夢の中で
目を開けるとそこは僕が軟禁されていた部屋の中だった。もちろんドアは開かない。恐怖より先になぜここに?という疑問が沸き上がる。
とりあえず、ベタにほっぺたを引っ張ってみる。…痛くない。アルベルトに見せられた夢の中ということか。シドは早くも冷静になった。
冷静になるとすぐに気づく。幼い頃の自分が部屋の中にいることに。今よりも遥かに幼い容姿の自分は肩くらいの長さの髪をしている。背丈から考えてもここに軟禁されてすぐくらいの時系列だと判断する。
向こうには自分の姿は見えていない。それもそうだ。これは僕の記憶とアルベルトの記憶を再現しているものなのだから。映画を見ている感覚に近いのかもしれない。
ドアがしまっている以上やることもなく幼い頃の自分を観察する。彼女は本を読んでいた。この部屋ではそれくらいしかすることがなかったな。
幼い自分が読んでいる本を除き混んでみた。中身は読める。というよりもシドの幼い時の記憶を再現している。ところどころ読めないのは記憶が抜けているからなのか。
アルベルトは自分の記憶を見せると言っていなかったか?なぜ僕の昔の記憶を見せ直す?疑問に思ったが夢から抜けることは出来ないと直感がいう。ならばこの後を見て判断するしかない。
「シルヴィア遊びに来たよ」
外側から鍵が開き姿を見せたのは…
「兄さん!」
部屋の中にいる小さな自分が声をあげる。自分と同じ灰色の髪にそっくりな顔。間違いなく幼い頃のシドだ。後ろには幼い頃のアルベルトが付き添っている。
「ちょっとだけだけど時間ができたんだ。一緒に遊ぼう」
「うん!」
アルベルトを交えて三人で遊ぶ子供たち。この頃は二、三日に一回は必ず兄さん達が来ていたな。それが楽しみだった記憶がある。シドがそう思っていると、それとは別の意識が流れ込んできた。
シド様はシルヴィア様がここに閉じ込められていることを理解しているのだろうか。と。
それが、アルベルトの気持ちだと言うことはすぐに分かった。流れ込んだ意識は彼の声で直接心に響くように感じたからだ。
幼少期のアルベルトもまた、微笑みで感情を誤魔化すことにたけていた。表情からは分からないけど、シドが時間が出来るたびに隔離されているシルヴィアに会いに行くことに困惑していたらしい。
こんな日々が続き、迎えた十歳の誕生日。先程よりも背丈と髪が伸びた自分が本を読んでいた。シルヴィアが部屋で過ごしているとドアが開いた。今日は兄さん達は来ないかなと思った夜のことである。
「シルヴィア!ごめん遅くなった」
「ううん、いいの。でも、もう遅い時間なんでしょ?ここに来ていいの?」
「今日は特別だ」
窓の外の様子は分からないけど、時計が指す時刻がシドが寝る時間に近いのが分かる。シドはシルヴィアにアルベルトが持たせて彼女に隠していたものを見せた。
「誕生日おめでとう。シルヴィア」
「兄さん…ありがとう!」
目の前に差し出されたのは真っ白のクリームが塗られたケーキだった。今日が自分とシドの誕生日だということをシルヴィアは分からなかった。
時計で時間は分かるが日付を確認できるものがないためだ。シルヴィアにとっての日付は、家庭教師に聞くとたまに教えてくれるくらいのものだった。
「十歳の誕生日は今日だけだからな。これはシルヴィアの分だ」
「ありがとう兄さん。兄さんとアルベルトも一緒に食べようよ」
「僕はさっき食べたからいいよ」
「シルヴィア様の分をとるわけにはいきませんよ」
断りをいれる二人にシルヴィアは膨れっ面を見せる。すると二人は慌てたようにシルヴィアに言った。
「全くしょうがないな。アルベルト、僕らも食べよう」
「ですが…」
「いいんだよ。シルヴィアの望みだ」
アルベルトは手にしたケーキとシルヴィアを見比べる。シルヴィアが頷くとアルベルトも頷いた。
「そうですね。いただきます」
「うん!」
アルベルトはケーキを切り分けながら思う。シルヴィア様がここに閉じ込められて五年がたつ。彼女もそれは分かっているだろう。それなのに彼女から明るさが消えることはない。どこまでもまっすぐなこの性格のまま大人になってもらいたいものだ。
もともと一人分のケーキを三等分したものだから一人二口分くらいのものになってしまった。ケーキどころか甘味なんてほとんど与えられていないだろうに、それでも幸せそうに笑う彼女にアルベルトは言った。
「お誕生日おめでとうございます。シルヴィア様」
「ありがとうアルベルト。兄さんも誕生日おめでとう」
「ありがとう、シルヴィア」
