そして…
「今日はシドから話がある。皆、仕事に移る前に聞いてくれ」
放課後になってすぐのことである。生徒会室にはメンバー全員が集まっていた。キーツからシドに向け話を振られると皆が一様にシドを見た。
昼休みの間にシドはキーツを訪ねていた。と言ってもキーツは暇さえあれば生徒会室にいるので、探す必要もなかった。
「おお、シドではないか!」
ソファーで横になっていたキーツの他に生徒会室には生徒の姿は見えなかった。キーツは横になったままシドを快く迎え入れる。シドは拳を握りしめまっすぐキーツを見た。
キーツはシドの表情から真剣な話だと悟り身を起こした。
「何かあったのか?」
「はい」
「そうか」
「放課後、皆に話したいことがあります」
「分かった。リャッカにも残るように声をかけておく」
「ありがとうございます」
キーツは多くを語りはしなかった。ただ、いつものように全てを見透かしたような目でシドを見るばかりだった。
「さて、それじゃあリャッカに声をかけておくことにするか。また、放課後だな」
「はい、よろしくお願いします」
昼休みはその会話だけで終わった。キーツに何の話か聞かれることもなく。彼はきっと放課後に皆と一緒に聞くことを望んだのだ。生徒会室から出ていくキーツを見送りながらシドはそう思った。
昼休みの短いやり取りを思い出しながら、シドは立ち上がる。
いったい何をするの?と言いたげなティムの楽しげな顔。面倒ごとはやめてくれと睨むリャッカの顔。今度は何をする気よ。とチュリッシェのいぶかしげな顔。
ユウリ先輩がいつのまにか手にしていた鍵の束を揺らしている。生徒会室の空間を隔離してくれたらしい。安心して話せる。小さくお辞儀をしてお礼をする。
そしてシドはキーツを見る。へらっとした笑顔を見せる彼。それに勇気付けられた。
自分が生徒会に来てから皆に注目されながら話すことが、結構あったなとシドは思い返す。そして、このシチュエーションは最初にキーツにシドでないことを見抜かれたあの時と似ている。
この短期間で生徒会をずいぶんと掻き回してしまったな。だけどそれも今日で最後だ。
シドはここまで付き合ってくれたメンバー達に話し始めた。
「皆さん、忙しい中集まってもらいありがとうございます。今日は僕からお礼とお詫びがあります」
「またなんかやらかしたの?」
そんな前口上に突っ込みを入れたのはチュリッシェだ。シドはゆるゆると首を振る。
「今まで、僕を…いえ、私を生徒会に置いてくれてありがとうございました」
シドの口調の変化に多かれ少なかれ皆が表情を変えた。チュリッシュなんかはぎょっとした顔をしている。
「プロトネ祭の少し前。私はあの事件の真相を知りたくて生徒会にやって来ました」
「そうだったな」
キーツが懐かしげに目を細める。それでシドは意を決する。
「昨夜、私は事の真相を知ることができました。生徒会の皆さんに協力してもらったおかげです」
シドが頭を下げる。しかし、横から伸びてきた手に制服の裾を引っ張られた。そちらを見ると彼に似合わない苦笑を浮かべたティムがいた。
「えっと、シド君さぁ。いきなり飛ばしすぎだからね。みんなついてこれてないから」
「えっ、ああ…」
他のメンバーを見るとキーツ以外は目を丸くしたり呆気に取られたりしていた。確かにティムの言う通り話を飛ばしすぎた。緊張と興奮のあまり我を忘れていた結果だ。
「あーっと、とりあえず座ったら?」
「ああ、そうだな」
ティムの言うとおりに着席する。すると彼はにやっと笑い肩を叩いてきた。
「まったくシド君はさ。思い立ったら突っ走るタイプだよねー。兄のほーも妹のほーもさ。それで?さっき私って言ってたし、くちょーも違ったけど、今はなんて呼べばいーの?」
ティムが頬杖をつく。いつもと同じような口調で問いかけてきた彼に、シドはちょっと考えて話す。
「シド…でいいよ。多分シドとして話す最後の機会になるから」
「そっかー、じゃあ、ちょーし狂うからくちょーも今まで通りにしといてよ。それで?何があったのか早く聞かせて」
「ありがとうティム」
好奇心に目を輝かせるティム。そんな彼にお礼を言ってシドは話し出す。
「少し前にセスさんの組織について皆さんと調査したことがありましたね」
