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偽主  作者: シュカ
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お仕事の話

今度は慎重にノックをしてから中に入る。セスは先ほどと同じ姿勢で紅茶を楽しんでいた。アルベルトがいないためシドの姿を認めてもリラックスしている風だった。

 

 「先ほどは失礼いたしました」

 

 「いや構わないよ。僕の方こそ突然訪ねて来てしまってすまなかったね」

 

 セスは楽しげにしながらシドの前に紅茶を用意する。ティーポットと予備のカップはあらかじめ部屋に常備していたようだ。

 

 「いえ気にしてません。ですが、行きなりどうしたんですか?」

 

 「ああ…」

 

 シドの問いかけにセスは難しい表情をした。言葉を選んでいるようにも見える。

 

 「シド、ずいぶんと無茶をしているようだね」

 

 「それほどでもないですよ」

 

 今日、リャッカとティムがセスに会いに行っていたということをシドは思い出す。二人から色々聞いてきたのだろうとセスの来訪の意味を理解した。

 

 「リャッカ先輩とティムが伺いましたよね。昼はありがとうございました」

 

 「ああ、それは構わないよ。二人から今日のことは聞いているのかい?」

 

 セスの言葉からは少しだけ咎めるような雰囲気を感じる。シドはあえてそれには触れない。

 

 「いえ、明日に報告会を開きます」

 

 「そうか」

 

 セスは険しい表情で紅茶を一口飲む。シドもそれを真似した。

 

 「じゃあ、今日僕が話したことは二人から聞くといい。今日ここに来たのはその為じゃない」

 

 「はい」

 

 「どうしてこんな真似をしたんだ」

 

 セスは特に声をあらげた訳でもない。だけど、その声は明らかに非難の色を宿していた。

 

 「セスさん達レーヴンヴァイスは僕の部下だ。部下を守るのは上司の勤めでしょう」

 

 「そんな建前で納得すると思うかい?」

 

 穏やかに、だけど引き下がるつもりはない意思をセスから感じる。これで濁せたら良かったんだけどなと心の中でシドは嘆息した。

 

 「なぜ君は僕らのためにこんなことをしているんだ?自分の退学までかけて、生徒会の友まで巻き込んで、そこまでして僕らを守る必要なんてないだろう」

 

 セスは淡々と話しているつもりなのかもしれないが、言葉の端々から怒りが感じられる。彼が言っていることはよく分かるしそう思うのも仕方がない。シド自身そう思ったこともある。

 

 「理由は色々とあります。だけど一番の理由は、それでは僕が嫌だから…ですね」

 

 「それは…かなり感情的な理由だね」

 

 思いもしない答えだったのか、セスの言葉から怒りが消えた。

 

 「はい。我ながらどうかしていると思います。出会ってそこそこの相手に対しここまでのことをするなんて」

 

 セスはシドの言葉に頷く。それはもっともだと思ったから。

 

 「だけど僕は、校長先生のシークレットジョブに納得できなかった。それからセスさんに会ってこの組織を潰すのはおかしいと思いました。それにクラスタの校長先生への思いを守りたいとも思っています。だから、校長のとの勝負を受けました。ただ、僕のエゴで皆さんを巻き込んだことは申し訳なく思ってます。もう後には引けませんけどね」

 

 シドは申し訳なさそうに言って苦笑した。セスは穏やかな笑みを浮かべる。

 

 「そうか。じゃあこれは僕のエゴだけど、僕らの組織…あるいは家族の問題に君を巻き込みたくなかった。いくらクローバード社の社長だとはいえ、シドはまだ学生だ。当事者の大人としてこんなことに巻き込んだことを謝罪させてほしい」

 

 自分のエゴだと前置きをしてから発言したセスにシドは言葉をつまらせる。セスはそんなシドを見てクツクツと笑った。すると、シドは不機嫌そうに反論する。

 

 「今更、大人も子供も関係ないでしょう。謝罪とか必要ないですよ」

 

 「ああ、分かったよ。どちらにせよ後には引かないようだしね」

 

 必死に反論したシドの態度が子供っぽい。この年頃の子は子供扱いされるのを嫌うからな。ましてやシドは大人の社会でも働いているし。セスは笑いを噛み殺した。

 

 「だけどシド。ちょっと誤算があるかもね」

 

 「なんですか?」

 

 シドはセスの言葉に首を傾げる。本当に気づいていないのか?セスは疑問に思いながらも口を開く。

 

 「君はさっき、上司として部下の僕らを守ると言ったけど、僕らが部下でなくなったら守る理由はなくなるだろう?」

 

