クローバード社会議にて 2
「引抜きですか、穏やかではありませんね」
エムルヒルがシドの言葉を繰り返す。
「他の会社からも声がかかるほど、出来た団体だったってことかい」
感心したように言ったのはニーチァルニだ。三十代中盤で少しチャラついた雰囲気の男だが、仕事は職人気質だ。
「ああそうだ。特に代表者のセス、そして、その下につき彼を支えている者達は、統率力や行動力、思考力は申し分ない。そんな彼らに保護されている子供達もよく教育が行き届いている。リストを渡したが、これだけの人数、年齢層をクローバード社が一気に確保出来る機会はこれを逃したらありえない」
重鎮達はあらかじめ渡しているリストを見た。リストには子供達の性別、年齢をグラフにしたものと、実際にレーヴンヴァイスとして働くことになる大人達の情報が載せてあった。
大人達の情報だが、『選別』の時にセスがつけたリストには五十人くらいの名があった。しかし、『選別』を潜り抜けたのは半数より少し多目の三十人程度だ。
そこからシェルムのような未成年者を除くと十八人という人数になる。実際にはシェルム達にも手伝わせるようになるかもしれないが、今のところはこれで何とかなる。
子供達の人数の方は以外と多い。百人くらいは保護下におかれていた。あの小さな教室のような所が七ヶ所と、後はセスのとこの屋敷で生活している分らしい。そんな裏事情を思い出しながらシドは続ける。
「コスト的な面を考えても一から設置するより、はるかに安価だ。その資料の裏面だ。人員の補充に関してもだが、場所的問題も解決している。彼らの今までの活動場所をそのまま利用すればコストは大幅に削減出来る。多少の改善は必要だろうがな」
「コスト的な面から言えばこの程度で済むのは魅力的ね」
ルピナスが唇に人差し指を当てて頬笑む。彼女はお金の管理をしている部署だ。コストが下がるのは大歓迎なのだろう。
「しかし……、その者達に打診をしようとした段階で我々に言うべきでしょう」
「そうだ。坊っちゃんが報告を後回しにしたから、別の会社に彼らが目をつけられたのですよ。そこの従者でも使い報告すべしです。そうすれば我々が的確な答えを導けたかもしれませんのに……。全ては坊っちゃんの見通しの悪さが原因ですな」
コリウスが言うとザニエジはそれに全力で乗っかった。そんなの結果論だろうとシドも腹が立つ。しかし、横で笑顔を深めているアルベルトの方が怒りを感じていそうで彼を見ると自分の気持ちを容易に押さえ込めた。
だが、重鎮達の中にも不快感を現すものが出ていたようだ。ガタッと音を立てて席を立ったのはグロリオサだ。
「さっきから聞いていれば、決めるのはシド様であんたじゃないでしょ。シド様に対して偉ぶりすぎ!」
キッとザニエジを睨み付ける彼女にザニエジも反論する。
「あなたのような小娘には分からんでしょうが、大人には子供を導く役目がある。経験の浅い坊っちゃんを導くのは我々なのです。分からんなら大人しくしておりなさい」
真っ向から喧嘩するのではなく、のらりくらりとしたザニエジにグロリオサの頬が赤く染まる。
「グロリオサ、気持ちはありがたいが、この会議は皆の意見を聞く場だ。まだ会議は終わっていない。着席しろ」
「はい」
シドはグロリオサを諌め座るように促した。グロリオサは反射的に返事し座るも納得がいかない。そんな彼女の服の裾をちょいっと引っ張ったのはルピナスだ。
「会議の途中であのような振る舞いは美しくないわ。見なさい、社長の顔。あれは商談に勝算を見つけている経営者の顔よ」
妖艶に笑うルピナスの言うとおりシドを見るけどグロリオサには彼女の言うことが分からない。けどシド様の考えなら大丈夫と自分を納得させた。
「さて続けるぞ。ザニエジ。さっきあなたは打診をする前に相談すべきだというコリウスの意見に賛同していたな」
会議の内容を振り替えるようにシドが言うと彼はすぐに飛び付いてきた。
「ええそうですとも。さすれば、私どもで彼らを加えてよいものか対策ができましたのに」
「なるほど、では部署を加えることに関しては?」
「それも同じでしょう。私どもに相談いただければ、より良いものとして設立できたのに………嘆かわしい」
重鎮達の大多数が彼を冷ややかな目で見た。会議室の空気が変わったことに彼も気づいたのだろうか。ザニエジははっと周りを見渡した。
