真実へ 2
「あの日は朝からナーバルさんのところの屋敷に向かうべく移動をしていた。道中は遠いからと最初は車を使っていたが、途中でタイヤがパンクしてしまってな。残りの距離も少ないしナーバルさんをお待たせするわけには行かないからと残りの道は徒歩で進むことにしたんだ」
シドは一度目を閉じそれからゆっくり話始めた。リャッカが眉間にシワを寄せる。
「本当にパンクだったのか怪しいもんだな」
「ええ、恐らく使用人に混ざっていた反逆者が仕掛けを作ってパンクさせたのでしょう。通り道で人通りの少ないヤウス海岸道路沿いで、その計画を実行するために」
その可能性が高いとシルヴィアは思う。反逆者はそうとう用意周到に計画をたてていたようだったから。
「道中では特になにも起きなかったな。先頭と後ろは使用人達で父さんと母さんは僕の前を歩いていた。僕の横にはアイヴァーが付き添っていて時おり談笑しながら和やかに進んだよ。そして、ヤウス海岸沿いの道に差し掛かった時、アイヴァーが突然苦しみだした」
光景を想像したのかシドの表情が固くなる。アルベルトが気遣わしげに一歩寄り添った。
「僕はアイヴァーに近づくと突き飛ばされたんだ。僕とアイヴァーの間をすさまじい勢いで空気弾が通りすぎていった。まともに当たっていたら一溜まりもなかったが吹き飛ばされただけですんだ。そうして反逆者達は一ヶ所に集まり敵対し始めた。その能力が他の使用人のものだと分かった彼らは父さんと母さんを守るように彼らに立ちふさがった。」
シルヴィアは肩を押さえられる。隣に座っていたチュリッシェが中腰になりながら、食い入るように身を乗り出したシルヴィアを止めてくれたのだ。その時の兄さんのことを考えればいたたまれなくなった。
取り繕うようにチュリッシェに笑いかけて座り直し、落ち着くためにもアルベルトのいれた紅茶を口にする。
「僕はアイヴァーの身を案じたが能力を使ったのか奴はその場からいなくなった。安心したが今度は父さんと母さんが倒れた。二人の前で庇うように立っていた使用人達は何をされたか分からずに父さん達に呼び掛けたり、反逆者に応戦したりしていた。僕は最初の空気弾で吹き飛ばされた衝撃で動くことができなかった」
「アイヴァーはその時攻撃を受けていたんだ。それのせいで能力が強制発動してしまった。兄さんのそばにいられなかったことを今でも彼は後悔していたよ」
「そうか…今はクローバード社の方にいるんだってな。奴だけでも無事で良かったよ。僕にもっと力があればもっと救うことができたのに…」
シドがぎりっと歯噛みしたのがシルヴィアにも分かった。シルヴィアが声をかけるとシドは首を降って話を続けた。
「兄さん…」
「血液を操る能力持ちデゴイが倒れたのが遠目で見えた。二人が奴の能力でやられたということが僕にも分かったよ。それは使用人達も一緒だったようだ。彼らは僕にも劣らぬほど激昂した。それからは能力持ちもそうでないものも互いを撃ち取ろうとした。血で血を洗うような恐ろしい出来事だった」
思い出しただけでゾッとする出来事だった。何があったのか知りたいと願い。ここまでたどり着いて見せたシルヴィア。彼女には申し訳ないが正直、心優しい妹がその場にいなかったことが唯一の救いだと思っていた。
だからシドはシルヴィアに話すかどうか、彼女がここに来る直前まで悩んでいた。だが、シルヴィアは今もとてもまっすぐにシドを見ている。
強くなったなシルヴィア。
自分がいなかった間、シルヴィアもまた茨の道を進んできたことは想像に固くない。なら、シルヴィアをそうまでさせた決意を僕も受け止める必要がある。
「そうして僕はしばらく戦況を見ていた。敵味方ともどんどん倒れていく状況に見ていることしかできない自分を恥ながらな」
「シド君も被害を受けていたのです。動けなくたって仕方ありません。そんなに自分を攻めないでください」
ユウリが堪えかねたように口にするとシドは弱々しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
「いいえ」
ユウリは優しく微笑み返した。
「やっと動けるようになり立ち上がった時、僕に止めを指すべく反逆者の一人が僕のもとにやって来た。そいつは…父さんの右腕だった執事で、アルベルトに執事の仕事を一から教えたワシャールという男だった」
