シドとアルベルト
生徒会メンバーとの邂逅を果たしたシドの放課後はその後もなかなか慌ただしかった。
「すまない、ジェイド。よろしく頼む」
「へい。任せてくだせぇ」
ジェイドの運転するクルマに乗り再び家に帰る。玄関で出迎えてくれたヘザーとナタリーそれにアルベルトに軽く挨拶と労いの言葉かけて自室に戻った。
シドは制服から着替え荷物を片付けると書斎に移動しクローバード社の仕事に取り組んだ。学業も大切ではあるが会社の代表としての仕事もたくさんあるそれを疎かにするわけにはいかない。
気がつくと夕食をとり入浴を済ませる時間を除くとノンストップで働き続けていた。
そんな彼が明日のためにそろそろ休もうかと就寝の準備を始めようとしたのはもうとっくに夜が更け日付が変わった頃だった。
そんな時に部屋の戸が控えめにノックされた。やって来たのはクローバード家の執事 アルベルトだ。
「失礼いたします、坊っちゃん」
「どうしたアル。こんな時間にお前が訪ねてくるとは珍しい。何か不手際でもあったか?」
ベットに腰掛けたまま部屋に入って来たアルベルトを見てにやっと笑うシド。それを見たアルベルトは小さくため息を吐き後ろ手に扉を閉める。
「心当たりがおありでしょう。とぼけないでください。」
そのままドアの前に姿勢よく立つアルベルト。シドは彼が言葉を続けるのを待った。
「……首尾はどうでしたか。」
「ああ。あくまで今日は様子見だ。特に何も進展はない」
ぞんざいに言い放つと何が楽しいのかアルベルトがクスクスと笑いだした。
「何か嘘を……いや、隠していることがありそうですね。坊っちゃんは本当に分かりやすい」
「別に隠しているわけではない。……ああ、生徒会メンバーにはバレたよ。僕がシド・クローバードではないことが。」
アルベルトはシドの協力者だ。事件が起きた当初からシドのために何かと尽くしてくれている。シドに化けて学園に通い調査をすると話したときも眉ひとつ動かさず相談に乗ってくれた。
「ふむ、なるほど。今の生徒会会長はキーツ・ラドウィンでしたね。ラドウィン社取締役の末息子でたぐいまれなる観察眼と洞察力の持ち主でしたか。ラドウィン社はすでにそこの長兄が跡取りだと明言しておりますが、それを決めてしまったのは早すぎる気もします。まぁ、彼が相手ならばあなたでは役不足ですね。」
「否定はしない。元より僕もお前も彼の目をごまかすことは不可能と考えていた。計画に支障はない。」
ムッとして言い返すもアルベルトにはどこく吹く風だ。
「他の生徒会メンバーは副会長のユウリ・ヒイラギ。彼女は東洋の呉服屋の令嬢でしたね。聞いたことがあります。後のチュリッシェ・ユースフォルト、ティム・レレイムは庶民の出ですが両名とも一癖も二癖もある人物ですね。それにもう一人生徒会に在籍している方がいるらしいですが、それがどなたなのか未だつかめていませんね。今年の生徒会メンバーは歴代でも頭一つ飛び抜けている才能の持ち主たちです。彼らにバレるのは想定内でしたが、他の方はどうです?」
「全然だな。復学に半年開けたのが聞いたのかもしれん。多少の違和感ならその半年でうやむやになるから。」
生徒会以外の生徒相手のやり取りを思い出す。子息令嬢はクローバードの事業の詮索。それ以外の生徒は半年休学したクラスメートに好機の視線を送るのに懸命だった。
「まぁ、そうでしょうね。生徒会の皆さんには受け入れていただけたでしょうか?」
「いや、僕の話が本当なら学園で生徒会の行動を認めてくれるらしいが…どうだかな。反対意見もあることだし、何か仕掛けてくることも考えられる。」
今日の感じでは悪いようにはされないだろう。それは感覚でわかっているものの、あくまでも慎重に動く。シドは続ける。
「いずれにせよ明日の結果を待つよりあるまい。ただ、うまく生徒会に在籍することになった場合の話し合いはどうするかだな。お互い話したいことは山積みだろうが、出来るだけ内密に済ませたい」
「それならば、クローバードのお屋敷に招待されてはいかがでしょう?ここなら誰に邪魔されることなく心行くまでお話ししていただくことが出来るかと。無論、人払いもしておきます。」
思案顔でそう答えるアルベルト。恐らく明日のスケジュールと照らし合わせでもしたのだろう。
「ああ、そうだな。その運びになった場合は屋敷に皆を呼ぼう。用意は頼むぞ、アルベルト」
「かしこまりました、我が主。では、明日に向けておやすみいただきましょうか。夜遅くに申し訳ありませんでした。」
左胸に手をあて恭しく主の命を受けるアルベルトにシドは労いの言葉をかけた。
「いや、気にすることはない。ご苦労だったな。」
話を切り上げたアルベルトは一礼し、部屋を出る寸前に何かを思い出したような素振りをした。シドの元に戻りるとその右耳に唇を近づけ、そして囁いた。
「おやすみなさいませ、私のかわいいお嬢様」
そうして今度こそ部屋から出ていったアルベルト。残されたシドは電気を消しベットに潜り込んだ。
アルベルトに言われた言葉にざわりとした嫌なものを覚えた。布団を深くかぶり直した。
「僕はシド・クローバードだ。」
誰にともなく呟いて目を閉じると少しだけ心が落ち着いた。その日は珍しくすぐに眠気に襲われシドはすぐに眠りにつくことができた。