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偽主  作者: シュカ
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真実へ 3

アルベルトはシドから返事をもらったことでほんの少しだけ安心する。しかし、とても安心していられる状況ではない。急いで車に連れて医療機関に行かなくては。

 

 「シド様。今からお手当てを受けに病院に参ります。少し揺れますがご容赦ください」

 

 「待て……。アルベルト……。手当ては……充分だ。それより……僕の話を聞け。」

 

 「しかし」

 

 「いいから……。時間がないんだ。……命令だ」

 

 アルベルトは迷ったが、主の命令を叶えたいと思った。

 

 「分かりました。しかし、我が主をいつまでも外に横たわらせるわけにはいきません。せめてお車まで」

 

 アルベルトはそっとシドを抱き上げて車の後部座席へ横たえた。なるべく揺らさないようにはしたが、シドは苦しそうな呻き声をあげた。

 

 そんな時間すら惜しいとシドはアルベルトに話し始める。

 

 「いいか……。……アルベルト。……僕の記憶を見ろ。何が……起こったか、それで……分かるだろう」

 

 アルベルトはすぐに従った。シドに話させるよりは負担が少ない。それにアルベルトは生きている人間からしか記憶を見ることが出来ない。

 

 この場で起こったことを知っているのはシドが最後だ。それにシドも時間がないという。考えたくはないが、もしシドが力尽きてしまえばシルヴィアは一人残されてしまう。

 

 せめて、起こった真実だけでも伝える義務が私にはある。アルベルトはシドの記憶を覗いた。

 

 「……これは」

 

 そう思いながら覗いた記憶は残酷なものだった。シルヴィア様のことを当主に据えたがったエルヴィス様。しかし、このような結末を望んでいなかったはずだ。エレーナ様だってシド様とシルヴィア様のことで心を痛めていたのだ。

 

 シド様はシルヴィア様を何よりも大切にしていた。日々、仕事に忙殺されていたのも、シルヴィア様との時間を作るため、ひいてはシルヴィア様を外に出すためだ。だからこそ、今回も私を屋敷に残されたのだ。

 

 クローバード家の誰もこんなことを望んでいない。それなのに、身勝手な理由で彼らを害した使用人達。主の幸福を願わず、自らの出世のみ頭にあった彼ら。

 

 同じ使用人という立ち位置だからこそ、そんな彼らの行動に誰よりも怒ったのはアルベルトだった。

 

 そして何より、これはシルヴィア様になんと説明すればいいのだ。心優しいシルヴィア様がこの事を知ったら、どれ程の悲しみを抱えるだろうか。

 

 家族を害されて当主に据えられ喜ぶ方ではないのだ。長い苦しみに苛まれてしまうだろう。想像しただけでも苦しくなってしまう。

 

 「アルベルト……大丈夫か?」

 

 「はい。ありがとうございます。事態が分かりました」

 

 訝しげに眉を寄せたシドにアルベルトは我に返る。大ケガをし、いつ再び意識を失ってもおかしくない主に気づかわせてしまった自分が恥ずかしい。

 

 「そう…か…。それで……お前……に話したい……のは、シルヴィアのことだ」

 

 「シルヴィア様のこと…」

 

 「そうだ。……シルヴィアが……この事を……知ったら……きっと苦し…ませる」

 

 「シド様……」

 

 「お前が……シルヴィアのことを……支えてくれ」

 

 「もちろんでございます」

 

 シドは自分の命が終わりを迎えると思い伝えるべき言葉を全てアルベルトに託そうとしていた。アルベルトがそう答えると満足そうにふっと笑った。

 

 「それから……これを」

 

 「これはプロトネ学園の校章ですか?」

 

 シドは震える手で校章をアルベルトに渡す。今日は制服でなくスーツを着ている。それなのになぜ学園の校章などを持っているのだろうか。

 

 「これは……僕のじゃない。シルヴィア……のだ。……渡してくれ」

 

 「シルヴィア様の?」

 

 「ああ……。この件が……終わったら……シルヴィアに……渡すつもりだった。……プロトネ学園に……入学出来るんだ。……来年からだがな。……手続きはしている」

 

 「旦那様がお認めになられていたのですか」

 

 アルベルトは目を見張って校章を見た。シドはイタズラっぽく笑みを浮かべる。

 

 「いいや。……僕の…稼ぎから……出して……手続きをした。編入試験は……余裕だったようだ。来年からなら……シルヴィアも学園に……通えるんだ」 

 

 シドはまた自分の記憶を見ろとアルベルトを導く。

 

 どうやらシド様は今までクローバード社で働き、得たお金でシルヴィア様を学園に通わそうとしていたらしい。

 

 編入試験は家庭教師に問題を持たせ、あの軟禁部屋で行わせたようだ。試験であることはシルヴィアにも家庭教師にも知らせずに、自分が作った問題だと偽り家庭教師に預けた。

 

 家庭教師を監視役に頼み試験の様子を撮影していたので、カンニングの心配もないと学園を説得している様子が見えた。

 

 本当は今年から通えるようにしたかったが、時間的に間に合わず来年からになったことをシド様は悔しく思っているようだったが、充分に驚くべき内容だった。

 

 こんな状況であるのにも関わらず、アルベルトはシドに感服せざるを得なかった。

 

