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偽主  作者: シュカ
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アイヴァーとの話 2

小高い丘の上。少し遠くには海が見える。二人の間に短くない沈黙が流れる。やっと掴んだ手がかりを手離すわけにはいかないとシドは緊張を胸にしながら眼下に広がるひとっこ一人いない道を見た。

 

 シドは意識してアイヴァーの能力の影響範囲内に留まるようにする。ここでアイヴァーが能力で帰ってしまったら、シドは見知らぬ土地に一人で残されることになる。それはそれでやりようがないわけではないが用心は必要だ。

 

 どれくらい時間がたっただろうか。同じように道を見ていたアイヴァーがシドを見て、それから目を伏せた。

 

 「では、やはりあなたはシド様ではないのですね」

 

 「ああ、僕はお前が仕えていた以前のシドではない。気づいていただろう」

 

 「それでも、もしかしたらという希望があったのですよ。シド様は生きていたのではないかと」

 

 力なく笑った彼の顔にシドは彼を傷つけてしまったことを悟る。自分がこの姿でいたために彼に要らぬ希望を与えてしまった。

 

 「…すまない」

 

 「あなたが謝ることではありません。シルヴィア様」

 

 シドは弾かれたように顔をあげた。アイヴァーはやはりと納得しているように頷いていた。それは以前から自分のことを知っていたような口ぶりだ。

 

 「俺はシド様の側近として働いていました。アルベルトと同じくらいに近い所でシド様のお世話をさせていただきました。だから、あなたのことも存じております。時折アルベルトとシド様が二人であなたに会いに行く時には俺が誤魔化したりもしてましたね」

 

 「そうだったのか…」

 

 懐かしそうに遠くを見るアイヴァー。シドはどのように彼に接したらいいか考えたが、そのままの態度でいることに決めた。

 

 「ええ、お初にお目にかかりますが、あなたは本当にシド様に似ています」

 

 顔を除きこんだアイヴァーをシドは見つめ返す。シドは意を決して再びアイヴァーに問うた。

 

 「そろそろ教えてくれないか。あの日、何があったのかを」

 

 「お断りいたします」

 

 「なぜだ!?」

 

 アイヴァーの迷いなき返事にシドは戸惑った。断られることなど考えてもいなかったのだ。

 

 「私は確かにあの時、その場におりました。しかし私からこの件についてはお話しできません。他ならぬシド様の最期の命令ですので」

 

 「兄さんの…」

 

 「この件を誰にも口外するな。シド様はそうおっしゃいました」

 

 彼の力強い顔は主の命を守る従者の者だった。その顔にシドはなにも言えなくなる。せっかく見つけた手がかりなのに。

 

 「主の最期の命を俺は守りたいのです。しかし俺はあなたに対しても償いきれない罪を犯してしまった」

 

 「罪?」

 

 「守るべき主を差し置いて生き永らえてしまった」

 

 ひどく後悔した顔のアイヴァーは自嘲気味にシドに向かって語る。冷たい風が頬を撫でた。

 

 「お前だけでも生き残っていて良かったと僕は思うよ」

 

 彼の口ぶりから他の者は皆命を落としたことが分かる。だからシドはアイヴァーにそう言った。彼が生き残っていなければ、真実への道もまた狭まっていたのだから。

 

 「シド様と同じ顔をしたシルヴィア様に言われると本当にそのような気になってしまいますね」

 

 アイヴァーが自分を許すには時間がかかるとシドは察する。それは仕方がないことだろう。だけどせめて自分に対しては負い目などを感じてほしくないと思った。彼もまた、今回の事件で大きな傷をおっているのだから。

 

 「兄さんとの約束を守りたいアイヴァーの気持ちは分かった。だが、僕に対しても償いきれない罪を犯してしまったと言うのなら、すべてを語らずともいい教えてくれ」

 

 兄がもういないことはシドにとっても受けいれ難い事実だ。だけど、そのことでアイヴァーを責めるつもりにはなれない。無理矢理にでも話を聞くことをしようと思えば出来るがそれをしないのはシドも兄の意思を尊重したかったからだ。

 

 いずれは全ての真実を白日のもとにさらすことを決めているにしても。

 

 「かしこまりました」

 

 アイヴァーの視線がやや右上を向く。話してもいいことといけないことを吟味するように。

 

 「ちょうどここから見えるあの道。そこが現場です」

 

 言葉少なく言ったアイヴァー。シドは駆け出したい衝動を押さえる。今、走り出してもあの場にはもうなにもない。

 

 「旦那様、奥様、そしてシド様はこの道を通りナーバル様の所へ向かう時に襲撃にあったのです。私も襲撃者に襲われ重症をおいました」

 

 当時を思い出しているのか痛みをこらえるように顔をしかめたアイヴァー。

 

 「死の淵に立たされた俺は能力が強制発動しました」

 

 能力の強制発動とは、いわゆる能力の暴走である。能力持ちの身に危機が起こった時に本人の意思とは関係なく能力が発動することがある。今回アイヴァーにおこったのもそれだったのだろう。

 