「おかしいな。僕は以前より会議において、部署の設立について提議していた。その場で誰よりも反対していたのがザニエジ、あなただろう」
「そ、それは」
眉根を寄せたシドが淡々とザニエジに語る。ザニエジが反論する前にシドは続けた。
「今、あなたは相談していただければより良いものとして部署の設立が出来たと言ったな。部の設立には賛成いただけると言うことだな?」
「え、ええ。そうですな。考えが変わりましたよ」
ザニエジは少し焦ったように返事をする。ここでやはり反対だと宣言すれば自分の言葉に誤りがあったと言うことだ。若造相手に非を認めたくないという彼の思いが裏目に出た瞬間であった。
「そうか。もっと早くに部の設立に対し承認いただければ、僕も打診の件を相談しようもあったのだがな………。結果として、このような措置をとることになったのは僕としても不本意なのだ」
やりたくてやったわけではないとシドは強調する。静観している他の重鎮達への牽制も込めて。
「しかし、今、ここにいる全員より部の設立が認められた。そこでだ。その部で働く者として、僕は仮にレーヴンヴァイスに任せることにしている。これは優秀な人材を他社にとられる前に確保するための特別措置だ。これより皆にも視察に出てもらい、彼らがクローバード社に必要か否かをその目で見てもらおうと思う。これについて異論があるものは?」
シドは堂々と全体に向けて発言をした。手をあげたのはコリウスだ。
「どうぞ、コリウス」
「もし、彼らがクローバード社に値しないと判断した時は部の設立を白紙に戻すことはあり得ますか?」
コリウスの冷淡な声にザニエジは光明を見つけた気分になった。このまま坊っちゃんの思惑通りに進むのはしゃくだ。視察に出た後に難癖をつければどうだろうかと考えが浮かんだのだ。
「いや、人材の入れ替えは検討するが、部の設立についてはここで全員より承認をいただいた以上覆す気はない」
「左様ですか、かしこまりました」
コリウスよ、もっと頑張るのだ。ザニエジは心の中で思ったが口には出さない。コリウスはザニエジと同じように若き社長に反感を抱いているが、変化を嫌っているわけではない。変化を嫌うザニエジとは少しタイプが違うのだ。
「他に………エッツク」
「視察の日程についてですが、ここにいる方、全員が都合を会わせるのは不可能かと思います。自由参加の許可と希望日を複数用意していただければと思います」
「自由参加は構わないが、その場合は基本的に参加した者に一任という形にしてもらう。日取りは何パターンか用意しよう」
「ありがとうございます」
エッツクは視察に向けてやる気を出している。ザニエジのことを気にせずに進む会議に彼は憤りを覚える。だから、何とかしてシドに恥をかかせたいと思ってしまう。
「坊っちゃん」
「どうぞ、ザニエジ」
「その視察、この会議の終了後すぐに赴くのはよいですかな?」
この会議が終わった後、すぐではろくに根回しも出来ないまま視察を迎えることになる。つけ入る隙がありそうだと笑みがこぼれる。
「ザニエジさん、あなたは……」
エムルヒルが見かねてなにかを言いかけたがシドはそれを制して頷いた。
「会議終了後すぐにというのなら手配しよう。僕も同行する」
それに反応したのはザニエジではなく、他の重鎮達だった。
「では、私も同行させてください」
気を取り直したという調子のエムルヒルが声をあげた。
「シャムイも行くのか?」
黙したまま小さく手をあげたシャムイが頷いて見せる。この場で最も年上の彼はいつにもまして寡黙だった。
「あたしは今日はダメだな」
「僕もですね」
グロリオサとエッツクの若年コンビはこの後、予定があると参加を見合わせた。
「私も今日は遠慮します」
几帳面にスケジュール表を見ていたコリウスが目を細めた。
「今日のうちに行っておきたいかな」
早い方がいいと決めたのはニーチァルニだ。反対にルピナスは参加が多いと大変でしょうと後日にした。
「では会議終了後、ザニエジ、エムルヒル、シャムイ、ニーチァルニは残るように。他の者は別パターンの視察日を選択するか参加者に一任するかを決めておいてくれ。では、議題をうつる」
「かしこまりました」
シドの言葉に皆が返事をする。それを聞いたシドは次の議題について触れる。
そして、様々な思惑の中で会議は進み、視察の時間がやって来た