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偽主  作者: シュカ
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気まずい帰宅

アイヴァーと話した後、シドは屋敷に戻って来ていた。あんな話をした後だったから非常に気まずいのだが、アルベルトを強引に帰らせた上に帰宅をしなかったのなら雷が落ちるだけではすまないだろう。

 

 「では、俺はこれで」

 

 「ああ、今日はありがとう。有意義な時間だったよ」

 

 屋敷の近くまで送ってくれたアイヴァーがその場を辞そうとする。ひき止めたのは思いつきだった。

 

 「アイヴァー、クローバード家に戻る気はないか?」

 

 「俺がお仕えする主はシド様だけです。だからこそ、もう戻れません」

 

 アイヴァーは声を潜めたが、はっきりと断った。そうだろうなとシドはちょっと残念に思いながらも言葉を重ねて説得することはしなかった。

 

 「そうか。では、今後はレーヴンヴァイスの一員としてよろしく頼む」

 

 「はい。何かございましたらお申し付けください」

 

 アイヴァーの体が青い光を放つ。能力の範囲に入らないようにシドは離れた。アイヴァーが帰っていったのを見送る。シドは覚悟を決めて屋敷に入った。

 

 「おかえりなさいませ。坊っちゃん」

 

 「ただいま戻った」

 

 玄関ではアルベルトが待ち構えていた。いったいいつから待機していたのだろう。微笑がいつにも増してキラキラしているが、彼が怒っているのは間違いないとシドは表情がひきつる。

 

 「随分と遅かったではありませんか。私を先に帰し何をしていたのでしょう」

 

 アルベルトはシドの荷物を受けとりながらきつめの口調で問い始める。情報を共有する夜のやり取りの場を待たず聞いてくるとは思わなかった。

 

 「特に何も。仕事の話をしていたまでだ」

 

 話すべきか否か、さっきのアイヴァーとの話もありシドは慎重になる。どちらにせよ、ここで話せることではないのは確かなため当たり障りのないことを口にしたが、アルベルトは僅かに声を低くした。

 

 「私の同行を拒まれたように感じましたが、なぜでしょうか?」

 

 「同行を拒んだわけではない。僕はセス達と今後の話があったが、重鎮達を纏めるものも必要だっただろう」

 

 「それで私を残したと?」

 

 いつになくアルベルトの口調が刺々しい。苛立っているのか焦っているのか。シドは初めて能力をアルベルトに使ってみようとした。

 

 「何をしていらっしゃるのです?」

 

 玄関で向き合っているシドとアルベルトを偶然見かけたヘザーが声をかける。

 

 「いえ何も。坊っちゃんが帰っていらっしゃいましたので、そちらもご準備をお願いします」

 

 笑顔で強引に言い切ったアルベルトにヘザーも違和感を覚えたらしい。シドの方をちらりと見る。

 

 「おかえりなさいませ。坊ちゃま」

 

 聞きたいような聞けないような顔をしたヘザーにシドは状況を説明する。

 

 「仕事のことで少しな。すまなかったなアルベルト。続きは後だ」

 

 「そうでございましたか…。では、お召し換えをお願いいたしますね。ナタリーもジェイドもお待ちしております」

 

 まだ不思議そうな感じではあったが、そヘザーはその場を去った。シドはアルベルトを伴い自室に行く。

 

 「坊っちゃん、申し訳ありませんでした。先程は口が過ぎました」

 

 「気にするな。僕にも落ち度はあったから。今後のレーヴンヴァイスの運営に関して、セス達の残留も決定した。僕はその話をしてきたにすぎない」

 

 アルベルトはいつもの冷静さを取り戻したようだった。シドは簡単に当たり障りのない部分を話す。

 

 「そうでございましたか」

 

 「ああ、全ては夕食後にしよう」

 

 それからは言葉少なに着替えを済ませる。シドは先程アルベルトに対して初めて能力を使った。親しいものには使わないと決めていたが、それを破ってしまった。

 

 後悔しながらも仕方がないと自分に言い聞かせる。これでアルベルトのことを信頼し直せればいいのだ。そう思って使った能力はよりシドを悩ませる結果となる。

 

 アルベルトはシドがアイヴァーと会ったことをよく思っていなかった。彼はシドが何を聞いていたのか警戒し探っていた。知られたくなかった何かがある。そういうことなのか?

