夢の中で 4
それからは怒濤の日々だった。アルベルトの能力で屋敷の使用人達の記憶を改竄した。幸い、この時点でクローバード夫妻やシドの訃報を知っていたものは少ない。
そのお陰で関わった全員の記憶を変えることに成功した、クローバード夫妻の訃報は知れ渡ったがシドの訃報は表沙汰にならなかった。
シルヴィアは両親の訃報を表向きの理由にし学園は休学。裏向きにはシド・クローバードとしての振る舞いを身に付けるための休学をした。
この期間は面会も必要最低限に行いシドが無事であることをアピールしながらシルヴィアの準備を進めていた。
教養の面では申し分ない知識があった。例え軟禁されていたとしてもクローバード家の子どもである事実は変わらない。
学ぶべきことは家庭教師をつけ教えられていた。もちろん、今となってはその家庭教師の記憶もいただいている。
他の教師共々シドを教えていたことになっているし、他の教師の記憶も辻褄が合うようにしていた。
能力を酷使したせいで二、三日はまともに動くことができなかったアルベルト。
その期間は休息をとり、それ以降はシルヴィアに足りなかったのはシドがクローバード社の後を次ぐために学んでいた帝王学とシドとしての振る舞いだった。
帝王学については将来的にシドを補佐する立場となるアルベルトも一緒に学んでいたため、それをシルヴィアに教えた。
シドとしての振る舞いは、やはり能力を使って自分の知っているシド様を彼女に見せた。
シルヴィアは飲み込みが早く、そのほとんどを短時間で習得した。目的を見据えた人間特有の強い心のせいかもしれなかった。
基礎を学んだ辺りで、当時クローバード社で起きた覇権争い。条件を見事に達成した彼女が重鎮を抑え、自身を社長と認めさせた時には、アルベルトも心震えるものがあった。
この頃からアルベルトは自分の知っているシルヴィアがシドになっていくことを自覚した。
もうあの純粋でまっすぐな彼女はいない。この感情は寂しさなのか落胆なのか。いずれにせよ彼女の行く末を見てみたいと私は思う。
「これで終いか」
視界が暗くなる。あの事件以降の半年をアルベルト視点で見せられたシドはひとりでに呟いた。
今までに知らなかったアルベルトの心情に触れることができた。が、あくまでそれだけだ。
この記憶が何を意味するのか。シドは考え込む。そして、まだ夢が終わってないことに気づく。
目の前は暗いままだ。その中に浮かんでるような感覚で意識だけははっきりしている。
しばらく、そんな状態が続いた。不思議と恐怖は感じない。だが、いつまでこの状態が続くのだろうか。
夢の中で暇をもて余すという珍しい体験をすることになったシドである。
「ここまでが今までの私とあなたの記憶でございます。記憶を暴かれるということは少々気恥ずかしいものがありますね。勉強になりました」
「アルベルト」
目の前のアルベルトにシドは静かに声をかけた。返事などあるわけないと思っていたが反射で声が出ていた。
「シド様、もちろんこれも私の記憶をあなたに見せているに違いありません。ご質問にはお答えすることはできませんので、ご了承ください」
「だろうな」
目の前のアルベルトは彼の記憶をなぞったものだと理解しているが、あまりにもリアルな佇まいにシドは会話をしている気分になっていた。
いったいどんな器用な真似をしたら、このように能力を使うことができるのだろうか。これだけ記憶や考えを知らされた後でも、謎の多き男である。
「あなたがお聞きしたいことをある程度予想してお答えすることは出来ましたので、まずはそれをお聞きください」
本当に食えない男だ。
「先程見ていただいたのは、お気づきの通り、あなたと私の記憶を使用し作った記憶です。私の能力はこのようなこともできたのですよ。いつかあなたに聞かれてもいいように作った記憶をストックしておりました。副作用はそれなりでしたけどね」
シドの反応を予想したのか、アルベルトはクスッと笑った。
「ええ、私はいずれあなたにこの件を聞かれることを覚悟しておりました。それなのにも関わらず、このように狼狽える自分に呆れております」
シドは黙ってアルベルトの声を聞く。能力が使えるのかどうか確認する前に使う気がない。ここまで来てアルベルトが嘘をつくはずがない。