シルヴィアは思わずルベルトの顔を見る。相変わらず辛そうな顔ではあったが、その話を聞いたのは初めてではなさそうだった。あらかじめ聞いていたのだろう。
「奴は自分の聴覚を強化できる能力持ちだった。こと戦闘においては長剣を使用していた。その剣で僕は攻撃された」
シドは上から下へ手振りで示した。それが剣の動きだったのだろう。それから、服のボタンをはずし後ろを向いた。
「それは…」
「これがその時におった傷だよ」
肩の辺りしか見えないが、そこには確かに刀傷があった。傷は塞がっているようだが切られたであろう場所が白く変色している。見ているだけで痛々しい傷にシルヴィアは表情を歪めた。隣に座ったキーツも同じような顔をしている。
「うっわぁー痛そー。大丈夫なの?」
シドの傷を覗き混むようにしてティムが言う。
「塞がっているから見た目よりは問題ないよ」
「問題ないわけないじゃん!その傷でシドは最近まで意識を失ってたんでしょ」
チュリッシェが憤る。今度はシルヴィアが彼女を押さえることになった。
「チュリッシェ先輩。落ち着いてください。兄さんも心配かけたくないからってそんなこと言ったらダメだよ」
「ああ、すまなかった。チュリッシェ先輩も皆さんもすみません。驚かせました」
シドは振り返り様に苦笑いを浮かべる。そんなシドを見てシルヴィアは思う。兄さんの言う通り傷はもう大丈夫なのだろう。
だけど、初めてそれを見た皆にはとても大丈夫そうには見えなかった。私だって驚いたけどチュリッシェ先輩が代わりに怒ってくれたから冷静になれたんだ。こんなひどい傷をおったのに今元気でいることはありがたいと思った。
シドは服のボタンを止め衣服を整えた。軽いため息と共に次の言葉が話される。
「この傷をおった時にはさすがに僕もこれまでだと思った。屋敷に残してきたシルヴィアのことが気がかりだったよ。僕に重症を負わせたワシャールは僕を助けようと駆けつけた使用人ともつれあうように倒れた。恐らく相討ちになったんだ。そこで僕の記憶はいったん途切れたよ」
その後どうなったのか、それを知っているのはアルベルトだ。シドはそういうようにアルベルトを振り返り発言を促す。
「その続きは私からお話しましょう。すでにシルヴィア様はご存じのことではありますが、皆様にもお話しする必要がありますでしょう」
アルベルトは神妙な顔で語り始める。
「あの日の夕方。私はナーバル様宅より旦那様達がまだ屋敷に来ていないと連絡を受けました。シルヴィア様の無事をそれとなく確認しました後、旦那様達を探すべく出掛けました。そしてヤウス海岸の惨状を目にすることとなったのです」
時系列的にはシドが意識を失っていた頃より少し前に当たる。あの日は確かに二度に渡りアルベルトが来ていた。
一度目は確か、おやつの差し入れと菓子を持ってきてくれたのだが、あの時にはすでにナーバルから連絡が入っていたようだった。
シルヴィアに悟られることなく彼女の様子を見るためにそんな手段をとったのだろう。
アルベルトの目論み通りシルヴィアは二度目に彼が取り乱してやってくるまで気づかなかったのだ。
「惨状に取り乱しつつ、私は皆様の安否を確認しました。旦那様や奥様、そして他の使用人の方の息はもうありませんでした。もっと早くたどり着いていればこうはならなかったかもしれません」
「後悔しても仕方ないだろう。お前は僕の命を繋ぐのに間に合ったんだ。それを忘れるな」
アルベルトが自分を責めるのをよしとしないシドはすかさず口を開く。
「ありがとうございます。私は背中から血を流していたシド様に駆け寄りました。真っ青なお顔をされていましたが息があることを確認した私は応急処置を行いました」
万が一のことを考えて、アルベルトは車に救急箱をのせていた。クローバード家での教育で多少なりとも医学の心得を身に付けたのが役に立ったと彼は言う。
「手当てを施させていただきながら私はシド様のお名前を呼び掛けました。すると微かながら返事をいただくことができたのです」
アルベルトはシドを見て微笑するが、シドは首を降った。瀕死の状態だった。覚えていなくとも無理はない。
「シド様は夢を見ているような虚ろさで私が来るまでのことをお話しされました。そして、これからのことも」
「それは覚えている。これを逃したら話す機会がなくなるかもしれないと思ったからな」
真剣に話すシドに彼に、起こった事の重大さが身に染みるようで一同は息を飲んだ。




