気持ちを明日へ
「シド!何を言っているのだ!?」
今まで静観してくれていた生徒会のメンバーの中からいち早く声を上げたのはキーツだった。
「校長先生が宝を認めているのにどう言うことなのだ!」
いつも穏やかなキーツがこんなにも取り乱したのを初めて見た。彼は今回のことで一番心を砕いてくれたのだ。せっかく賭けの勝利が決まり退学を逃れたのにと表情が雄弁に物語っている。
他のメンバーも似たり寄ったりであっけにとられたり呆れ顔をしていた。ティムだけは相貌を細め、成り行きを楽しんでいるように見える。そんな彼と目が合い唇が動くのが見えた。
「やりなよ」
声には出さなかったがはっきりと読み取れたその言葉。シドは苦笑いを浮かべ、それから表情を引き締めキーツを制した。
「キーツ先輩、まだ終わりではないです。ここで引き下がったら、いずれ同じことが起こります」
「しかしそれでは…」
呆気にとられ言葉を失っている校長をよそにシドは小声でキーツに話しかけた。シドの言い分も分かるが、せっかくの賭けの勝利を撤回されたら大変だとキーツは心配そうだ。
「大丈夫です。信じてください」
出来るだけ皆が安心するような笑みを浮かべシドは再び校長に退治しようとする。
「信じるぞ」
止めてもダメだと悟ったのか少しの呆れと信頼を込めた笑みでキーツは引き下がった。
こちらに飛びかからんばかりのだが自分で押さえ込んでいるチュリッシェ。仏頂面で睨んでいるリャッカ。楽しげに笑っているティム。たおやかに微笑んだユウリとそこに加わったキーツ。一人一人見てそれからシドは再び校長を見た。
「校長先生、続きをいいですか?」
「話してみなさい。しかし、いいのかい?このまま終わってもいいんだよ?せっかく君は私に勝ったんだぞ」
呆気にとられていた校長は我にかえっており、本当にいいのかとシドに問う。前言撤回もありえるぞと暗に言われた気がした。
「ええ、最後まで聞いてください」
「よかろう」
校長が表情を引き締めて椅子に深く座り直した。それは話の再開を意味した。シドは深く息を吸った。
「校長先生はコリドリスさんのことを本当に大切にしていた。疑いようもないくらい大切に大切にしていた。それは間違いないです」
「ああ、そのとおりだ」
今さら何を言うと校長は痛みをこらえる顔つきをした。
「だからこそ先生はコリドリスさんを蘇らせようとした。子供や孫を使ってコリドリスさんのような子が産まれるのを望んだ」
先程と同じことをもう一度述べる。キーツが後ろで声をあげかけて止まった。シドが言いたいことを止めようとして止めた感じだった。確かにこれを伝えてどうなるかは分からない。
だけど、これは紛れもない真実だ。
シドは止められる前に強い口調で言い切る。
「だけど校長先生、もう気づいていますよね。そうして産まれてきた子どもはコリドリスさんじゃありません」
その瞬間時間が止まった。これ以上ないくらい校長は目を見開いて口はわなわなと震えている。
そうしてどれくらい経っただろう。校長がガバッと立ち上がった。シドは後ろから首もとを捕まれ引っ張られる。
振り替えるとリャッカがそばにいた。校長の様子に鬼気迫るものを感じシドを強引に後ろに下げたらしい。
キーツとティムが女子メンバーを庇うように前に出る。
引っ張られた衝撃でケホケホとむせながらもシドは校長から目線を外さない。警戒するリャッカにシドはようやく整った息で小さく囁いた。
「多分、大丈夫です。リャッカ先輩の思うようにはなりません」
「あっ?」
襟首をつかむようにしていたリャッカの力が緩む。シドが前に出ようとするとリャッカは舌打ちをして戻った。
「どうなっても知らねぇぞ。…気を付けろ」
「はい」
心配の言葉を口にしたリャッカはシドの肩をポンッと叩く。
「校長先生、いくらセスやクラスタを手元に置いたって、コリドリスさんに似た容姿や能力があったって、それはもうコリドリスさんじゃなく別の子供なんです。もうコリドリスさんは帰ってこないんだ」