 「もし……僕がいなくても……学園で……支えてくれる……友ができれば……きっと……シルヴィアは大丈夫だ。それまで……アルベルト……シルヴィア……を任せたぞ」

 

 「かしこまりました」

 

 アルベルトがそう言うと、シドは安心したように微笑み、再び意識を失った。それからアルベルトはシドを医者に見せ、手当てを受けさせた。その後、ヤウス海岸沿いの道の後始末をし、屋敷に戻ったのだ。

 

 「その後はシルヴィア様に合流し、ご訃報を知らせ今に至ります」

 

 「だいぶ、はしょったな。まぁいい。それで?なぜシルヴィアが僕の振りをして学園に通ってるんだ。そこのところを説明してもらおうか」

 

 アルベルトの話が一段落したところでシドはじっとりとアルベルトを見て発言した。

 

 「ちょっと待って?シドはその事を知らなかったの?」

 

 チュリッシェが意外そうに首をかしげる。シドは苦笑を浮かべた。

 

 「ええ。奇跡的に生きてはいたものの、僕はついこの間まで意識を失っていました。アルベルトからシルヴィアがそうしているとは聞きましたが、どんなに言っても理由を教えてくれなかったもので。僕はちゃんと女子生徒用の制服を準備していたのだがな」

 

 最後はアルベルトに向けた台詞である。アルベルトは一度俯いてから困ったように顔をあげた。シルヴィアは慌てて間に入る。

 

 「それは僕が……じゃなくて私が頼んだからだよ」

 

 「ふふっ」

 

 シドが笑い声を漏らした。シルヴィアが僕という一人称を使ったからだ。それぐらいシドの振りをして生活することが身に付いてしまっていたのだ。恥ずかしくなりながらもシルヴィアは続ける。

 

 「私がアルベルトに頼んだの。兄さんが生きていたことをなくしたくないって。……今思えば兄さんは生きていたんだからそんな必要がなかったのにね」

 

 今度はシルヴィアが苦笑を浮かべる。

 

 「んー?けどさぁ、アルベルトさんはなんで校章をシルヴィアちゃんのだって言わなかったの?」

 

 のんびりした口調で鋭い切り口なのはティムだ。シドがそれに同意する。

 

 「確かにな。僕の命が尽きてしまったというのは、自分でも助からないと思っていたからいいが、校章を手がかりと偽ったのはどうなんだ?」

 

 じとっとした目をシドはアルベルトに向ける。答えたのはシルヴィアだった。

 

 「兄さんやめてよ。アルベルトは私のことを考えた上で、そう判断したんだよ。何か目的がないと駄目になりそうな私に目的をくれたの。だから私は今日にたどり着いた」

 

 真剣に気持ちを伝えるシルヴィアにアルベルトは優しげに微笑んで目礼をした。シドは少し不機嫌な様子になる。

 

 「僕は、アルベルトにシルヴィアを任せるとは言ったが、何も僕の振りをして生活する必要はなかっただろう。シルヴィアだって学園に通えるように準備してたしな」

 

 「まぁ、シドからしたら妹が自分の男の振りをして学園に行くというのはいただけないかもしれないな」

 

 「けど、アルベルトさんの機転でシルヴィアは立ち直れたんでしょ?結果的にシドも元気になったんだしいいんじゃない?」

 

 キーツとチュリッシェが口々に意見する。シドはシルヴィアとアルベルト交互に見てため息を吐いた。

 

 「はぁー、お前らは……。僕の思い通りにはならなかったな。シルヴィアには僕のことを気にせずに学園生活をおくってほしかったのに」

 

 「兄さんのことを気にしないとか無理だよ。大事な家族だもん」

 

 シルヴィアがきっぱりと言うとシドはまた苦笑いを浮かべた。

 

 「お前、すごいブラコンっぽいな」

 

 「あら、シド君もかなりの妹思いですわよ」

 

 あきれた声を出したのはリャッカだ。ユウリが茶目っ気をだす。からかわれた兄妹は揃って頬を赤くする。

 

 「……アルベルトなりにシルヴィアのことを考えてくれた結果だし、過ぎたことは仕方がないな」

 

 シドが取り繕ったように言ったことでアルベルトは安心したようだ。

 

 「ありがとうございます」

 

 「……校章の持ち主が犯人。つまり私が犯人ということか」

 

 呟くように言ったシルヴィアの言葉は予想外に衝撃を生んだ。主にアルベルトとシドに。

 

 「そんなことはございません」

 

 「シルヴィアに落ち度などない」


 二人がほぼ同時に否定した。

 

 「冗談だよ」 

 

 本当は冗談なんて思ってはいなかったが、二人の様子にシルヴィアはそう言って微笑んだ。

 

 きっかけを聞くに自分のせいだと思う感情は拭えないが、二人が真実を明かさずに今日まで来たのは残酷な真実から守ってくれようとしたからだとシルヴィアにも分かっていた。

 

 だからシルヴィアは笑う。シドやアルベルト、キーツ辺りはそんなシルヴィアの心情を理解しており、他の皆も勘づいてはいたが、口に出して指摘するものはいなかった。

 

 シルヴィアはほぅっと息を吐いて全員の顔を見渡す。

 

 「これで真実を知ることができた」

 

 

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