 セスは何気なく言ったつもりだったがシドの反応を見て少しだけ後悔した。彼はわずかに目を見開き、顔色を変えたのだ。表に出さないように取り繕った感じはしたが、それでもセスには気づけた。シドがその言葉に少なからずショックを受けたことに。

 

 「セスさんは皆を連れてクローバード社から離れる予定ですか?」

 

 しかし、シドはそのショックからすぐに立ち直り頭を切り替えたようだった。だからセスもあまり深く追求せずに首を横に振った。

 

 「いや、将来的にはそれもあるかもしれないけど、今の所予定はないよ。僕が言ったのはあくまでも可能性の一つだ」

 

 「そうでしたか。分かりました」

 

 言葉の単調さとは裏腹にシドは安堵したような顔をする。セスには今の彼がいつもよりずっと隙があるように見えた。いつもはもっと張り詰めているような緊張感があるが今はそれがない。

 

 慣れている相手だと気が緩んでいるのだろうか。そういう油断は時に命取りになるものだが、彼は気づいているのだろうか。大人ぶっていてもまだまだ子供。しかもお人好しに見える彼が、この先もクローバード社のトップに立ち続けられるのだろうか。

 

 「それなら僕達に任せてください。校長先生には負けませんから」

 

 「分かった。僕の方でもなにか考えておくよ。それと僕に出来ることがあったらいつでも言って」

 

 楽しそうな笑みを浮かべ言い切ったシド。セスは先ほどの思いを飲み込んで柔らかく微笑んだ。

 

 「セスさん、こちらからも少し話があります。アルベルトを同席させますがよろしいですか?」

 

 「分かった」

 

 アルベルトが同席すると聞き、セスは居ずまいを直す。ここからは仕事上の立場に乗っ取った関係でいなければならない。シドが手にした魔道具で簡潔にアルベルトを呼ぶと彼はすぐにやって来た。

 

 「失礼いたします」

 

 アルベルトは右手にファイルを持っていた。シドは彼に席を勧め、セスは深く頭を下げる。

 

 「シド様、お時間をいただき感謝申し上げます」

 

 アルベルトはシドを名前で呼び、丁寧に話した。仕事モードに入っているようだ。

 

 「早速だが何か問題か?」

 

 「ええ、単刀直入に申し上げますが、社内にセスさん達が一つの部署と加わったことで一部反発が起きております」

 

 アルベルトがさらりと報告する。シドもセスも特に顔色は変えなかった。社内の他の人間からすれば、どこの出かも分からない人間を集めた部署ができたことになる。疑問や反発が起こることは予想のうちだ。

 

 「反発が起きているのはどこだ」

 

 シドが問いかけると、アルベルトが何人かの名前を出す。シドは顎の辺りに手を当てる。

 

 「下だけではなく上にも何人かいるか。好都合だな。以前伝えていた通りに事を運べ」

 

 「かしこまりました」

 

 シドが当たり前のように言うとアルベルトがさらりと答えた。予定調和という感じがするがセスはあえて口を挟む。

 

 「シド様、大変申し訳ありませんが、レーヴンヴァイスの責任者として内容を知りたいと存じます。私にもお教えいただくことはできますでしょうか」

 

 「ああ、もちろんだ。今日はそのために呼んだようなものだからな」

 

 「ありがとうございます」

 

 先程までの話は置いておいて、今この場にセスを引き留めているのはそれが理由だ。

 

 「アルベルト、説明しろ」

 

 「かしこまりました。四日後、シド様の学校が休日になります。それを見計らい会議を開く予定です。その際、この話が議題に上がるのは目に見えております。そこで、それらのものに対してレーヴンヴァイスの視察をすることで話を進めようとシド様は考えております」

 

 「視察ですか」

 

 セスの顔色が真剣身を帯びる。アルベルトは一つ頷いて続きを述べる。

 

 「ええ、反発を完全になくすのは難しいでしょうが沈静化はさせたいのです。そのためには組織の有用性を見せるのが一番だと考えられます」

 

 「そこで四日後の会議の後になるがレーヴンヴァイスに視察が入る前提で準備をしておけ。今日のうちにアルベルトから仕事についてのレクチャーはすんでいるな?」

 

 「はい、教えていただいております」

 

 「後はセスに一任するが、アルベルト、お前は相談役としてついていてくれ」

 

 「分かりました」

 

 アルベルトがファイルに挟んだ紙に何かを書き綴る。シドは満足したかのように一つ頷く。

 

 「さて、後は何かないか」

 

 「ございません」

 

 「私もありません」

 

 アルベルトとセスの両者は揃って首を振る。

 

 「そうか、では今日はここまでだ」

 

 シドの言葉がこの会の終了を宣言する。セスは丁寧に挨拶し席を辞し、シドもアルベルトを伴い部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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