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偽主  作者: シュカ
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夢の中で 3

その日のことは強く覚えている。両親にも怪しまれることなく兄と立場を交代出来た。兄のシドもゆっくり休めたようでお互いにいい日になった。

 

 今、記憶を見てしまった自分としてはアルベルトが考えていたことも想像つかずにはしゃいでいた自分をハラハラとした具合で見ていた。

 

 記憶は飛び、あの事件が起こった時に場面が移った。事件が起こる前の日にやって来たのだ。その日は珍しくアルベルトはおらず、シドと兄妹二人で話した。

 

 「明日から父さんと母さんと一緒に遠方に出掛けることになった。アルベルトを残していくから何かあったら必ず言うんだぞ?」

 

 「うん、分かったよ。お仕事?」

 

 「ああ。高校生になったからな。任せられる仕事も増えてきたんだ。卒業したら、すぐにでも実務が出来るように本格的に叩き込まれるらしい」

 

 「兄さんは大変だね。あんまり無理しちゃダメだよ」

 

 「ありがとう。だけどシルヴィア。お前も他人事じゃないからな?」

 

 「どういうこと?」

 

 シドがいたずらっぽく笑う時はたいてい何かを企んでいる時だとシルヴィアは分かる。この時の表情はまさにそれだった。

 

 「僕が学園を卒業したらシルヴィアには僕の側について仕事をもらう。ここから出よう」

 

 「それって父さん達は知っているの?」

 

 長い間暮らしたこの場所から、あと数年で出られると聞いたけどシルヴィアはまず両親の姿が頭に浮かんだ。

 

 「説得した。僕が正式にクローバード社に入る時にシルヴィアを側につけることは二人も納得してくれたよ」

 

 そこに至るまでどれ程の苦労を重ねたのかシルヴィアは知らない。だけど兄が自分のために頑張ってくれたことが嬉しかった。

 

 「ありがとう、兄さん」

 

 「いや、本当はもっと早くにシルヴィアをここから出したかった。僕の力が至らないばかりにすまない」

 

 「そんなことないよ。兄さんがいなかったら私はどうなってたか分かんないよ。守ってくれてありがとう」

 

 「妹を守るのは兄として当然だ。今回の商談は将来に向かっての一歩になる。もう少し窮屈な思いをさせるが待っていてくれるか?」

 

 「大丈夫だよ。兄さんが来てくれるまで、ちゃんと待ってるから」

 

 「そうか」

 

 二人はそっくりな笑顔で笑いあった。この先の明るい未来を想像するように。それを見ている現在のシルヴィアはひどく胸が痛んだ。どうなるか知っているばかりに。

 

 「それじゃあ、また来るよシルヴィア」

 

 「またね、兄さん」

 

 過去の二人はこれが最後の会話になることは知らない。自分の一番痛い部分をじくじくと責められる感覚に声を上げそうになるが、声が出ない。

 

 これは夢だ。我に返りそう自分に言い聞かせて心を落ち着けた。

 

 「シルヴィア様!ご無事ですか!?」

 

 その翌日に記憶が移る。怒声にも似たアルベルトの声が飛び込んできた。

 

 「何!?どうしたの?」

 

 驚いて返事をするとアルベルトはいくぶん、ホッとした顔をしたが、緊張が張り積めている表情をしていた。

 

 「何かあったんだね」

 

 「いえ、問題ありません」

 

 何かよくないことが起こったのは、アルベルトの様子で理解できた。彼がごまかそうとして引き返そうとするのをシルヴィアは止める。

 

 「何があったの?話して」

 

 今まで見たことないような真剣なシルヴィアの顔つきにアルベルトは気圧された。どのみち隠し通せる話ではないと判断し、シルヴィアに言いにくそうに話始めた。

 

 「落ち着いて聞いてください。旦那様、奥様、そしてシド様が何者かに命を奪われました」

 

 「…皆…が?…嘘でしょ?」

 

 「残念ながら事実でございます」

 

 訪れるのは沈黙。アルベルトの言っている意味は言葉としては分かるけど意味が分からない。

 

 「商談に向かう途中で何者かの襲撃を受けたそうです。彼らに同行していた使用人達も行方不明になっています」

 

 アルベルトはなるべく冷静にシルヴィアに告げる。彼自身も動揺していたが、シルヴィアはそれの比ではないと思ってたから。

 

 「…犯人は捕まったの?」

 

 未だ信じられないが、アルベルトがこんな嘘をつくと思えない。震える声でシルヴィアがアルベルトに問う。

 

 この痛みはシルヴィアの記憶か、アルベルトの記憶か。それとも今の自分の感情なのだろうか。

 

 混乱しそうな思考を必死に抑え冷静さを保つ。どこに真実に繋がるヒントがあるか分からない。しっかり見ておかねばならない。そのために自分はここにいるのだから。

 

 「いいえ。犯人は特定できておりません」

 

 「本当に…皆が…?」

 

 「残念ながら」

 

 力なく首を振るアルベルトにシルヴィアは涙が溢れた。いくら閉じ込められていようとも家族のことは大切だ。

 

 特に兄さん。兄さんがいたから私はここでも我慢できた。優しくて賢い兄さんがいろいろ教えてくれたから今の自分がいる。「またね」って別れたのはたった昨日のことだったのに遥か昔に感じる。

 

 いったい誰がこんなことをしたの?全てが一日にして変わってしまった。これから私はどうしたらいいの?

