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偽主  作者: シュカ
119/141

ささやかな団らん

「坊っちゃん、おかえりなせぇ」

 

 「ああ、ただいま戻った。ご苦労、ジェイド」

 

 「もったいねぇ言葉でさぁ。さっ、屋敷に戻りやしょう。今日はなんかアルベルトのやつがそわそわしておりやしてね。坊っちゃんに何か用事があるようなんす」

 

 「ほう、アルベルトがか。分かった。ジェイド、車を出してくれ」

 

 「かしこまりやした」

 

 生徒会で仕事を終えたシドは迎えに来たジェイドの車で屋敷に帰るところだった。アルベルトは今日の結果を気にしているのだろう。

 

 「アルベルトの奴、そんなにいつもと違うのか?」

 

 「いえ、そんなことありやせんよ。仕事は相変わらず完璧にこなしておりやすが、なんとなく落ち着かないようにが見えることが時々ありやした。気のせいかもしれやせんけど」

 

 「そうか、クローバード社の方で何かあったのかもな」

 

 前を向いて運転を続けるジェイドは軽く頭を掻き笑った。彼はアルベルトともシドとも一番付き合いが長い従者だ。そういったことに気づくのにジェイドはけっこう早い。

 

 今回の賭けのことはアルベルト以外の従者には伝えていなかった。どうせ勝つ勝負だ。下手に心配をかけたくないという自信からそうしていた。

 

 だが、ジェイドはもしかしたら何かあったことに気づいているかもな。

 

 バックミラー越しに見えた彼の瞳が優しげに細められたのをシドは気づいていた。

 

 聞かれるまでは黙っておくけどな。

 

 それからは屋敷に着くまでジェイドと学園の話をしていた。授業のこととか当たり障りのない話を。

 

 「おかえりなさいませ」

 

 「ただいま戻った」

 

 玄関で迎えてくれたヘザーとナタリーに挨拶を返すとヘザーがシドから荷物を受け取ろうとする。普段はアルベルトがやっていることなのでシドは周りを見渡した。

 

 「アルベルトは?」

 

 「坊ちゃま。ただいまアルベルトが外に出ておりますので私がお荷物をお預かりします」

 

 「ジェイドがアルベルトがそわそわしていたと行っていたが?」

 

 「ジェイドさんが出た後にアルベルトも外に出たのです」

 

 「そうか、頼む」

 

 アルベルトがいないこと自体は珍しくもないが、この時間にいないことは最近なかったため少し不思議な感じがした。

 

 「坊っちゃん、アルベルトさんから夕食は間に合わないから先に食べててくださいと伝言を預かってます」

 

 ナタリーは出来るだけ丁寧な言葉にしようと頑張っているのが分かる言い方だった。アルベルトがそう言ったのは本当だろうが、ナタリーの目が「お腹すいたよー」と訴えてきておりシドは小さく笑った。

 

 「分かった。僕は着替えてくるから食事の準備を頼む。アルベルトの分は取り分けておいてくれ」

 

 「かしこまりました!」

 

 元気な返事をし、キッチンに戻っていったナタリーを見送り、一瞬呆れたような顔をしたヘザーだったがシドの方を振り返り笑顔を見せた。

 

 「では坊っちゃん。お部屋までお供します」

 

 「ああ、頼む」

 

 シドはヘザーを伴い部屋まで戻る。入口のところで彼女に声をかけた。

 

 「ありがとう、ヘザー。ここまでで大丈夫だ。着替えたらすぐに行く」

 

 「かしこまりました。流石に坊っちゃんのお着替えをお手伝いするわけにはいきませんからね。ジェイドも車の点検中ですし申し訳ございません」

 

 むしろ、ジェイドがいなくて助かったとシドは内心ホッとする。

 

 「着替えくらい一人で出来る。ジェイドが戻ったらキッチンで待ってるように伝えてくれ」

 

 万が一にでも誰か来ないようにシドはやや不機嫌気味にヘザーに申し付ける。ヘザーはそんなシドを見てくすりと笑った。

 

 「ええ、心得てます。それでは私もナタリーを手伝って参ります」

 

 「よろしく」

 

 身を翻しキッチンへと降りたヘザーを見送りシドはパタンとドアを閉め鍵をかけた。

 

 「ふぅ」

 