シドは一歩一歩校長に向かって歩を進めながら諭すように語りかける。執務机を挟んで対峙すると校長はシドにつかみかかった。
あっと声を上げたのはチュリッシェだった。彼女のことをリャッカが止め、ユウリとティムをキーツが止める。
シドは慌てることなく両肩を捕んだ校長の手にそっと手を添える。
「コリドリスさんはずっと昔に亡くなってしまったんですよ」
掴んだ手にぐっと力を入れる。校長は抵抗なくすっと腰かけた。力なくうつ向く姿は、いつもの穏やかな校長先生でもシドと賭けをした時のギラギラとした顔でもない。静かに涙を流していた。後ろのメンバーがそんな校長の姿に息を飲む。
「そんなことは分かっておる。しかし、私はどうしてもコリドリスに会いたい。あれから四十年はたとうとしているが気持ちが変わることはないのだ」
苦しげに息づく校長。悩み、悩み、悩み抜いて見つけた答えがコリドリスの生まれ変わりを得ることだった。その気持ちはシドにも少し理解できる。
「大事な人を失った悲しみはその人が大事な人であればあるほど癒えることはありません。それでも生き残った人は前を向いて生きていかなきゃいけないんです」
握った拳がぎりっというほど力が入っていた。それに気づき、手をグーパーと動かし力を抜く。
「それも分かっておるわ!だが、それでもどうしようもないんだ!お前に何が分かる!」
校長が顔をあげる。悲しげな色を瞳に浮かべている。それがなんだか助けを求めているようにシドは見えた。
「大切な人を失う痛みは僕にも分かりますよ!」
シドが大声を上げた。声を荒らげることが珍しいシドに皆が驚く。面白そうに何か言いたげなティムにチュリッシェが肘をいれて黙らせた。リャッカが呆れた顔をする。
「会長」
「見ておけユウリ」
ユウリは不安げにキーツに問うもキーツはまっすぐにシドの姿を見たまま動かなかった。
校長先生とシドは大切な人を失ったもの同士だ。そこに付け入る隙はない。どこまでもあの二人は似ているようだ。校長先生を救えるのならばシドだろう。小声で囁かれユウリはキーツにならいシドを見た。
「僕も大事な人を失いました。辛くって苦しくってどうしようもなかったけど、それでももがきながらある目的のため生きてるんです」
シドの目的、すなわち真実を見つけることだと生徒会メンバーは悟る。校長は同じ痛みを持つというシドにはっとした顔をしたが力なく首を降った。
「だが私には何もない」
それにはすがるような思いが込められていた。彼の目は不安がる子供のように揺れていた。
「校長先生にはクラスタがいるじゃないですか」
「クラスタが?」
校長はシドの言葉をおうむ返しにする。シドは力強く頷いた。
「今回の調査の中でクラスタにも話を聞きました。クラスタはお爺ちゃんが大好きだと言っていましたよ。そんなに彼女に慕われているんだ。校長先生ももっとクラスタ自身を見てあげてください」
「クラスタが私を…」
今まで校長はコリドリスと比較し、コリドリスを通してクラスタを見ていたのだと思う。多分クラスタは校長に直接行為の言葉は伝えていたはずだ。それなのに彼にはそれが伝わっていなかったのだ。
「大事な人を失って辛く思う気持ちは分かります。長年大事にしてきた思いを変えることが出来ないことも。だけど今手もとにいる大事な人にも気づいてください。そして出来れば失う前に大事にしてください。でないとまた後悔してしまいます」
顔をあげシドの言葉を聞く校長の目はもう揺れていない。
「僕の話はこれでおしまいです」
シド自身も話していて痛みを感じていたのか、校長に向けて笑った顔は少しぎこちなかった。
先程よりも長い長い長い沈黙が訪れる。校長は一度うつむいてから顔をあげた。
憑き物がとれたような晴れやかな顔だった。
「ありがとう、シド君」