これから
「これからはどうするのだ?」
しばらく静かであった室内でキーツがぽつりと声を発した。求めていた真実へようやくたどり着いたシルヴィアが泣き止むのを見計らって。自分に注目が集まったのをキーツは感じ言葉を追加する。
「シルヴィアは無事真実へとたどり着けたのであろう?それなら今後をどうするかも話しておくべきではないかと思ってな。余計なことだったか?」
キーツは少しだけばつが悪いような様子を見せ、シルヴィアにそう伺った。
「いえ、キーツ先輩の言う通りですね。それは私達だけで話してもいいけど、皆さんもうちょっと付き合ってもらえますか?」
「ここまで付き合ったんだ、いちいち聞く必要はねぇーだろ」
リャッカがじろりとシルヴィアを見る。ティムやチュリッシェは頷き、ユウリは微笑んだ。
「ありがとうございます。それじゃあ、これからのことだけど。アルベルトからはある程度聞いてるんだと思うけど、私からも兄さんに引き継ぎをしたいと思う。それでもう一度入れ替わりを行おう」
「そうだな。僕が生き延びてしまった以上、シルヴィアをいつまでも男として生活させるわけにはいかないな」
シルヴィアの意見にシドはすぐに反応する。彼自身、今回シルヴィアが行った入れ替わりは不本意であったのだ。そこで話は途切れる。やや経ってシドが口を開いた。
「それでシルヴィアはどうしたい?」
「私は…」
悩ましげに視線を落とすシルヴィア。こればかりは彼女自身の気持ちを語ってもらう必要がある。
シルヴィアは皆の顔を見渡した。そして決心をしたように兄を見る。
「私はこの事件が起きるまではこの部屋でずっと過ごしていくんだと思ってた。だけど、クローバード社の運営に関わって大変だったけど会社を動かすのがすごく楽しかった。許されるのなら何らかの形で関わっていたい」
「僕はクローバード社にそこまでのこだわりはないからな。父さん達はもともとシルヴィアに継がせることを考えていたくらいだし。僕も社に関してはシルヴィアに任せて各部門で力を使いたい。運営より現場で皆と仕事するのが僕にはあっている」
シドは柔らかく微笑んだ。シドにとってはずっと思っていたことだったがシルヴィアには驚くことになった。
「それは本当?いつから兄さんはそんな風に考えていたの?」
「本当だよ。考え出したのは中等部にいた頃からだ。各部門を周り仕事を学んでいた時にその考えにたどり着いたんだ。もし、シルヴィアが運営に関わってくれるなら願ってもいないことだな」
きっとその要領のよさでシドはそつなくやっていたんだろうが、その時の笑顔は本当に嬉しそうだった。兄が我慢せずにやりたいことができるならシルヴィアも嬉しい。
「それなら良かったけど、兄さんがいるのに私は表に出ていいのかな?クローバード家に子供は一人しかいないことになっているんでしょ?」
シルヴィアはそれに気づいてシュンとした。
「問題ない。それならやりようはいくらでもあるさ」
いたずらっぽい黒い笑みをシドは浮かべる。実際、クローバード夫妻の所業をバラすことやアルベルトの能力を使うこと、事情があって最近やっと公式にお目見えできるようになったことにするなど手段はいくらでも思い付く。
「さすが兄さんだね…」
「僕として生活してたんだ。シルヴィアだってそのくらい思い付いただろ?」
それらの考えを伝えるとシルヴィアはいくぶん怯んだ。しかし、兄から反撃をくらい苦笑いをする。彼の言う通りシドとして生活をするうちにシルヴィアにもそれぐらいの考えは思い付いていたのだ。
「クローバード社の方はどうにでもなる。他にはどうだ?」
「学園に通いたい。シド・クローバードじゃなくて、シルヴィア・クローバードとして。なんか今さらな気はするんだけどね」
「いーんじゃないの?シド君が復活してシルヴィアちゃんも来たらさ。もっともっと楽しそーだしね。…遊びがいがありそう」
ボソッと呟いたティムに若干の悪寒を覚える。シド共々いじられる未来が容易に想像できむず痒い感じがした。
「もともとシルヴィアにはこの春から学園に通ってもらおうと思ってたくらいだ。多少の修正は必要だろうけど、その計画自体はそのまま実行できるはずだ。ああ、そこにクローバード家におけるシルヴィアを合わせていけば問題は解決しそうだな」
「そうだね。その辺りはまた後で決めようか」
「そうだな。そしてそれには…」
「うん」
直感的にシドが何を考えているかシルヴィアには分かった。やはりそこは双子だということか。
「アルベルト」
シルヴィアが呼び掛ける。目を伏せて黙っていたアルベルトが顔をあげる。シドが頷いた。
「私達にはアルベルトが必要だ。今後もついて来てくれるか?」
「私のようなものをこれからも同行させてくれるのでしょうか。私はお二人に対し、取り返しのつかない過ちを犯しました。シド様の思いをねじ曲げシルヴィア様の生活をいっぺんさせてしまいました。このように主の意にそぐわぬ行動をとり続けた私にクローバード家にいる必要はありません」
