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偽主  作者: シュカ
120/141

クローバード社会議にて

こんな時間にここにやって来る人物なんて一人しかいない。シドは書類から目もあげずに返事をした。

 

 「どうぞ」

 

 「失礼します」

 

 入ってきたのはやはりアルベルトだった。だが様子が少しおかしい。いつもは余裕ぶった微笑を称えているその顔に笑みはなく、ひどく疲れているようだった。シドは驚き席を立つ。

 

 「アルベルト、とりあえず座れ」

 

 部屋の片隅から椅子を引っ張り出しアルベルトに進める。

 

 「主の手を煩わせ申し訳ございません」

 

 アルベルトは謝りながらもその椅子に腰かけた。主の前で椅子に座り休むアルベルトを見たのは初めてだ。

 

 こんな状態でシドの前に現れることは今までなかった。明日落ち着いてからではいけない、よっぽどの急ぎの用件なのは理解できる。

 

 シドはアルベルトの状態が落ち着くのを待ち執務をする。やや時間があってアルベルトは立ちあがり微笑を浮かべた。

 

 「お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」

 

 「いったい何があった」

 

 シドは執務の手を止めアルベルトを見据える。

 

 「その前に坊っちゃんの賭けは無事勝利を納めたようで何よりです」

 

 「ああ、魔術具での連絡もつかなかったわりによく知っているな」

 

 「屋敷の中が落ち着いておりましたから。坊っちゃんが退学処分になっていればこうはいかないでしょう。それに便りがないのは無事な印ですよ」

 

 ふふっと頬笑むアルベルトにシドは皮肉げに返す。

 

 「便りがなかったが無事なように見えない男が僕の目の前にいるのは気のせいか?」

 

 「なんのことでございましょう」

 

 シドの揺さぶりにアルベルトは気を悪くした様子もなく微笑むだけだった。シドは、はぁーっとため息を吐き頬杖をついた。

 

 「クローバード社の重鎮達よりレーヴンヴァイスの件で言い募られておりました。全ては明日の会議でご説明すると申し上げましたが聞く耳を持っていただくまでに今までかかったのです」

 

 「そうか。ご苦労だった、アルベルト。明日の会議では少しアプローチを変えた方がよさそうだな」

 

 真剣な表情になったアルベルトにシドも表情を変えて考える。

 

 「ええ、中でもザニエジ様がご不満を露にしておりました。お気をつけを」

 

 ザニエジ・ギロー。クローバード社の重鎮の一人。シドが社長になる時にも「幼い坊っちゃんにはご無理が過ぎます」と反対していた人物だ。

 

 五十代という年齢ではあるがその目には野心がギラギラと輝いており、少しでも醜態を見せるとどこまでも弱点としてついてくる。その割りに新しいことには慎重で昔からの流れを大事にする者だ。

 

 シドはザニエジの人物像を頭に浮かべる。どうにも好きにはなれないタイプだが、仕事の上で敵に回しておくと非常に面倒だ。

 

 「しばらく大人しくしていると思っていたが、ここで動き出したか」

 

 「ええ、これまでも色々と取りいれる中で小さな苦言などは呈しておりましたが、実際取り入れたものが成功しておりましたから何も言わなかったのでしょう。今回の件では他の社員からも困惑の声が上がっております。レーヴンヴァイスをいれることになった経緯と坊っちゃんの考えをはっきりさせることが必要でしょう」

 

 「それで素直に引いてくれるとは思わないがまずはそうだな」

 

 それからシドとアルベルトは二人で意見交換をし対策をたてる。そして次の日を迎えた。クローバード社の会議の当日である。

 

 「いったいどういうことでありますか!得たいの知れないものどもを社にいれるなど!説明を要求いたします」

 

 八名の重鎮達とシド、その従者のアルベルトがそろい、会議が始まってすぐにザニエジは口から唾を飛ばす勢いでシドに問い詰めた。

 

 「ザニエジさん、社長に向かってやりすぎですよ。会議はまだ始まったばかりです。おいおいご説明いただけますよ」

 

 「ちっ、若造が」

 

 そんなザニエジを止めたのは、彼の横に座っていたエッツクだ。眼鏡を押し上げて、シドの方に無言で頭を下げた。彼の方は三十代前半で争いを好まないのか、まあまあと周りを押さえる役目をしていることが見受けられる。

 

 シドは彼に片手をあげて、それから全体に向けて声を張った。

 

 「皆にはすでに伝わっていると思うが、我がクローバード社に新たな部署が加わることになった。名はレーヴンヴァイス。彼らには商品のモニターとしての役割を担ってもらう」

 

 事前通達はしっかりとされており重鎮達の顔には驚きはない。しかし、その中で反感の色を宿しているものは何人か見つけられた。

 

 彼らが口を開く前にシドはレーヴンヴァイスをクローバード社にいれることになった経緯を話す。

 