そんな三人を見ながら流れ込んで来たアルベルトの思いについて意識する現在のシルヴィアならぬシド。
アルベルトはこんなことを考えていたのだなと照れくささを覚えた。
十歳の誕生日が過ぎると、兄のシドが忙しくなりなかなか会いに来てくれなくなった。二、三日に一度が十日に一度くらいの頻度になっていた。
「兄さん?」
「いえ私でございます」
「アルベルト、来てくれたんだね!」
この頃になると一緒に遊ぶことよりも、外の話や兄さんの話をアルベルトにせがんで聞いていることが多くなった。
「アルベルト?ドア開けっ放しだよ」
「ああ、すみません。うっかりしておりました」
「あはは。そっか、大丈夫?疲れてるなら少し休んでいきなよ」
あの時はアルベルトが珍しいなと思うだけで、特に何も思わなかったが、今の自分にはその意味が分かる。それを裏付けるようにアルベルトの声が流れ込んできた。
こうしてドアを開けていても、シルヴィア様は外に出ようとしない。もし、外に出ようとするならば見逃そうと思ったのに、外に出る気力がないのだろうか。
この時彼は子どもながらにシルヴィアを助けてくれようとしていたのだ。アルベルトの優しさは本当に分かりにくい。
場面は変わり、今度は十二才の自分が部屋の中にいた。ああ、この日のことはよくおぼえている。懐かしさに目を細めた。
「シルヴィア、遊びに来たよ」
「兄さん!久しぶり。アルベルトはこの前ぶりだね」
「髪を切ったんだね。よく似合ってるよ」
「そうかな?だいぶ短くしてもらったんだけど」
「うん。元気なシルヴィアにぴったりだよ」
「えへへ、ありがとう。アルベルトが切ってくれたんだよ」
髪をさわりながらくるくると周って見せたシルヴィアを微笑ましげに見ながら、シドとアルベルトが素早く目配せをした。当時は気がついていなかったことが今になって分かる。
こういったところからもアルベルトの記憶と自分の記憶を混ぜて見せられていることが把握できる。
「ねぇ、シルヴィア。提案があるんだ」
「なに?兄さん」
「少し外に出てみないか?」
「えっ!いいの?」
「いや内緒でだ。父さん達にはバレないように内緒で出るんだ」
「でもどうやって?」
「僕と入れ替わるんだよ。僕がシルヴィアの振りをしてここに残り、シルヴィアが僕の振りをして外に出るんだ」
「兄さんがここに?いいの?」
「ああ。今日の僕は休みをもらっているから父さんの手伝いはないんだ。自由に過ごしていい日だからシルヴィアが外に出てても大丈夫だよ。シルヴィアも今日の勉強は終わってるんだろ?」
この頃から兄さんは頭がまわる人だったな。これを実行するためにどれだけ根回しをし、最善を尽くしたか今なら想像がつく。それに比べて自分は不安しか話していなかったな。
「うん。でも父さん達に気づかれたらどうしよう?」
「大丈夫だよ。ほら…」
シドがシルヴィアの手を引き部屋にある姿見の前に連れていく。
「あっ」
「どうだ?バレないと思わないか?」
シドの髪は男の子にしては少し長いところまで伸びており、シルヴィアは逆に短く揃えたばかりだった。性別の違いはあるが体格差はまだあまりない二人。服を取り替えたら気づかれる心配もないだろう。
「アルベルトが側にいてくれるからそんなに困らないさ。部屋の外の話も色々教えているだろ?」
「兄さんからもアルベルトからもいっぱい聞いたよ」
「ああ、それなら大丈夫だ」
大丈夫、心配ないと断言されシルヴィアの心は揺れ動いた。外に出てみたい。だけど他の人に見つかったらという恐怖。シルヴィアはもうひとつの懸念をシドにぶつけた。
「兄さんはどうするの?」
「僕はここに残る。部屋で何をしているのかはシルヴィアに聞いて知っているから問題ない」
「いいの?」
「ああ、最近忙しくって休みたかったからちょうどいいくらいだよ。まぁ、無理に外に出ろとは言わないからシルヴィアの好きにするといい」
「私は…行ってみたい」
「そうか。じゃあ準備しよう」
シルヴィアは外の興味に負けてシドと生活を入れ換えることになった。二人は服を取り替え、アルベルトに髪をセットしてもらう。
「問題なさそうだな。さっ、時間は待ってくれない。さっそく行ってくるといい」
「ありがとう。行ってきます兄さん」
「ああ。アルベルト、シルヴィアを任せたぞ」
「かしこまりました。参りましょう、シルヴィア様」
部屋の中にはシルヴィアと服を交換したシドが残り、シルヴィアはアルベルトにエスコートされ外に出ていった。
場面は切り替わる…。