「我が主、シルヴィア様は私に真実を語ることをお望みでしょう。しかし、私はそれに抗いたいとも思っております。どうか、このまま先を知らぬまま目を覚ましていただけないでしょうか?」
「どういうことだ?」
返答がないと知りながらシドは彼をにらむ。
「もしあなたが目を覚まそうと思えば起き上がることができます。このまま夢を見られるなら続きを見せて差し上げます」
シドはそんなアルベルトの言葉に迷うことはない。このまま先を見ることを望んだ。
アルベルトがここまで言う以上、さぞ自分にとって嫌なものとなるのだろう。
だけど僕は真実を知ることを望んでいる。
「すでにあなたの心はお決まりでしょう。仕方ありません。先をお見せいたします」
アルベルトの声は悲しげだった。シドがここで目を覚まさないと分かっているように。
「どうか我が主の心が健やかなままでありますように」
そして、目の前のアルベルトの姿は消え、場面が移り変わる。
* * * * * * * * *
「…はぁはぁはぁはぁ」
目を覚ました時には朝だった。がばりと身を起こすと、ひどい息切れがしていた。身体中に汗が浮かび気持ちが悪い。
無理もない。一夜のうちに様々な記憶を流し込まれたら誰だって混乱する。さらに知りたかった真実があんなものだと知ったらそれも一塩だ。
ひたすら自分を落ち着けるように呼吸を整える。今までだって悪夢を見たことが何度もある。今回だってそれと一緒だ。
実際に起きたことと言うことをのぞけばの話だが。
ようやく整ってきた呼吸。時間は早朝だ。いつも起きる時間よりは少し早い。この汗を流したい。
シドはシャワーで汗を流す。汗と共に嫌な気持ちも少しはましになった。学園に行った方がもう少しまともな気持ちになるのではと思い制服に身を包む。
いつもは朝になると呼びに来るアルベルトが部屋に来ない。薄々そんな気はしていた。あの記憶を見た以上アルベルトは姿を見せなくなることを。
だから、シドは焦りはしなかった。だけど使用人たちは別だ。
「坊っちゃん、おはようございます。あの、アルベルトさん見なかった?いつもならとっくに起きてるのに今日はいないの」
シドが食堂に行くと、真っ先にナタリーが駆け寄ってきた。いつも明るい瞳が不安に揺れている。
「おはようナタリー。珍しく今日は見ていないな。大方急な用事とかで出かけているんだろう。そんなに気にするな」
「やっぱり坊っちゃんも見ていないんだ。あのね、心配だったからジェイドさんにアルベルトさんの部屋を見てもらったの。そしたらね空っぽだった」
しょぼんとナタリーが肩を落とす。
「うん。ノックしても出てこないくて鍵が空いてたんだって。倒れているといけないから中を確認したらしいの。そしたら中にあったアルベルトさんの私物が消えてたって。何かあったのかな!?」
昨日のやりとりが原因だということははっきりしているが、ナタリーにそれを言うわけにはいかない。
「あいつは訳の分からない男だからな。何か考えでもあるんだろう。そのうちひょっこり出てくるさ」
これ以上ナタリーが心配しないようにシドはわざと茶化すように言った。
「そう?それならいいな」
ナタリーは一番アルベルトと共にいたシドが微塵も心配してない様子で、いく分不安の色が消えたようだった。
「坊っちゃんが学園に遅れてしまいます。朝御飯にいたしましょう」
話が終わるのを見計らったようにヘザーが二人に微笑みかけた。実際、待っていてくれたのだろう。彼女は特段アルベルトのことを心配してないようだった。
それでいいのだ。奴は戻ってくるのだから。
ナタリー以上に沈んでいたのはジェイドだった。昨日最後にアルベルトに会ったのが彼だったらしい。
「本当に申し訳ございやせん」
アルベルトと何を話していたかは教えてもらえなかったが、学園に向かう車内ですごい勢いで謝られた。おかげで遅刻になるギリギリまで彼を慰めることになった。
「それじゃあ、僕は行くがくれぐれもそれ以上自分を責めないように。アルベルトは帰ってくる」
「わかりやした。本当に申し訳ございやせん」
ジェイドの車が去るのを見送ってシドは校内に入る。
さすがに生徒会室による時間はなく直接教室に向かう。
授業は何事もなく終わり、迎えた放課後。生徒会室にはメンバーの全員が揃っていた。