学園に戻ろう
パトリシアの家を後にしたシドは学園に戻るルートを歩いていた。時刻はお昼頃。パトリシアの家は学園からそこまで遠いというほどではないが、それでも午後の授業の開始には間に合わないだろう。
学園も今はお昼の時間だろうとシドは魔道具を取り出し、ヨシュハに連絡をする。
シドにとっての中等部の知り合いでは彼が一番連絡がとりやすかった。
「はいヨシュハです。どうされました?シド先輩」
しばらくの間が空き物腰が柔らかいヨシュハの声が聞こえてくる。昼休みの喧騒が遠くに聞こえることから、わざわざ場所を移動してくれたのかもしれないなと想像する。
「昨日は助かった。ありがとう」
「いえいえ、お役にたてて何よりです」
「すまないが、また頼みがあるんだ」
「僕に出来ることであればご協力しますよ」
連日頼み事をしていることに、やや後ろめたく感じていたが、ヨシュハは快く返事をしてくれた。
「助かる。今日の放課後、クラスタを呼び出してほしいんだ」
「それはまたどうしましたか?」
ヨシュハが一瞬だけ動揺したのが伝わってきた。
「すまないが訳は言えない。シークレットジョブがらみなんだ」
「ああ、そういうことでしたか。それなら深く追求はしません。でもラウやリウが知ったら僕みたいにはいかないでしょうね」
ヨシュハは納得したように言った。シドはあの騒がしい姉弟を思い出す。
確かにあの二人に知られたら恋だのなんだの言われそうだ。けど、すぐその二人の話が出てくることからヨシュハも最初同じような想像をしたのかもしれない。
「分かりました。二人にはバレないように頑張りましょう。シド先輩はうちのお得意様ですからね」
「すまない。助かる」
「いいえ。その代わり、またうちの店をご贔屓にお願いします」
最近魔道具が要りようになり、ヨシュハの店から色々揃えていた。今後も何かあったら利用させてもらいたい。そう思っていたシドは頷いた。
「ああ、こちらこそよろしく」
「ありがとうございます。では、放課後にクラスタを高等部の生徒会室に向かわせます」
「分かった。よろしく頼む」
「はい。ではまた」
そうして通信は切れる。ヨシュハには今度お礼をしなくてはなとシドは考える。
途中にあった店でパンを買い、それをかじりながら学園に戻るシドは頭の中で、さっき聞いたパトリシアの話を反芻するように考えていた。
学園につく頃にはやっぱり午後の授業が始まっていた。とりあえずシドは生徒会室に戻る。
「おかえり」
「ただいま戻りました。先程はありがとうございました」
中にいたチュリッシェに挨拶し机につくシド。聞いた話を忘れることはないが、念のためにもパソコンでメモを作る。
「大丈夫だったでしょ?」
「ええ、パトリシアさんがOGだったのは知りませんでしたよ」
「あの時会長からも通信が来てたから省いたの。まぁ、話が聞けたようで良かった」
「チュリッシェ先輩の情報のお陰です。ありがとうございました」
チュリッシェもパソコンで作業をしているようだ。朝からそうしているはずなのに、キーボードを叩く指の早さは衰えない。
「皆さんの状況はどうですか?」
「ユウリ先輩はまだ戻らないからなんとも。他の皆はそれぞれ一度か二度連絡は来たけど、あまり手応えはないみたい」
リャッカとティムはセスのところから移動し、フェイロンとフェルディール探しに入ったようだ。キーツも朝から二人を探しているようだが進展はないみたいだ。
「行方不明の人間を探すのは時間がかかるよ。あっちは会長達に任せるとしてシドはどうするの?」
言葉のわりに諦めているわけでも悲観している訳でもないチュリッシェ。例え本人が見つからないとしても、手がかりくらいは見つかると確信しているようだ。
「このあとクラスタに話を聞きます。放課後、こちらに来てくれるように頼みました」
「へぇー、そんなに中等部の生徒会と仲良くなってたんだ。なんか意外ね」
久しぶりの毒舌にシドは苦笑する。言い訳のようにシドはチュリッシェに説明をした。