 「知らない土地に移動した瀕死の俺を助けてくれたのがセスさん達でした。その縁があって俺は今レーヴンヴァイスとして働いているのです」

 

 セスの組織の子供が倒れているアイヴァーを見つけ、セスやアリアに伝えた。彼らは誰かも分からないアイヴァーを連れ帰り手当てをしたらしい。そのおかげで今生きているとアイヴァーは言う。後で僕からもお礼をしなくてはだなとシドは思った。

 

 「あの時、意図して能力を使うことが出来れば、いえ、もっと早くに皆さんを避難させることが出来れば…」

 

 「アイヴァー」

 

 「失礼いたしました」

 

 一人言のように呟くアイヴァーを労うようにシドは声をかける。アイヴァーははっとして我に返る。

 

 「俺が話せるのはこんなところです」

 

 「そうか」

 

 アイヴァーは出来る限りを話してくれたのだろうが、正直全然足りなかった。他にも知っていることを全部話してほしいと思うのは僕のわがままだろう。

 

 「シルヴィア様。ひとつ私からもよろしいでしょうか」

 

 「なんだ?」

 

 アイヴァーから聞いてこようとするのは今回が初だ。シドの目に光が戻る。

 

 「シルヴィア様はあの日、外に出ることは叶わなかったはずです。どのようにしてシド様達に起きたことを知り得たのですか?」

 

 「あの日、確かに僕が外に出ることは出来なかった。だから兄さんはアルベルトを屋敷に残して行ってくれた。ヤウスのナーバルさんから連絡を受けたアルベルトが兄さん達を探しに行ったんだ。僕は帰ってきたアルベルトから話を聞いた」

 

 「そうでしたか…」

 

 難しい顔をするアイヴァーをシドは待った。夕陽は落ちても暗くなるまでの時間が長くなった。段々と春が近づいている。なんてことを考えるうちに再びアイヴァーが語りかける。

 

 「シルヴィア様。この件を調べることを諦めてはくれませんか?」

 

 「断る。どんな真実が待っていようと僕は兄さん達に何があったのかを知りたいんだ」

 

 「そういったところがシド様そっくりですね」

 

 残念そうに呟いた彼は寂しそうな顔を引き締める。

 

 「あなたが本当に真実を追い求めていると言うのなら俺よりももっと話を聞くべき相手がいるでしょう」

 

 呆れているわけでもなくただ淡々とアイヴァーは話す。シドは首をかしげる。思い至ることがないのだ。その様子を注意深く見ていたアイヴァーが口を開く。

 

 「アルベルトですよ。現場を見てきた彼の話はあなたの追い求める答えに必要でしょう」

 

 「アルベルトにはもう話を聞いている」

 

 「果たしてそれが全てだったのでしょうか?彼が嘘をついてるとは考えられませんか?」

 

 「アルベルトが、僕に嘘を……」

 

 アイヴァーの発言に頭が白くなる。それは今まで考えてはいない可能性だった。

 

 「あなたがアルベルトを信頼しているのは分かりますが、アルベルトが嘘をついている可能性は否めません」

 

 「そんなはずはない…と言えるだけの根拠がないな。むしろ、なぜ今まで疑わなかったのかが不思議だ」

 

 アイヴァーが言っているのは最もなことだった。淡々と語る彼は言いにくそうに、だけどはっきりとシドに向けて言う。

 

 「シルヴィア様はアルベルトの能力をご存知でしたか?」

 

 「記憶を見ることが出来る能力だろう?」

 

 それは知っているとシドは自信を持って答えるがアイヴァーはゆるゆると首を振る。

 

 「それは奴の能力の一部でしかありません。アルベルトの本当の能力は記憶を操る能力です。人の記憶を見ること。記憶を忘れさせること。記憶を与えること。その辺りのことが奴には出来ます。なにか思い当たることがありませんか」

 

 思い当たることは……ある。僕が能力持ちだと分かり、産まれた病院の記録も当時クローバード家に仕えていた使用人の記憶もその他全てにおいて徹底的に僕がいたという証しは5歳の時点でなかったことにされている。僕はそれを先代執事の能力と思っていたが違っていたとしたら。

 

 僕がシドになると決めた時に屋敷の住人に不審に思われなかったのはなぜなのか。あの日のことを知っていてるものもあの場にシドが行ったことを知っているものもいたはずなのに。これもアルベルトの能力のおかげなのだろうか。

 

 「思い至ることがありそうですね。それならば今まであなたが疑問に思わなかったことも納得できます」

 

 アルベルトに記憶を操作されているからか?くるくると動揺で表情を変えるシドにアイヴァーは静かに告げる。

 

 「俺が言ったのはひとつの可能性です。それが真実だとは限りません。ですが、アルベルトが鍵を握っているのは正しいのではないでしょうか?あなたの覚悟が決まったらアルベルトに問うことを進言します」

 

 シドはそれに答えない。すぐに答えられるだけの余裕が今の彼にはなかった。アイヴァーは畳み掛けるように言った。

 

 「あなたが問えばアルベルトは間違いなく答えます。奴はあなたの忠実な僕のようですから」

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

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