 

 「坊っちゃん、お口に合いませんでしたか?」

 

 心配そうなナタリーの声でシドははっとする。難しい顔で食事をしていたらしい。シドは慌てて笑顔を浮かべる。

 

 「いや、そんなことはない。美味しくて驚いていただけだ」

 

 「そうですか。良かった~」

 

 ナタリーが気の抜けた声を出す。実際、今日の料理もとても美味しい。肉をメインにしたものでボリュームと油があるがさっぱりと食べられるソースがあるため、パクパク食べ進められる。付け合わせやスープなどもそれに合わせて作られているため、バランスがいい。そんな食事が口に合わないわけがない。

 

 「今日も腕によりをかけておりましたからね」

 

 「はい!美味しく食べてもらえるように、いっぱい勉強してますから」

 

 「それくらい、他のお勉強にも熱意を持ってほしいものです」

 

 「うぅ…」

 

 胸を張るナタリーにヘザーが釘を指すと彼女の体が小さくなった。ヘザーはそんなナタリーを見て笑みを浮かべる。

 

 「ナタリーちゃんには料理の才能がありやすからね。これからも楽しみでさぁ」

 

 「任せてください」

 

 小さくなったナタリーを気づかったのか、ジェイドが肉を頬張り豪快に笑う。それを見てナタリーは元気が出たようだ。

 

 いつもと同じ賑やかな食事風景だが、アルベルトの口数が少ない気がする。いかん、考えすぎかもしれないな。シドは小さく首を振って肉を一口サイズに切り口に運んだ。

 

 それから軽くクローバード社の書類を見て、湯浴みを済ませ自室に戻った。ティムから借りた本を見ているとノックの音が聞こえた。

 

 「入れ」

 

 「失礼いたします」

 

 シドは本にしおりを挟み室内に入ってきたアルベルトを見上げる。

 

 「先程は大変失礼いたしました」

 

 「かまわない。僕の説明不足でもあったからな。気にするな」

 

 「ありがとうございます。…ひとまず髪を乾かしましょうか」

 

 アルベルトがやや眉を潜める。シドの髪がまだ生乾きだったからだ。髪を乾かすには熱風を出す魔道具を使用するが、アルベルトがここに来ることを想像しどうするかを考えてたためおろそかになったらしい。

 

 「こちらへどうぞ」

 

 「ああ」

 

 アルベルトが魔道具を持ち構えた前にシドが座る。熱くないように調整された熱風がシドの髪をふわりと持ち上げた。前髪が額をくすぐるのでシドは目を細める。

 

 「先程から私のことを警戒している割には髪に触れることをお許しになるのですね」

 

 「なんのことだ?」

 

 「動かないでくださいませ」

 

 アルベルトは楽しいことがあったというように笑った。シドが身をよじると両肩を押さえられる。

 

 「警戒されているのでしょう?帰ってきてからずっと。お帰りになるのが遅かったことを怒られることだけが原因でもないでしょう。いったい何がおありでしたか?」

 

 髪を乾かす手つきと同じようにアルベルトの口調は優しい。もう確信を持って言っているのだろうとシドにも分かる。

 

 「アイヴァーと話してきた」

 

 シドはアイヴァーと話してきたことをアルベルトに話す。アルベルトがそんなことをするわけないと信じたかったから。

 

 「そうでしたか。全くあの方はいつもいつも、私の坊っちゃんの心を乱す。だから、アイヴァーと坊っちゃんを会わせたくなかったのです」

 

 「それはどういう意味だ」

 

 声が震えないようにするので必死だった。振り向くことを許されないからアルベルトがどんな顔をしているか分からない。

 

 ふと、熱風が髪に当たる感覚が止まった。シドが振り向くとアルベルトは跪いていた。

 

 「坊っちゃん、私に命じてください。アイヴァーに言われたのでしょう」

 

 シドはアルベルトを見下ろしながら迷った末に言葉を発する。

 

 「命令だ、アルベルト。あの日、何があったのか、全てを詳やかにしろ」

 

 「かしこまりました」

 

 アルベルトがすっと立ち上がる。穏やかな笑みを浮かべたまま。

 

 「私の能力は記憶を操る能力です。それを使い、今から私の記憶を坊っちゃんにお見せいたしましょう。それが一番分かりやすく、信じていただけると思います」

 

 「分かった」

 

 「眠りの際に夢として見てもらった方がいいでしょう。鮮明に見えるはずです」

 

 アルベルトは手を差し出し、シドをベッドにエスコートした。シドは素直にその手を取り寝台に横になる。アルベルトの大きな手が目元をおおった。

 

 「では、おやすみなさいませ、坊っちゃん」

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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