 なんとか乗りきれたな。校長との賭けは勝つ自信があったが、それでも不安にならなかった訳ではない。やっと屋敷に戻り不安から解放されたことから眠気を感じてきた。このままベッドに潜り込みたい気分だが、数日の間おろそかになってしまったクローバード社の方の仕事にも手をつけなければ。それに皆も夕食の席で待っている。

 

 眠気を飛ばすように頭を軽く降り軽く頬を張った。制服のボタンをはずし私服に着替える。

 

 

 

 「待たせたな」

 

 「いえ、そんなことはありません」

 

 シドが食事の席についた時には、すでに四人分のカトラリーが並べられていて、すぐにでも料理を給仕できる状態になっていた。

 

 シドの言葉に返事をしたヘザーがキッチンの方に声をかける。

 

 「ナタリー、坊っちゃんがお見えになりました。ジェイドもこちらへ来てください」

 

 「はーい」

 

 「坊っちゃん、お疲れ様でさぁ」

 

 キッチンの方からジェイドがやって来る。シドは彼に軽く頷いた。ジェイドはシドの席を引いて彼を座らせる。

 

 「ありがとう」

 

 「へへっ、いいえでさぁ」

 

 シドの感謝の言葉にジェイドが照れたように笑う。ヘザーがパンっと手を打って注目を集め、にこやかに微笑んだ。

 

 「さあ、ジェイドさんもおかけください。今夜はナタリーが腕をふるって新しい料理に挑戦しましたよ」

 

 「ほう、それは楽しみだな」

 

 シドの口もとが緩む。ナタリーは食べることが好きだ。美味しいものを食べるために美味しいものを作ることに力を入れているようだ。ナタリーは料理の腕をメキメキと腕をあげており、料理に関しては彼女だけに任せても大丈夫とヘザーのお墨付きをもらっている。 

 

 「でっきました!」

 

 弾んだ声でナタリーがお盆を持ってきた。湯気がたつ皿をシドの前に置き使用人達の前にも置いていく。中身はスープでふわっと美味しそうなにおいに食欲が刺激される。食べてしまいたいのを我慢して皆が揃うのを待つ。

 

 「今日もおいしそうでさぁね」

 

 「ああ、そうだな」

 

 ジェイドが目を細めて料理を見つめ笑顔を浮かべる。

 

 「これで揃いましたね」

 

 「はい!腕によりをかけて頑張りました。食べましょう」

 

 スープの他にパンやサラダが並べられヘザーとナタリーが椅子に座った。皆が揃ったのを見計らいシドは声をかける。

 

 「覚めないうちにいただこう」

 

 「はい!」

 

 自信ありげなナタリーの様子をほほえましく思いながら、彼女の新作の料理に手をつける。

 

 スープの中にスプーンを差し入れると貝や魚の存在が確認できた。スープといえば野菜を煮込むものだと思っていたシドは少し驚いた。

 

 「これは魚のスープなのか?」

 

 「私も驚きましたが、美味しくできておりますよ」

 

 先にキッチンで味見役をしていたヘザーがシドの様子に笑みを浮かべる。

 

 「さっ、坊っちゃん。召し上がってください」

 

 反応が見たくてたまらないというナタリーの期待に応え、シドはスープを口に運んだ。

 

 「……うまいな」

 

 驚きのあまり一瞬言葉が出てこなかった。スープのベースはトマトの味でそこにじっくり煮込まれホロホロになった白身の魚やぷりっとした貝、とろとろになった野菜の旨味が溶け出している。

 

 「えへへ、お褒めに預かり光栄です」

 

 ナタリーが嬉しそうに胸を張る。それを見たジェイドとヘザーも料理に手をつける。

 

 「また腕をあげたなぁ。ナタリーちゃん」

 

 「ええ、パンとの相性もいいですね」

 

 それぞれが感想を言いながら和やかに食事が進む。食後のお茶をいただくとシドは従者達に声をかけた。

 

 「今日の食事もおいしかった。では僕は少し執務をする」

 

 「ほどほどにしてくださいね」

 

 「ああ」

 

 後片付けをしていたヘザーに釘を刺されシドは苦笑した。

 

 シドは書斎に戻り、積み重ねられた書類の束を見て少し辟易した。

 

 「改めて見るとすごいな」

 

 校長と賭けをしていた三日間の間、全くというほどではないが、あまりここに足を運ばなかった。その結果がこれである。

 

 「片っ端からやるしかないな」 

 

 そう呟いてシドは優先度の高い書類から目を通し始めた。

 

 それからどれくらいの時間がたっただろう。部屋の扉がノックされたのは日付が変わった頃のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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