シドとシルヴィアは顔を見合わせる。生徒会メンバー達は再び黙して成り行きを見守るスタンスをとった。
「それは私達のことを考えた結果でしょ。私達にそれが必要だとアルベルトが判断したからそうしたんでしょ」
「それにお前に不始末があるのなら主である僕らが正す。その代わり僕達に至らないことがあったならお前が正せ」
「私達にはアルベルトが必要なんだ」
アルベルトは目頭を押さえる。涙は出ていない。こぼれ落ちる前に拭ったのだろうか。いつも余裕を持っているアルベルトのそういう姿は初めて見た。それほどまでに此度のことを思い悩んでいたのだ。
「過分なお言葉本当に恐縮でございます」
「これからもよろしく頼むよ」
シルヴィアは屈託なく笑う。彼女のそんな表情を見るのは久しぶりでアルベルトの頬も自然に綻ぶ。
以前の彼女に戻ったような笑み。それはシドの無事を確認したことと全てがつまびらやかにされたことで憑き物が落ちたかのようだった。
「アルベルト、お前次第だが、僕としてはこれからも僕たち二人に仕えてもらうつもりだ。お前はどう考える」
シドがそんな二人の様子を見て自分の意見を述べる。シドはこういう場で考えを飾る気はない。だからアルベルトが必要だと感じてシドはそう呼び掛けている。
当然それはアルベルトの側にも伝わっている。彼はシルヴィアよりも長い時間をシドと過ごしていたのだ。
「お二人にお許し頂けるのなら、私はこれからも誠心誠意お尽くしいたしたいと思います」
「うん、よろしくね」
「ああ、頼む」
三人は微笑みあう。それを見ていた生徒会メンバー達の間にもホッとした空気が漂った。
「皆さん、今回のことでは大変なご迷惑をお掛けしました」
シドは今度は生徒会メンバー達に声をかける。
「よせシドよ。お前もシルヴィアも我々の仲間だ。水くさい真似はするな」
キーツがいつもの調子でへらっと笑った。良かったなと表情が物語っている。
「俺達の卒業前に決着がついて良かったな。そうだろうユウリよ?」
「ええ、そうですわね。シルヴィアちゃんが学園に来たのはプロトネ祭の前でしたわね。あれからそれほど時間はたっていないのにずいぶん長い時間を過ごした気がしますわ」
ユウリがいうようにシルヴィアが学園に通いだし、加速度的にこの事件は終息を迎えた。
「それは仕方がねーな。こいつはいっつも何かしらの問題を呼び込んできたんだ」
リャッカがふっと笑いチュリッシェがため息をこぼした。
「そうね。最初のシークレットジョブは問題なくいったし、プロトネ祭も楽しめたけど…」
「拉致されたりこうちょーせんせーと退学をかけてゲームするし」
「ちょっと待て。それはまだ聞いていないぞ?どういうことだ」
ティムがケラケラと笑って話したところでシドが身を乗り出した。
「あれ?シド君はまだ聞いてないの?」
「アルベルトから話を聞くには時間が足りなかったんだ。そこまではまだ聞いていない。そういえばクローバード社に部門を追加したというのは聞いたな」
「あー、それとかんけーあるね」
「ティム!ちょっと黙って。兄さんには後で説明するから!」
「んー?そう?」
「うん。お願いだからそれ以上はやめて!」
「しょーがないなあ」
ものすごく楽しそうにティムは笑うがシルヴィアはかなり焦っていた。恐る恐る兄の顔を見る。
「そうだな。シルヴィアからは後できちんと話を聞かなければいけないな。アルベルト、お前もそういう話は知っているだろう。その際は同席してくれ」
「はい、かしこまりました」
「シルヴィア、どうして入学する前から退学するこたになりかけたのか、後、クローバード社に部門を追加した件とか全て話してくれよ。僕にも真実を知る義務がある」
「はい…。兄さん」
ものすごく気は進まないが獲物を仕留める目付きをしたシドからは逃れられそうにもない。笑顔で肩を震わせているティムを怒りたくなったけど、全て事実だからそうもできない。
「お前がやって来たことだ。諦めて兄貴に怒られろ」
「皆、そのくらいにしておけ。シルヴィアはトラブルメーカーではあったが仕事はしっかりこなしていたぞ」
「会長。フォローになっていないですわ」
「むしろとどめね」
リャッカに追撃を受け、キーツのフォローになってないフォローに止めを刺されてシルヴィアは撃沈した。
「皆してひどいです」
「あはは、すまんな。だがシルヴィアのおかげで楽しかったぞ。また春には学園に通うのだろう?俺は卒業してしまうが遊びにいかせてもらうからな。今度はお前がシルヴィア・クローバードとして学園に通ってくることを楽しみにしているぞ」
「はい。またよろしくお願いします」
シルヴィアは頬笑む。シドがそんな彼女を見て仕方なさそうに笑った。
「それまでに報告は終わらせないとな。語ることも聞くこともたくさんあるだろう」
「うん、そうだね」
シドが皆に向かって言う。シルヴィアが返事をし、生徒会メンバーは頷いた。アルベルトも右手を胸に当てる礼をし微笑を浮かべた。
こうしてシルヴィア達の事件は終息を迎える。長かった冬は終わりを迎え春はもうすぐそこまで近づいているのだ。