 

 アルベルトはそんなシルヴィアの様子を見て思う。大切にしてきたものが音をたてて崩れたような衝撃を今彼女は味わっているのだろう。このままではシルヴィア様まで壊れてしまう。

 

 だからアルベルトはそんなシルヴィアに道を示したのだ。それが気休めにしかならないことを知っていながらも。

 

「現場にはこれが落ちていました。犯人の手がかりかもしれません」


 アルベルトが取り出したのは小さなバッチだった。これは見たことがある。兄さんが以前に見せてくれたものとおんなじだ。

 

「プロトネ学園の校章?兄さんのじゃないの?」

 

「校章はご存じでしたか。シド様は本日制服をお召しではありませんでした。別の方のものだと思います」

 

「それの持ち主が兄さん達を…?」


 涙の中に浮かぶのは怒りの感情だった。アルベルトはまた、ゆるゆると首を振る。

 

「まだ分かりません。しかし、手がかりであることは確かです」


 シルヴィアは何かを考えているようだった。その間にも彼女の頬に涙が伝う。アルベルトは彼女が落ち着くのを待った。

 

「兄さん達に何があったのか知りたい」


 シルヴィアが再び言葉を発するまでやや時間がかかった。ポツリと呟いた言葉には決意が込められている。

 

「なんで兄さん達がそんな目にあったのか、どうして命を落としたのか私は知りたい」


 そこにはこれからどうしたらいいのかと泣いていた少女の姿はもうなかった。彼女の兄に似た覚悟を決めた顔。

 

「シルヴィア様のお望み。承知いたしました。不肖ながら私がお手伝いいたしましょう」

 

「ありがとう。じゃあまずはアルベルトが知っていることを教えて。それから…兄さん達に会わせて」

 

「シルヴィア様。私が知っていることはいくらでもお教えいたしますが、皆様にお会いするのは…」


 アルベルトの顔色が変わったのは、無理矢理目的を持ちなんとか保っているシルヴィアの心が、皆の亡骸に会えば壊れてしまうのではと懸念した結果だ。

 

「大丈夫だから。これは必要なことなの」

 

「分かりました」


 アルベルトが渋った理由をシルヴィアは正しく汲み取り笑顔を作る。大丈夫なのだろうか?しかし、シルヴィア様は必要なことだと言う。ならば、私は支えましょう。だが、懸念はもうひとつある。

 

「シルヴィア様。大変申し上げにくいのですが、今の屋敷にはあなた様のことを知るものがおりません。今、外に出れば混乱を招くでしょう」


シルヴィアがここに軟禁されて早10年。屋敷の使用人も入れ替りシルヴィアの存在を知るものがいなくなったとアルベルトが主張する。


 「そうなんだ…」


 シルヴィアは思考する。そうして、彼女の兄が時おり見せるいたずらっぽい顔に変化する。

 

「アルベルト、髪切ってよ」

 

「シルヴィア様?それはどういうことでしょう」

 

「兄さんの振りをして外に出る。それなら万が一誰かに会っても大丈夫でしょ?」


 「シルヴィア様。それは妙案ではございますが、誰かにお姿を見られてしまえば、シド様が元気でいるように見えてしまいます」

 

「それでいいの」


 迷うことなく答えたシルヴィアにアルベルトは狼狽える。

 

「あなた…まさか」

 

「兄さんと入れ替わろう。昔、やったことあったよね」

 

「しかし、それはあなた様の存在を否定することなるのではありませんか?もう少し自体が落ち着けばあなたはシルヴィア様として外に出られます。私なら場を整えることが可能です」


 アルベルトはこの時シルヴィアがシドとして生きると決めたことに気づいた。なんとか考えを変えてもらえないか言葉を重ねるがシルヴィアの考えは変わらなかった。

 

「兄さんが生きていると思えば犯人がやって来るかもしれない。それに私は兄さんがいたことをなかったことにしたくない」

 

「シルヴィア様…」


 「入れ替わるなら今しかないの。アルベルトと私ならそれができる。お願い力を貸して」


 それが間違った選択だとなぜこの時言えなかったのか。アルベルトの後悔の念が押し寄せてくる。シルヴィアがシドになれば、その(しもべ)として支えることができるかもしれないという一瞬よぎった考えに心が揺らいだ。シルヴィアはそれを見逃さない。

 

「命令だ。アルベルト。僕がシド・クローバードになれるよう手を貸せ」


 ああ、そのようにシド様のような口調でお話しされるのはずるいです。そうされてしまえば私に抗う気が起きなくなることを分かっているのでしょう。もう戻れないのでしょうね。

 

「かしこまりました」


 いけないと分かっていながらもアルベルトはシルヴィアの…シドの思いを受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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