 「我が社ではモニターテストに難儀していた。新商品を発売する前に、実際に子供達に使用してもらいデザインや性能を確かめる重要なものなのにも関わらずだ」

 

 これには頷きの人数の方が多かった。

 

 「安定して、モニターテストがを行うことの出来る人員が必要だと言うのは会議の場でも問題になっていた。そのため、急遽レーヴンヴァイスを組織し、その部署の設立にあたったのだ」

 

 「そうはおっしゃいますけれど、私どもに相談の一つもなく新しい部署をお作りになるなど……。私どもの力でクローバード社が成り立っていると言っても過言はございませんのに」

 

 実に嘆かわしいとザニエジが吐き捨てる。

 

 「ザニエジさんは言い過ぎとも思いますが確かに相談くらいしていただきたかったですね」

 

 声をあげたのエムルヒルだ。ザニエジより少し年下だが、人望が厚く、真面目な男だ。ザニエジは彼をライバル視している所がある。今も目は合わせないがジッと聞き入っているようだ。

 

 「そうだな。二人の言う通りだ。他の皆の中にも同じように思っているものがいるだろう。だが、今回は急を要したため特例で彼らの部署を作り皆に報告をするという逆の順序になったことを理解してほしい」

 

 「理解できかねませんな。やはり坊っちゃんは幼すぎるのです。このような重大なことを独断で決めるなど……。我々大人の意見を聞いて行動していただきませんと」

 

 ザニエジがシドを嗜めるような発言をする。しかし、その実は自分に伺いを立ててから行動しろと言っているのと同じだ。

 

 「シド様は社長でしょ?いちいちあたしらの機嫌伺って仕事するなんてどうなのさ?それは違うでしょ」

 

 重鎮の中で一番年少、重鎮の中で二人いる女性のうちの一人。グロリオサが疑問の形だがシドをかばう。

 

 「俺はザニエジ殿の言い分に近いな。坊っちゃんはもう少し、会社というものを勉強した方がよいでしょう」

 

 冷ややかな目でシドを見るのは四十台手前の長髪の男コリウスだ。

 

 「ザニエジさんの言うことも社長の言うことも分かるかな」

 

 「そうね、今の段階で何かを言うには早すぎるわ」

 

 「……………」

 

 残る重鎮達、ニーチァルニ、ルピナス、シャムイは少し成り行きを見守る様子を見せた。

 

 シドはぐるりと会議室を見渡した。ザニエジ、コリウスが反対派、エッツク、グロリオサは肯定派。

 

 どちらにもつかないのがエムルヒル。ニーチァルニ、ルピナス、シャムイが様子見というような感じだ。シドは一瞬顔を伏せ、少し低い声で語りだした。

 

 「レーヴンヴァイスの設立に急を要した。その理由をまだ皆には話していないな。まずその理由から話そう」

 

 シドの雰囲気が変わったことに何人かが息を飲む。クローバード社を継ぐと彼が言った時と今のシドの表情が重なって見えた。

 

 「レーヴンヴァイスは僕が取り立てる前からひとつの団体として存在していた。代表者のセスという男を中心とした団体で、彼は主に子供達の保護のために活動していた」

 

 「子供達の保護ですか?」

 

声をあげたのはエッツクだ。興味深そうな顔をしている彼にひとつ頷く。

 

 「訳があり親と別れた子供や弧児院の支援活動だ。代表者のセスとは少し付き合いがあってね。同じ子供のために働く者通し協力できないか以前から考えていたのだよ」

 

 「どこの馬の骨かも分からない輩とですか。坊っちゃんはお人好しですな」

 

 ザニエジがふんっと鼻を鳴らす。シドは彼を見据えてはっきり言った。

 

 「代表者のセスは旧クーララ家の者だ。身分ははっきりしている」

 

 「なっ、あのクーララ家!?」

 

 「そんな方が支援活動を!?」

 

 いくつかの声が上がり会議室はにわかにざわめく。校長は昔からセスが自分の跡取りだと周囲に宣伝していたらしい。

 

 下働きの過去を隠蔽し、離れで暮らしていたという話も広げていたため、それをそのまま利用することにしたのだ。

 

 シドはどよめく重鎮達を手振りで静かにさせ話を続ける。

 

 「そうだ、訳あってクーララ家は事業を休んでいるようだが、彼はその間に、こういった活動をしていたのだ。それを知った僕は彼にモニターとして働く気はないか打診をすることを考えた。本来、今日の会議はそれについての意見を聞く場であった。だが事態が変わってしまった」

 

 「……どう変わってしまったのですか?」

 

 恐る恐るといった具合でグロリオサが小さく手をあげた。

 

 「彼らが別の団体から引き抜きをかけられたとセスから相談があったのだ」

 

  

 

 

 

 

 

 

 

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