クラスタとのお話
「クラはね、二才くらいの頃森で迷子になって、ムウムウちゃんのお父さんとお母さんに連れていかれた事があったらしいの」
「ムウムウのお父さんとお母さんか?」
シドは文化祭での大きくなったムウムウの姿を思い出した。ムウムウのお父さんとお母さんというのもあんな感じなのかと想像する。
「それでなの。連れて行かれたとこにムウムウちゃんがいて仲良くなったの」
「すごいわね。それでお友達になったんだ」
「そうなの。迷子になったクラをムウムウちゃんは送ってくれたんだって。それからいっぱい遊んで一緒に住むことになったって。ムウムウちゃんがそう言っているの」
クラスタが二才くらいというと、パトリシアが屋敷を追い出された頃だ。推測にすぎないが、パトリシアが家を出て、クラスタを連れ戻そうとした頃には彼女はムウムウと仲良くなっていたのかもしれない。だから校長は彼女を母親のもとには返さなかった。そう考えると警備が頑丈だった理由が分かりやすい。
「そうか。二人はずっと一緒だったんだな」
シドはクラスタとムウムウを見比べてそう発言する。クラスタは嬉しそうにコクりと頷いた。ムウムウはにゃーと鳴く。そんなムウムウをクラスタは撫でる。
「そうなの。ムウムウちゃんとおじいちゃんがいるから寂しくないの」
「クラスタはおじいちゃんとムウムウと三人で暮らしているんだったな」
「そうなの」
クラスタから家族の話題が出てきたので、少しずつ深入りし始める。チュリッシェが口を開いた。
「へぇー、そうなんだ。私は弟や妹がいるんだけど、クラスタは一人っ子なの?」
「うんなの。お兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかったの」
「お兄ちゃんかお姉ちゃんか……」
実際、クラスタには兄が二人いるが彼女はそれを知らないのだ。シドはふとムウムウの方を見る。ムウムウは大人しく毛繕いをしていたがどこかそれがぎこちないように見えた。
「そっか、だからクラスタはシドのことをお兄ちゃんって呼んでるんだ。こんなかわいい子にお兄ちゃんって呼ばれてるとかシドもやるわね」
チュリッシェが指摘するとクラスタは恥ずかしそうに顔を赤らめた。チュリッシェは冷やかすようにシドに笑う。
シドが困ったように苦笑するとクラスタは目をパッチリとさせて遠慮がちに聞いてきた。
「もしかして……いやなの?」
「いや、そんなことはない。好きに呼んでくれ」
「分かったの」
あまりに悲しそうな顔をするからシドは慌てて否定する。すると、クラスタはとびっきりの笑顔になった。
そんな様子を見ていたチュリッシェがねえねえとクラスタに話しかける。
「私のこともお姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
「いいの?……チュリッシェお姉ちゃん」
「うん、いいよ」
クラスタにお姉ちゃんと呼ばれたチュリッシェは嬉しそうだった。クラスタが取っつきやすくするために、いつもより明るく振る舞っているのかと思っていたが、段々と彼女の可愛さに魅了されてしまっているようだ。
このまま放っておいたら抱き締めて頬擦りとかしそうな勢いだとシドは横入りする。
「良かったな、クラスタ」
「うんなの。あっ、お仕事しないとなの」
クラスタはお兄ちゃん、お姉ちゃんと呼んでいい相手が増えて嬉しかったが、ここにお仕事をしに来ていたということを思い出して、書類とにらめっこを始める。だけど嬉しかったのが頭から離れず、あまり身が入らない。
「ねぇ、クラスタ。よかったらもう少しお話ししない?かわいい妹分ともっと話したくなっちゃった」
「でも、お仕事しないとなの」
チュリッシェからそう言われ、クラスタもお話ししたいと思ったがお手伝いもしないとと悲しそうに言う。
「いいのよ、シドにやらせましょう」
間髪いれずにチュリッシェはシドに仕事をふった。私に任せといてと言う意味だろうとシドはとらえる。しかし、クラスタが首をふった。
「お兄ちゃん一人はかわいそうなの。終わったら皆でお話ししようなの」
「にゃーにゃー」
シドとチュリッシェは顔を見合わせた。気弱そうに見えるがしっかりと意見を言うこともできるようだ。シドは彼女のことを見直した。
