔つきになりティムの目にほんの少しだけ好戦的な光が浮かんだ。
「かしこまりました。では、僭越ながら私から話をさせていただきます。事件が起こったのは半年前、正確には5の月の23日、夕方から夜にかけての出来事だと推測されます。」
静かな部屋の中にまるで物語を語るかのような朗々とした口調でアルベルトは話す。
「場所はサヒトナの国の東部に位置するヤウスの海岸沿いです。当時の当主であったエルヴィス様、その奥方のエレーナ様、そしてシド様は商談に行かれてました。前々からヤウスのナーバル様と話し合いを重ねており事件当日は新作の商品を販売するための打ち合わせをお約束しておりました。その道中の出来事のようです」
もう何回も確認している事件報告。生徒会メンバーはどのような反応を見せるのだろう。シドは黙したまま様子を伺った
「エルヴィス様とエレーナ様は二人寄り添うように、少し離れてシド様がうつ伏せで横たわっておりました。ナーバル様から旦那様がたが到着しておらず連絡もとれないことを聞き私が現場に駆けつけたときには…ご夫妻もシド様ももう亡くなられておりました。その護衛としてSPや従者が10人ほど付き添っておりましたが、いずれも生死不明のうえ行方が知れていません」
昨日シドから簡潔にだが話していたお陰か、誰もそこまで取り乱すようなことはなかった。新たな情報にユウリが反応する。
「シド君やご両親だけでなく10人の人々が行方不明ですか。なかなか考えがたいですわね。」
可愛らしく眉間にシワを寄せたユウリをアルベルトが見る。
「ええ、ですが行方不明であるその10人の使用人を見つけ出すことが出来ればこの事件も解決へ近づくはずなのです」
「我々、生徒会としてはシークレットジョブを通しその使用人達の手掛かりをつかむ方向で動けばよいだろうか」
「はい。それと……シド様」
キーツが思案顔のまま口にした言葉に答えつつ、アルベルトはシドに呼び掛ける。それに答えビニールに入れられたプロトネ学園の校章を皆に見えるように机の上においた。
「ああ。これの件だな」
「そうでございます。もとより人通りが少ない場所です。私が連絡を受け現場にたどり着いたのは同日の深夜でしたが荒らされた形跡などはありませんでした。旦那様方を保護させていただいた後、何か手掛かりがないかと探させていただいた結果そちらの校章を見つけました。」
「それが昨日彼女が見せてくれた校章だな」
「はい。当時シド様は制服ではなくスーツをお召しになっておりましたし、お部屋にシド様のものと思われる校章が存在したことから、これは事件現場に居合わせたどなたかのものと見受けられます。こちらの持ち主の手掛かりもあわせて捜索していただきたいのです。」
アルベルトはそこでいったん言葉を区切り、それからシドに向かって伺った。
「私の説明は以上となります。お付き合いいただきましてありがとうございました。シド様、私に何か至らぬ点はございましたでしょうか?」
少々芝居ががかった仕草で礼をしてアルベルトは説明を終えた。
「いや、ご苦労だった。皆さん今アルベルトが話したことが今僕らが掴んでいる全ての内容です。」
「執事殿ありがとう。おかげでオレ達にも話が分かってきたようだ。つまり今後君は使用人や校章の持ち主を探すために動くということでよいのだな。」
キーツはアルベルトをねぎらい、シドに今後の動向を再確認する。
それに首肯し、さらに言葉を重ねた。
「はい、その通りです。皆さんには本当に申し訳ありませんがよろしくお願いします」
この半年、シドとして生活をするためたくさんの知識を身に付けてきた。その中には当主としての心得なんてものもあり、当主たるもの簡単に頭を下げてはならないという文言があった。
そんなことを思い出しながらも、やはり生徒会の皆さんには申し訳なく感じ許しを得るまで頭を下げるしかないと思ってしまうのだった。
「シドよ、顔をあげてくれ。」
そんな彼を見て、キーツは初めてシドのことを名前で呼んだ。流石にマイスイートハートとは呼ばれなかったが、キーツも何かの気持ちを固めたのだろう。
「君のこととその問題は生徒会会長であるオレが責任をもって請け負うと昨日のうちに話した。それはこの先も変わらないであろう。今の話を聞き、オレはマイスイートハートの無念を晴らしたいといっそう強く感じたのだ。これからは供に解決に向け歩んでいこうではないか。そのために君がシドを語るというのであればオレもとことん付き合おうぞ。だから、憂えるな前を向くのだ。」
「そうですわね。私もあなたとシド君のために頑張らせてもらいますわ」
「あんたはともかくシドのためならしょーがないかな」
「兄にしろ妹にしろ、どっちのシド君もおもしろいからね。いいよ、俺も付き合うよ」
キーツに続き、他の三人もそれぞれの気持ちを言葉にしてくれた。
ユウリは小さくガッツポーズをしながら、チュリッシェは仏頂面でぽつりぽつり言葉をこぼすように、ティムは頭の後ろで手を組み、好奇心を抑えきれぬ表情をしてそれぞれ思いを吐き出した。
これにはシドも完全に不意をつかれた。この場でそんな言葉をもらうことなど想定していなかった。込み上げた熱いものがこぼれないように必死にこらえ前を向いた。そしてにっこり笑ってそんな皆に一言だけ告げた。
「皆さんありがとうございます」