「魔道具のことでヨシュハと密に連絡を取っていましたから。そのつてですよ」
「なるほどね、そういうのは大切にした方がいい。じゃあ、放課後までは時間があるのね」
「そうですね。その間に聞いてきたことをまとめます」
「そう、それなら私が調べたことも移しといてあげる」
その言葉と同時にシドのパソコンにメールが送られてきた。
「それに全部入ってるから。パスワードは知ってたわよね?」
「はい、ありがとうございます」
「いーえ」
それからはお互いあまり口を開くことなく作業に没頭していた。シドはチュリッシェからもらった情報の整理だけでなく、校長との話し合いを想定して作戦も考え始めていた。
驚くべきことにチュリッシェはフェイロンやセスの学生時代のことや、当時のクーララ家の事業のことなども調べていた。彼女は「電子機器に情報が残っていれば調べられる」と当然のように言ったが、シドには一体どうやったのか検討もつかなかった。
それからしばらくして、いよいよ放課後となった時、チュリッシェはキーボードを叩く手を止めた。
「シド、クラスタと会うとき私もいていいの?区切りいいし、必要だったら出ていくけど」
席から立ち上がり、チュリッシェはシドに言った。シドは少し考えて申し訳なさそうに言う。
「いえ、出来ればいてほしいです。正直年下の女の子とどう話したらいいか悩んでいてチュリッシェ先輩がいれば心強いです」
その答えにチュリッシェは目をパチパチとして意外そうな顔をした。
「そう?それならいてあげる。それにしても、年下の女子って……。見かけはともかくそんなに変わらないじゃない」
確かにシドは見た目こそ少年だが、実際のところは少女であるし、シドとクラスタは年齢も一つしか違わないのだ。
チュリッシェが不思議そうにするのにも無理はないとしどはまた苦笑した。
「それはそうかもしれないですが、こんな僕ですからね。余計にどう接したらいいのか分からないんですよ」
パトリシアの嘘をつけなくする能力は彼女のもとを離れたことでとっくに効果をなくしているはずだ。だから、今のシドは本心から自分を頼っているとチュリッシェは感じていた。
「そう、それならしょうがないわね。私がついているから安心しなさい」
「はい、ありがとうございます」
姉御肌なチュリッシェにとって、そんなシドの頼みは断ることはできない。むしろ、もっと頼れと思ってしまう自分もいた。嬉しそうな彼を見るとなおのことだ。
終業のチャイムが鳴る。クラスタがやって来るまではもう少しだろう。チュリッシェはシドにどんなことが聞きたいのかを予め聞いておくことにした。
シドもパソコンを操作するのを止めチュリッシェの方を向いた。
「まずクラスタには出来るだけ今回のことを話したくはないんです」
「そうなるとなかなか難しいわね。どうやって切り出そうかしら」
チュリッシェはかなり協力的で、クラスタには今回のことを話したくないというシドの意向も汲んでくれた。
「彼女に聞きたいのは普段の校長先生との暮らしの方です。フェイロンさんやフェルデイールさんがいなくなった当時彼女は一才か二才位だと思うので記憶にはないでしょう」
「そうね。それならなんとかなるかしら。シドはクラスタが校長先生の宝だと考えてる?」
チュリッシェの問いにシドは複雑な思いを抱きながら首を横に降った。
「可能性はありますが低いと思います」
「どうして?校長先生はクラスタのことを大事にしているんでしょ?」
「そうですが、それは僕らに丸分かりの事実です。クラスタが宝と僕らに言わせるためにも見えます」
「なんか、あまり考えたくもないけどあり得そう」
うんざりとしたようなチュリッシェは椅子からヒョイっと降りて伸びをした。
一日パソコンを叩いていたから肩が凝ったのだろう。
「あら、来たみたいね」
ドアがコンコンと叩かれ、少しだけ開かれる。その向こうにいる彼女は怯えているようでもあった。
シドはチュリッシェにひとつ頷いてドアの向こうの彼女を迎え入れた。