「彼らに会ったのは文化祭の時が最初だったな。当時は彼らがシドの会社に入るとは思わなかった」
キーツが当時を振り返る発言をする。
「はい。その組織にいたアイヴァーという男。彼は昔クローバード家で働いており、あの事件の時、兄さんに付き添っていた一人でした」
以前、シドはその事を皆に伝えていた。文化祭が終わり、校長先生と勝負をしていた頃の事だ。その時もひと悶着があったが、そのお陰で今は驚く者はいなかった。
「つい昨日の話です。レーヴンヴァイスのゴタゴタがやっと落ち着き、僕は彼と話すことが叶いました」
「ずいぶんかかったんだな」
リャッカが瞑っていた目を片方だけ開き追求する。
「ええ、社内の方で色々とあって…。それで、アイヴァーと話した結果ですが、彼は真実を教えてはくれませんでした」
「えっ、その人から聞いたんだと思った」
チュリッシェがビックリしたように口元を押さえる。話の流れからそう思うのは仕方ない。
「違うんですよ。彼はアドバイスをくれただけです。アルベルトに問い直せと」
「んー?シド君はさ。一番最初にあのひとに聞いたんじゃないの?最初に話聞いたときもあのひとがしゃべってたじゃん」
「もちろん聞いたよ。だけどアルベルトには隠していることがあるって。アイヴァーはそう言ったんだ」
「それでアルベルト殿に聞いたのだな?」
「はい。そして見せてもらいました。アルベルトの記憶を」
段々と落ち着いて話が出来るようになってきた。皆が話しやすいように促してくれているお陰だ。
「アルベルトは記憶を見ることが出来る能力持ちだと僕は思っていました。だけど奴の能力はそれだけでなく、記憶を消したり、変えたり、見せたりすることも出来る能力持ちでした」
「シドの能力もすごいものだが、アルベルト殿もまたすごい能力を持っているのだな」
キーツは感心したように頷いた。アルベルトの能力はその特異性から恐れられることがあるから、キーツに否定されなくて良かったとシドは思う。
「その能力を使い、僕はアルベルトから過去の記憶と、あの日の事を見せてもらいました。負担が少ないように夢という形で。でも…」
「でも、どうしたのですか?」
シドがうつむくと、ユウリが優しく声をかけてくれる。彼は再び顔をあげた。
「朝起きたらアルベルトが姿を消していました。きっと奴は真実を知った僕の前にいられないと思い姿を消したんです。だからこれから最後の決着をつけてこようと思ってます。その前に色々とお世話になった皆さんに挨拶をしておきたくて」
これで最後になるからと言うより早くキーツが片手をあげた。
「なるほど、やっとシドが思い詰めた顔をしている理由が分かった。しかし、まだ終わっていないのだろう?だったら生徒会に所属する件もまだ終わりではないな」
キーツはそう言ってヘラっと笑った。その発言に続いたのはチュリッシェだ。
「ほんとね。何もう終わりました。みたいな顔してんのよ。少なくとも決着を着ける時まであんたはここのメンバーよ」
言うだけ言ってぷいっとそっぽを向いたチュリッシェ。
「私達も最後までお付きあいしますわ。それともそれはシド君の迷惑になりますか?」
「そんなことないです。心強いです」
ユウリの問いにシドが即答すると彼女は穏やかな微笑みを浮かべた。
「よーするにクライマックスじゃん。そんなおいしーとこシド君独り占めするとかずるいじゃん。手伝って終わりってそんなのないよ」
こういう軽口はティムなりの励ましだとシドには分かっている。
「俺は…お前に仕事は最後までやりとげて報告することを教えたはずだ。こんな中途半端で報告し終わらせようなんて思うんじゃねぇ。お前の突き止めた真実とやらを俺らにも説明しやがれ」
「リャッカ先輩」
静かに、だけどしっかりとした声でリャッカは口を開く。そして、両目を開きシドを見据える。
「お前が今日俺たちを集めたのはそんなことを言うためじゃないだろ。さっさと言いたいこと言え」
自分が生徒会にいることを一番反対していたリャッカ先輩から、そんなことを言われるとは思ってもなかったな。
自然に綻んだ顔でシドは皆の顔を一人一人見る。
「皆さんに僕からシークレットジョブを依頼します。僕と一緒にアルベルトに会いに行き、この事件の決着が着くのを見届けてください」