「そうね。それならさっさとやっちゃいましょう」
チュリッシェの一言で机に広げたファイルの整理を再開する。物を追加することはしなかったので、ものの三十分くらいで作業は終了した。
「これで終わりね」
「終わったの」
ファイルの束を持ち机にトントンとして揃えながらチュリッシェは一息ついた。その向かいではクラスタが伸びをしている。
「クラスタ、ありがとう。助かったよ。チュリッシェ先輩も手伝ってくれてありがとうございました」
「いーえ、いつかはやんないとだったからね。ちょうど良かったんじゃない」
「役に立てて良かったの」
クラスタは満足そうに胸を張った。ムウムウは飽きてしまっていたのか少し前から寝息をたてていた。シドが三人分のカップを回収する。
「飲み物入れてくるよ」
「私は紅茶ね、いつものやつよ。クラスタは何がいい?大体揃っているけど」
「うーんと、ココアがいいの」
チュリッシェに促されてクラスタは上目使いにシドを見る。この短時間で大分打ち解けたようで良かった。
「分かった」
シドは二人のリクエスト通りに飲み物を入れ、ついでに自分の分のコーヒーも用意して席に戻る。
ファイルの束はシドが飲み物を用意している間に棚に戻してくれたらしく、机の上はきれいに片付いていた。その机の上に飲み物を置いていく。
「ありがとう」
「ありがとうなの」
少し席をはずしただけなのにチュリッシェはクラスタの横に座り直しており話も弾んでいるようだった。チュリッシェが話していてクラスタが聞き役にまわっている。チュリッシェの兄弟の話のようだった。
「こないだも一番小さな弟の面倒を見てたんだけど、その間に妹がいなくなってて大変だったの」
「妹ちゃん大丈夫だったの?」
「ええ、こっそり遊びに行こうと部屋を抜け出してたの。すぐに捕まえたわ」
「そうなの。良かったの」
チュリッシェにはまだ小さな弟妹がいて中々苦労しているのが垣間見えた。
「ほんとにあいつらは好きあらばイタズラするし、喧嘩するし、泣くし、騒ぐし、クラスタみたいな子が妹なら楽だったのに。父さんも母さんも仕事で忙しいし私が面倒を見なきゃなんだけど……」
……というか、本当に苦労しているようだ。クラスタも「お姉ちゃん大変なの」とチュリッシェの頭をよしよしと撫でている。これはどうやって話を持っていこうかとシドは悩む。
「そういえば、さっきシドが言っていたけどクラスタは校長先生がおじいちゃんなんだっけ?学園ではあんまり話したことないけど、家だとどんな感じなの?」
そうシドが思っているとチュリッシェは不自然ではないように話を運んでくれた。そんな彼女にシドは内心感謝した。
「おじいちゃんはいっぱいお話ししてくれるしムウムウちゃんのことも大事にしてくれてるの」
「そうなんだ。校長先生って忙しいイメージがあったんだけど、そうでもない?」
「ううんなの。おじいちゃんは忙しくても夜は一緒にご飯を食べてくれるの」
「そうなのか。クラスタの家は皆でご飯を食べるのが約束なのか?」
シドも屋敷では朝はそれぞれの仕事の関係で難しいが、夜のご飯は使用人と主が一緒に食べると決めている。だから親近感が沸いたのだ。
「約束かななの。小さい頃のクラがそうお願いしたらしいの。パパもママもいなくて寂しかったの。だから、おじいちゃんはご飯を一緒に食べてくれるの」
そうだよなとシドは思う。小さな子供が親を恋しく思うのは当然だ。せめて、ご飯だけでも一緒にと校長は思ったのだろう。クラスタが寂しくならないように。
「そうだったのか。僕の家と同じだな」
「お兄ちゃんも家族の皆でご飯なの?」
「ああ、そうだな」
正確には一緒に食べているのは使用人とだが深くは話さなかった。しかしチュリッシェが微妙な表情をしている。シドの家族がもういないことを彼女は知っているからだろうか。シドはそんな彼女に笑顔を向ける。チュリッシェはすぐに顔を反らして、聞こえない声で何かを言った。
時計をちらっと見る。下校時刻が迫ってきていた。クラスタに話が聞けるのも後少しだろう。
「クラスタは校長先生のことが好きか?」
いきなりそう聞かれてクラスタはちょっと首をかしげたが、すぐに満面の笑顔になる。
「うんなの!おじいちゃんのこと大好きなの」